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カテゴリ:勉強のこと( 147 )

「計算力=基礎力」という誤解

よく親御さんから、次のようなことを言われることがあります。
(あくまで一般論であって、特定の親御さんを指しているわけではありません)。

「ウチの子、基礎は出来るんですけど、文章題とかの応用が苦手なんですよ」と。

まあ、数学が苦手なお子さんの典型的なパターンといってもいいでしょうか。

この場合の「基礎」というのは「計算力」を指すことが多いようです。
たしかに教科書や多くの問題集などをみると、
「基本問題」というところには計算問題などが多く、
「応用問題」というところには、文章題や図形問題などが多いですよね。
きっと、そのあたりからくる「誤解」なのだと思いますが・・・。

でも、よく考えてみてください。

計算問題というのは、計算の「やり方」さえ覚えてしまえば、
誰でもある程度できるようになります。
計算の「意味」がわからなくても、ドリル形式の問題集を何度も繰り返しやらせるだけで、
効果は出るでしょう。

でも、これって本当に「基礎力」と言えるんでしょうか?

しかも困ったことに、
このように「『意味』がわかっていなくても、『計算』が得意な子たち」が、
小学校などでは結構な好成績をおさめてしまうことが多かったりします。
そのため、お子さん本人もその親御さんも勘違いしてしまうケースが多いようです。
こういった子に、ちょっとひねりを加えた問題をやらせると、
返ってくる答えはだいたい決まっております。

「まだ習ってません!」。

数学の「基礎力」とは「計算力」ではありません。
私は「考える力」であり「概念」だと思っています。
多少、計算ミスをすることはあっても、その問題に対してしっかり向き合い、
「考える」ことができる子のほうが、長い目でみれば、必ず伸びるはずです。

「概念」さえしっかりしていれば、方程式も関数も図形も、さらに理科の計算も、
根本的にはまったく同じようなものであることに気づくはずです。
それに気づきさえすれば、いくら忘れようとしても忘れられない
「ホンモノの知識」になるのではないかと思います。

「公式」とは、丸暗記して数字を当てはめるためのものではありません。
ひとつひとつの「公式」には、きちんと「意味」があります。


その「意味」さえわかれば、自分で導けるようになります。
導けるようになれば、いちいち覚える必要なんてありませんよね。
といっても、そこまで出来る人なら、自然に覚えてしまうことでしょうけど・・・。

以前から気になっていることがあります。
それは「速さ」に関する問題が出ると、すぐに「ハジキの公式(?)」と呼ばれる
「公式」(のようなもの)を出してくる生徒が多いことです。
本当に理解して使っているならまだしも、ほとんどの生徒は、
ただ数字を当てはめる作業で終わっているような気がします。

そこには、「概念」はまったく感じられません。
少し言い方を変えたり、単位を変えただけで、案の定つまづいてくれます。
この「悪いクセ」を直すのには、本当に苦労します。
こんな「公式」(のようなもの)、いったい誰がつくったんでしょうか?
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by sawayoshi45 | 2006-01-27 01:00 | 勉強のこと | Comments(2)

証明問題は生き方を左右する!

数学の証明問題って苦手な生徒さん、多いようですね。
私も子供たちに教えるのにけっこう苦労する分野のひとつです。

ただ、私が証明問題の解き方を子供たちに教える際に、よく言う言葉があります。

それは、

「証明問題は勉強のための勉強じゃない! 
証明問題はキミたちの生き方を左右する! 
証明問題が解けるようになれば、キミたちは豊かな人生を歩むことが出来るんだぞ!」と。

・・・・・??? 「何それ?」と思った方もいらっしゃるかと思います。
そこで、今日はこのことを、
三角形の合同証明を解く要領で「証明」してみたいと思います。

【証明】
△ABCと△DEFにおいて・・・、あっ、間違った!・・・じゃなくて、え~と・・・、
証明問題とは、一部(主観)だけに当てはまると思われる考えを一般化(客観化)し、
すべての場合にその考えが当てはまることを証明することである。
よって、証明問題が解ける人間は、「主観的なモノの見方」だけでなく、
「客観的なモノの見方」を持った人間のことである。・・・①

証明問題とは、与えられた条件(環境)を使って、
結論(夢や目的)を導く方法を考えることである。
よって、証明問題が解ける人間は、与えられた環境のもとで、
自分の夢や目的を達成するための方法を考えることが出来る人間のことである。・・・・・②

証明問題とは、最初から答え(結論)が与えられている問題であるにもかかわらず、
いざやってみると、なかなか思うようにいかない場合の多い問題のことである。
よって、証明問題をたくさん解いて鍛えられた頭を持っている人間は、
「はっきりした答え」というものがよくわからない世の中に出たときでも、
その現実の厳しさに耐えることが出来る。・・・・・③

①、②、③より、証明問題が解ける人間は、
「客観的な目」でモノを判断することができ、
どんな状況においても、自分の夢を達成するための方法を正しく考えることができる。
さらに、ちょっとした挫折や失敗にも十分耐え得る能力も身につけている人間のことである。

ゆえに、証明問題が解けるようになれば、より豊かな人生を歩むことができる。【証明終】

最後は何だかコジツケみたいな感じもしないでもありませんが、納得いただけたでしょうか?

私は数学の分野のなかでも、
この「証明問題」というのはとても大事な分野だと思っています。
ですから、子供たちにも特に力を入れて教えている・・・・・つもり(多分)です。
でも、私が子供の頃もそうであったように、
子供たちにとっては最もイヤな分野のひとつなんですよね、きっと・・・。

昨日の晩、妻が私の文章を、「証明問題を解いているような文章」と評しました。
褒め言葉なのかどうかは定かではありませんが(カタブツってことか?)、
その言葉を聞いて、今日の記事を思いつきました。

そういえば過去の記事を読み返してみても、
「話題えを振る→例を挙げる→結論」という形の文章が多いような気が・・・。
たしかにそうかも。
典型的な「左脳型人間」ってやつのようでございます。
それではまた。
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by sawayoshi45 | 2006-01-08 00:34 | 勉強のこと | Comments(0)

勉強は苦しいものです!

何だか一昨日からずっと「太田光の・・・」を引きずっているような気がするんですけど・・・、
これで最後にしますね。
今回ですべてを吐き出して終わろうと思いますので、どうかお許しを!

そこで今日のテーマは、「勉強は苦しいものです!」にしてみました。

「いや、そんなことはない。先生の教え方によっては、いくらでも楽しくなるはずだ。」
と思った方もいらっしゃるかと思います。
タレントさんの中にもそんなことを言う方、多いようですね。
ですからこれは、あくまで私の主観的な意見です。
どうかそのつもりでお聞きいただけたら幸いです。

まず「勉強は教え方次第で楽しくなる!」と思った方々にお聞きします。
あなたは大学受験レベルの勉強に真剣に取り組んだ経験はありますか?
せめてそのぐらいのレベルの勉強をひと通りこなしてから、発言して頂きたいものですね。

あの「夜回り先生」で有名な水谷先生も講演でおっしゃっていましたよ。
「子供のテストの点数に文句をつけたければ、まず子供と同じテストを受けてください。
子供よりいい点数を取れて初めて文句を言う権利がある」と。

「私は大学受験もちゃんと乗り越えてきたけど、勉強はとても楽しかったよ」という方。
すいません、私の負けです。
そんなあなたなら、ここから先は読む必要はありません。
またのお越し、お待ちしております。

さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

ある程度、「自分で」勉強をしてきた方ならおわかり頂けるかとは思いますが、
勉強は楽しい面ばかりではございません。
当然苦しみも伴います。
いや、苦しみの面のほうが圧倒的に多いかと思います。
みんなが、「ゲームだ!」「メールだ!」とやっているときに、
その誘惑にも負けず、ガマンして机に向かうんですから、
これだけでも子供にとっては十分苦しみです。

「楽しい勉強」だけで、身につけられる学力なんて高が知れています。
やはりある程度の「苦しみ」を乗り越えてきた人たちだけが、
本当の意味での「勉強の楽しさ」や「充実感」というものを
味わうことが出来るのではないかと思います。
これ、勉強に限らず、スポーツ、音楽、仕事・・・、
すべてに言えることではないでしょうか。
「楽しさ」だけで修得できるのは、「趣味」の範囲までだと思います。

「教師の格付け」に賛成していた方々、
このような言い方は大変失礼かとは思いますが、私の見る限り、
あまり子供の頃は勉強されてこなかった方々が多いような気がしたんですが、
いかがでしょうか? 

「私は不運にも先生に恵まれなかったから勉強できなかっただけ。
私だって、いい先生に出会えていたら、楽しく勉強できたのに・・・」。
こういった言葉、私にはどうしても、
「自分が勉強してこなかったことの言い訳」にしか聞こえないんですが、
みなさんはどう思われますか?

自分が子供の頃は、マジメに勉強に取り組んでいた人に対して、
「あいつはガリ勉だ」とか「勉強なんかやったって何の意味も無い」と、
さんざんバカにしてきた人たちが、
自分が大人になり親になったとたん、
「先生の教え方が悪いから、うちの子は勉強が出来ない」というのは、
ちょっと都合よすぎませんか?

最近テレビで大人気の「でんじろう先生」。
彼の授業はみなさんご存知のようにとっても楽しいです。
私も尊敬しています。
「学校にもあんな楽しい授業をしてくれる先生がいたらなあ」
と思っている方も多いのではないでしょうか。

でも、彼はもともと高校の先生だったんです。
今ほどではないにしても、
きっとあのような「楽しい授業」を学校でもやっていたのではないでしょうか。
そんな「いい先生」を、「こんな授業では、受験には通用しない」といって、
学校から追放したのは当の親や生徒じゃなかったんですか?
それを今になって、「学校の先生にもこんな楽しい授業をして欲しい」というのは、
これもまた、都合よすぎませんか?

先日、NHKで彼のドキュメンタリー番組をやっていました。
テレビの前では陽気に振る舞っている彼ですが、
その裏には、ものすごく葛藤し、悩んでいる彼の姿が映っていました。
あの彼の苦しみ、想像を絶する努力があってこその授業であることを知っている方、
どれだけいるでしょう?

こう考えてみると、やはり「勉強は苦しいもの」なんです。
私たちに出来ることは、その子供の「苦しみ」を少しでも軽減させる、
ただそれだけなんです。
「楽しい勉強」を教えることは出来なくても、
「楽しい雰囲気」で勉強させることは十分可能です。
「楽しい雰囲気」のもとで、子供たちが勉強をするきっかけをつくる。
その先は、本人の努力、可能性を信じるしかありません。
少なくとも、私はそう思っています。

ふ~、ここまで読んでくれた方、本当にお疲れ様です。
これで私も言いたいことがかなり吐き出すことが出来てスッキリしました。
といっても、明日になればまた書きたいことが出てくるんでしょうけど・・・。
この「書きたい病」にもホント困ったものです。ストレスたまってんのかな~?
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by sawayoshi45 | 2006-01-06 00:25 | 勉強のこと | Comments(6)

真の実力とは

「真の実力」とは継続的なものでなければなりません。
イチロー選手は、毎年同じように好成績を残すから「一流」なんです。
たまたま1年や2年、調子が良くて活躍できただけというのでは、
「一流選手」とは言いません。
調子に左右されない力、
そしてそのための努力を惜しまない気持ちを持続できることが「真の実力」だと思います。

そしてこれは、勉強についても同じことが言えます。
今まで50点しか取れなかった子が、たまたま調子が良くて今回は80点取れた。
喜んで自信を持つのはいいですが、それだけで「実力」がついたと思うのは間違いです。
その80点を何度も持続させてこそはじめて「80点の実力」がついたと言えるんです。
調子によって左右される程度の力は「真の実力」とは言いません。

勉強における「真の実力」とは、忘れようと思っても忘れられない知識。
つまり、頭で覚えているのではなく、体にしみついてしまった知識です。
これは体にしみつくまで練習した人だけが得られる知識です。
受験が終わると同時に抜けてしまうような知識は「真の実力」ではありません。

受験生のみなさん。
「今まで頑張ってきたから、正月ぐらいは遊んでもいいや」って思ってませんか? 
気持ちはよくわかります。
でも、もし落ちたときのことを考えてみてください。
本当に一生懸命やって落ちたのなら、キミたちを責める権利は誰にもありません。

でも、この時期遊んでしまったために落ちたとしたら・・・。
それまでキミたちを応援してくれた人、例えば学校の先生や塾の先生、
そして何よりもキミたちの学費を稼ぐために一生懸命働いてきた両親に対して、
どう言い訳しますか? 

もうそろそろ大人になりましょうよ。
せめて今年ぐらいは正月関係なく机に向かいましょうよ。
そういった気持ちを持てるようになって、
はじめて「真の実力」への第一歩を踏み出せるのではないかと思います。
頑張ってください。

と、今までエラそうなことを書いてきましたが、
実はこれ、私自身への戒めの意味もこめて書きました。
私は1年でも2年でも長く、この業界にしがみついていきたいと思っています。
そのためには、みなさんに認められるような
「真の実力」を身につけるための努力を惜しんではいけないと、
自分自身に気合を入れるために書いてみました。
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by sawayoshi45 | 2005-12-29 23:56 | 勉強のこと | Comments(0)

受験勉強のススメ

いよいよ受験シーズン到来ですね。
受験というものに対するイメージは、人によって賛否両論だと思います。
私の場合は、高校受験と大学受験に関しては大賛成。
ただ、中学受験やお受験というものに関しては、
まだちょっと引っかかるものを感じているひとりです。

高校受験と大学受験は、学校の勉強をしっかりやりさえすれば高得点が狙えます。
それに対して中学受験は、学校の勉強とは別に、受験用の勉強をする必要があり、
どうしても塾に通わなければならなくなる。
結果、塾に通える子供たちだけが受験出来ることになり、
これは塾のための受験なのかとさえ思えてくる。
家庭教師をやっている私がこんなことを言うのも変な話かもしれませんが・・・。
古い人間なんでしょうかね。
まあ、幸い北海道の場合はそれほど過熱になっているわけではないので、
さほど気にはなりませんけど。

というわけで、ここからは高校受験と大学受験について思うことを書かせて頂きます。

私は世の中で受験ほど平等な試験はないと思っています。
それはスポーツと比べてみるとよくわかります。
例えば野球の場合、最初から試合に出られるのはたったの9人。
いくら一生懸命頑張っても試合にも出してもらえずに終わってしまうこともあります。

でも受験は違います。
やる気さえあれば、誰でも受けることが出来る。
つまり、誰にでもチャンスがあるということ。
平等です。

高校受験の場合は内申点の関係もありますが、
だいたいは点数の高い順から合格が決まる。
平等です。

そして、勉強というものにマジメに取り組んできた人間は出来るし、
サボった人間は出来ない。
やっぱり平等です。

最近、競争を批判する声をよく聞きます。
今は公立中学の定期テストは順位がつかず、「ゆとり教育」とかで学習範囲も省き、
結果、「学力低下」です。
自分の力を客観的に把握できずにいる子供たちも増えています。
都合が悪くなれば、「個性」を主張しますが、
勉強しないことは、「個性」でも何でもありません。
私の知る限りでは、むしろ、しっかり勉強してきた人のほうが、
「個性的」な人が多いような気がします。

受験勉強は頭を鍛えます。
受験勉強は自分(個性)を磨きます。
受験勉強は自分の力を把握することが出来ます。
何もしないで受かるのは自慢にもならないし、
それを自慢するような人は、「頭のいい人」ではありません。
目標に向かって努力出来る人が、本当の意味での「頭のいい人」だと思います。
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by sawayoshi45 | 2005-12-16 02:31 | 勉強のこと | Comments(0)

国語のチカラ

みなさん国語という教科、軽視していませんか?

「国語の答えって人それぞれでしょ、あいまいだよね」
「国語は勉強してもしなくてもあまり変わらない。同じ問題が出るわけじゃないし・・・」
「日本語ちゃんと話せるんだから、別にいいじゃん」

こんな声が子供たちから聞こえてきそうです。
お恥ずかしながら、私も小中学生の頃は国語が苦手で、
似たようなことを思っていました。
でも、社会人になってつくづく思います。国語力って本当に大事だなって。

ちょっとしたことですぐに怒ったり、暴力をふるったりするのは、
語彙力が足りないことが原因だそうです。
言葉を知らないから、自分の言いたいことを的確に表現できない。
相手に理解してもらえる話し方ができない。
よって、つい手がでてしまう、といったところでしょうか。
子供がちょっとしたことで喧嘩をしたり、赤ちゃんがよく泣くこととよく似ていますよね。

私たちは言葉を使ってものを理解し、言葉を使ってものを考えます。
ということは、その言葉を知らなければ、
相手を理解することも、深く考えることもできなくなるということです。

つまり、国語力というのは、
私たちの生活そのものにストレートに関わってくる教科だといえます。

小学生のお子さんを持つお母さん! 
「これからはグローバルな時代だから、早いうちから英会話を習わせたい」
「やっぱ英語ぐらいは話せないとねえ・・・」
お気持ちはよくわかります。
でも、グローバルな時代だからこそ、
お子さんにはしっかりと国語を勉強させるべきだと私は思います。
自分の意見をしっかり言えるお子さんになってもらうためにも。

「日本語が話せる=国語力がある」わけではないのと同じように、
「英語が話せる=英語力がある」ということにはなりません。
国語力も英語力もしっかりと勉強することによって、初めて身につく力です。
そして不思議なことに、国語をしっかり勉強したお子さんは、
英語も数学も自然に出来るようになります。これ、ホントです。
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by sawayoshi45 | 2005-12-10 00:45 | 勉強のこと | Comments(0)

勉強の意味

「勉強ってどうしてやらなきゃいけないの?」
という子供の質問にあなたならどう答えますか?

私の場合は、「賢い人になるため!」とひとこと答えるようにしています。

子供たちに「勉強は好き?」と聞くと、
ほぼ百パーセントの確率で「キライ!」という答えが返ってきます。

そこで、「じゃあ、将来賢い人になりたいか?」と聞くと、
これもまたほぼ百パーセントの確率で「なりたい!」という答えが返ってきます。

では、「賢い人」とはいったいどんな人をさすんでしょう?

これも人によって意見が分かれそうですが、私にとっての「賢い人」とは、
いろんなことに「気づける人」ではないかと思います。

うまい話の不自然さに「気づける人」は、簡単に騙されるようなことはありません。
他人の親切に「気づける人」は、感謝する心を持つことが出来ます。

「私は誰にも迷惑をかけていません!」と平気で言える人は、
決して「賢い人」ではありません。
今の自分がたくさんの人達に支えられている事にすら「気づけない人」です。

「気づける人」になるためには、頭を鍛えてやわらかくする必要があります。
そして頭を鍛えるためには、やはり「勉強すること」が一番なんです。

私たちの祖先が何百年、いや、何千年もかけて築きあげてきた知識を、
たった数冊の教科書を勉強するだけで手に入れることが出来るのですから、
これほど得なことはありません。

「学校の勉強なんて大人になったら何の役にも立たない」と言う人がたまにいますが、
これも、
「勉強が役に立たない」のではなく、役に立っていることにすら「気づけない人」と言えます。

勉強そのものよりも、勉強を通して「頭を鍛える」ことにこそ、
勉強の意味があるのではないでしょうか。
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by sawayoshi45 | 2005-12-09 01:21 | 勉強のこと | Comments(6)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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