カテゴリ:教育のこと( 158 )

タテの比較とヨコの比較

「縦の比較」「横の比較」って、競馬の言葉にあるそうですね。
でも残念ながら、これは競馬の話ではございません。
私は、競馬に関しては、まったくの無知でございますので・・・。

ここでの「タテの比較」「ヨコの比較」とは、
過去の自分と比べて「良くなった」「成長した」とするのが「タテの比較」。
他と比べて、「○○君よりは良い」「平均より悪い」というのが「ヨコの比較」です。

私たち人間は、何事においても「比較」が好きな生き物だと思います。

「○○に比べて自分のほうが上だ」と言っては喜んでみたり、
「○○に比べて自分は不幸だ」と不満を述べてみたりと、
特に「ヨコの比較」が好きですよね。

テストをやれば平均点が気になるし、
国民の平均所得などが発表されると、やはり気になるものです。
もちろん私も例外ではありません。

でも「教育」という観点からみると、
仕方のないことだとはわかっていても、
やはり、あまりいいものではないような気がします。

例えば、ペットの躾を考えてみてください。
教えたことが出来るようになれば、単純に褒めてあげますよね。
褒められたことが嬉しくて、ペットはその技(?)を身につけます。

そこには「隣のポチ(古い?)に比べて・・・」といった「ヨコの比較」はありませんよね。
「今まで出来なかったことが出来るようになった」という事実だけを褒めてあげる。
「タテの比較」です。

まあ、「ペットと子供を一緒にするな!」と叱られるかもしれませんが、
子供が自転車に乗れるようになった。
漢字が書けるようになった。
今まで出来なかった計算が出来るようになった。
英単語がこれだけ書けるようになった。
30点が50点に上がった。

これらはすべて子供の「成長」です。
でも、この「成長」を素直に喜んで、褒めてあげている親御さん、
どれだけいるでしょうか?

褒める前に、
「隣の○○君は何点だったの?」「平均点は?」といったことばかり、
気にしていないでしょうか?

負けず嫌いで競争好きの子(私もどちらかと言えばこっち側)であれば、
それでも何とかやっていくでしょうけど、
すべての子供がそういった性格ではありません。

「ヨコの比較」に嫌気をさして、「やる気」を失ってしまった子、
私も今まで何人もみてきました。

といっても、資本主義という「競争社会」で生きている以上、
「比較される」ことは、避けて通ることは出来ないと思います。

でも、どうせ「比較する」なら、「ヨコの比較」よりも「タテの比較」。
少なくとも「教育の世界」においては、そういった目で子供をみてあげたいものですよね。
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by sawayoshi45 | 2006-03-02 00:13 | 教育のこと | Comments(4)

オリンピックと受験

オリンピックが終わって、少々「燃え尽き症候群?」になりつつあるサワダでございます。
次の楽しみは、1か月後のプロ野球開幕といったところでしょうか。
いずれも自分では何をするわけでもなく、
ただ「観て応援するだけ」というのが情けない話ではありますが・・・。

それにしても、4年間かけて積み上げてきたことが、
たったの2週間、選手によってはほんの数秒で結果が出てしまう、
なんとも厳しい世界ですよね。

まあ、だからこそ価値があるし、観ている人を魅了するだけの力があるともいえます。
プロ野球のように、年間何試合も戦って総合力を競うスポーツも、
それはそれで面白いですが、
負けたら次がないという「一発勝負」というのもまた、
選手たちの真剣さが伝わってくるような気がして、応援にも力が入ります。

少しのミスも許されない状況で戦う「一発勝負」の残酷さと素晴らしさ、
存分に味わえた2週間だったのではないでしょうか。

そして、オリンピックと比べるのは、選手の方々に申し訳ないような気もしますが、
受験もまた「一発勝負」の世界といえますね。
2年、3年と一生懸命準備してきたものが、
たったの1日か2日で合否が決まってしまう。

人によっては、「子供には酷すぎる」と、受験を否定する方もいらっしゃるようですが、
私は決してそうは思いません。

「努力が必ずしも報われるとは限らない」ということを知ることも、
人生において大切なことだと思います。
そして、
「報われるかどうかはわからないけども、それでも努力することが大切だ」
ということを子供たちに伝えるのも、私たちの仕事だと思います。

「努力は裏切らない」という言葉がありますが、これは本当だと思います。
ただ、
「努力すれば、必ず結果が出る」ということではなく、
「努力している過程において、結果以上のものを学ぶことが出来る」
という意味で「裏切らない」ということではないかと思います。

以前にも書きましたが、
人間を成長するための最良の結果は「努力して落ちること」、
最悪の結果は「何もしないで受かること」。

受験シーズンの今(ちょっと遅い?)、
この言葉を、親も教師も子供も、しっかりと受け止める必要があるのではないでしょうか。
そのぐらいの気持ちを持つことが出来れば、
子供も、本番でそれほどプレッシャーを感じなくてすむのではないかと思います。

そういえば、ハンマー投げの室伏広治選手が、
「練習は本番のつもりで、本番は練習のつもりで」
と言っているのを聞いたことがあります。
なかなかいい言葉だと思いませんか?

今回のオリンピックで金メダルをとった荒川静香選手も、
「平常心でつかんだ勝利」ということですから、
きっと同じような心境だったのではないかと思います。
これも「本番のつもりで」何度も何度も練習したからこそ、
たどり着くことができた領域なのかも知れませんね。

オリンピック選手も含め、やはり一流の人たちから学べることって、
たくさんありますよね。
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by sawayoshi45 | 2006-02-28 00:34 | 教育のこと | Comments(8)

「いい加減」な指導

「いい加減」という言葉は、一般にはあまりいいイメージで使われませんが、
ここでの「いい加減」は、「良い加減」という意味に解釈していただけたら幸いです。
「テキトーな指導」ではなく、「適当な指導」とでもいいましょうか。

20代の頃の私は、子供たちを「引っ張る」ことが「指導」だと思っていました。
たしかに、この方法でうまくいく場合もありますが、
すべての子供たちにこれが通用するとは限りません。

こういった「一方通行の指導」をしていれば、
当然ついてこられない、またはついてこようとしない子供が必ず出てきます。
私も人間ですから、そういった子供たちに腹を立ててしまうことも、たびたびありました。
まあ、これも私の「指導力不足」と言われればそれまでですが、
こういった指導方法は、子供によっては、
やはり「無理」が生じてしまうのではないかと思います。

ここ何年間で、子供たちを「引っ張る」だけでなく、
「後ろにまわって見守る」ことを覚えました。
簡単に言えば、子供たちの「自主性を信じる」といったやり方です。
といっても、もちろん「何もしない」ということではありませんよ。
子供たちの「モチベーション」を上げて、
それを保つことは忘れないように気をつけているつもりです。

ときには「引っ張る」ことも大事ですが、
子供によっては、または、時期によっては、
「後ろにまわって見守る」ことも、それ以上に必要なことではないかと思います。
いざというときにだけ、
ポンッと、背中を押してあげられる存在であればいいかなと思っています。

過去の話ですが、高校1年から3年間、受け持った生徒がいました。
彼はテニス部に所属し、毎日忙しい生活を送っていたようです。
決して学力が低いわけでもなかったので、
3年の前半までは、私は「勉強を教える」というよりは、
その生徒の「話し相手」という感覚で接していました。
その間、基礎だけはしっかり教えるようにはしていましたが・・・。

部活を引退してから、彼は「やる気」を見せました。
それまで、ひとりでは、やっている形跡があまりなかった彼も、
日に日に3時間、4時間と勉強時間を増やしていったようです。

私との勉強は、週に2回がせいぜいでしたが、
その2回の授業を彼はフルに利用してくれて、
結果、東京の某有名大学に現役で合格していきました。

最後の授業が終わったときに、その生徒と親御さんが私にこう言ってくれました。
「先生は、待ってくれたから良かった」と。

「引っ張る」ことも教育かもしれませんが、
「待つこと」もまた教育なんだなと、この言葉を聞いて、改めて思ったものです。

もちろん、「合格したから成功例」だと思っているわけではありませんが、
子供のその時の状況を考えて、
いい意味での「いい加減な指導」を実践できたらと思います。
「何事もバランスが大切」ということでしょうかね。
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by sawayoshi45 | 2006-02-27 00:05 | 教育のこと | Comments(0)

善悪の判断

健康のありがたさは病気にならないとわからないといいます。
恵まれた環境で育つと、自分が恵まれていることにさえ、気付かなくなります。

「善悪の判断がしっかりできる人間に育って欲しい」
これはわが子に望む親の共通した願いだと思いますが、
「善悪」の判断ができるためには、「善」と「悪」の両方を知らなければできないこと、
忘れていないでしょうか?

「善」ばかりの環境で育った子どもに、善悪の判断をさせるのは、
難しいことではないかと私は思います。
でも、世の中の動きをみると、
「下品だ」「卑猥だ」と言っては、
子供たちの環境から、すべての「悪」を排除しようとしているのではないか、
という気がしてなりません。

以前、「悪いものは魅力的」という記事でも書いたように、
子供が「悪」に魅力を感じるのはごく自然のことだと思います。
程度の差はあれ、私たち大人だって、誰にでもそういった時期はあったはずです。
そうやって小さい「悪」と共存しながら、
私たちは「善悪の判断」ができる人間に育つのではないかと思うのですが・・・。

今日「ジャーヘッド」という映画を観てきました。
「ジャーヘッド」とは、アメリカの海兵隊の「丸刈り頭」を指す俗称だそうで、
湾岸戦争をテーマにした映画です。

今までの戦争映画と違って、戦闘シーンや銃撃戦はほとんどありませんが、
残酷なシーンや卑猥な言葉が満載で、
正直言って、観ていてあまり気持ちのいい映画ではありません。
でも主人公の葛藤や苦悩、人間の「汚い部分」がよく描かれていた映画だと思います。

ただ、これを子供に観せるとなると、
きっと多くの親御さんは、躊躇するかもしれませんね。
「善」か「悪」かにあえて分けるとすれば、「悪」に属する映画に入るのかなと思います。
でも、だからといって「悪い映画」だとは私は思いません。

「正義」や「美しさ」を描いた感動映画もいいですが、
こういった人間の「汚さ」「醜さ」を知ることも、人間にとっては必要だと思うからです。

そう考えてくると、私たちにとって大切なのは、
子供たちの環境からいっさいの「悪」を排除することではなく、
多少の「悪」を受け容れながらも、取り返しのつかない事態になる前に、
ギリギリのところでブレーキをかけられる心を育てることではないか、
この映画を観ながらふとそんなことを考えてみました。


昨日の女子フィギア、安藤美姫選手が出るまでは、
何とかがんばっていたのですが、
結局、村主章枝選手と荒川静香選手が出る前に、ダウンしてしまいました。
そしたらよりによって、その2人が素晴らしい演技をしたそうな。
相変わらず、「大事なところ」を見逃してしまうサワダでした。
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by sawayoshi45 | 2006-02-23 00:05 | 教育のこと | Comments(0)

頭がいい人

「頭がいい人」って、どんな人のことをいうんでしょうか?

一般には、「学校の成績がいい人」、または「要領のいい人」のことを、
指して言う場合が多いような気がします。
なるほど、たしかに
「頭がいい→成績がいい」「頭がいい→仕事の要領がいい」
という図式は、ある程度は成り立つような気もします。

でも、「成績がいい→頭がいい」「仕事の要領がいい→頭がいい」
という「逆」が、常に成り立つかというと、私には、はなはだ疑問です。

「頭がいい」の定義も、人それぞれで難しいところですが、
もし子供たちに聞かれたときは、私の場合は、

二つの『そうぞうりょく』を持っている人

と、今のところ、答えるようにしています。

二つの「そうぞうりょく」のひとつ目は、「想像力」です。

「自分の行動や発言が、相手にどう思われるか考える」
「相手が今どういった気持ちでいるかを考える」
「自分の夢に向かって、今何をするべきかを考える」・・・、
こういったことは、「想像力」がなければできないことですよね。

つまり、「想像力」があるからこそ、
「相手の立場になって考える」ことができ、
そこから「思いやり」の気持ちも生まれるということだと思います。

そして、もうひとつの「そうぞうりょく」とは、「創造力」のことです。

「創造力」というと、「新しいモノを創りだす力」と思われるでしょうが、
私の場合は、ちょっと違って、
「どんなものからでも、楽しみを見つけることができる力」と、とらえています。
まあ、言ってみれば、「楽しみを創りだす力」といったところでしょうか。

教えられたことだけを、教えられたとおりにしかやろうとせず、
「やらされている」ということに文句ばかり言う人は「創造力」のない人です。
「創造力」のない人は、いわゆる「支持待ち人間」になる可能性が高いと思います。

「創造力」のある人は、イヤな(?)勉強や仕事の中にも、
ある程度の「楽しみ」を見つけることができます。
つまり、「創造力」のある人にとっては、「雑用」が「雑用」でなくなるということです。

同じことをやらされたとしても、
それに文句ばかりを言う人と、その中で少しでも「楽しみ」を見つけられる人、
どちらが、より豊かな人生を歩めるかは、言うまでもありませんね。

そう考えると、「学校の成績がいい→頭がいい」とは、決して言えないと思います。
逆に言えば、「成績が悪い→頭が悪い」ということでもありません。

家業を継いでいる私の兄は、学校の成績はすこぶる悪く、大学も出ていませんが、
家の手伝いは、誰もが嫌がるような仕事でも文句ひとつ言わず、
本当によくやっていました。
これは「身びいき」かも知れませんが、
兄は、私なんかよりよっぽど「頭がいい人」だと思っていますし、尊敬もしています。

一方、一流大学を卒業して、政治家や官僚にまでなられるような方々。
もちろん、すばらしい方もたくさんいらっしゃるでしょうが、
普段の発言や行動を見る限り、
あまり「頭が良くない」方々も意外と多いような気がするのは、私だけでしょうか?
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by sawayoshi45 | 2006-02-17 00:36 | 教育のこと | Comments(2)

勝手に期待、勝手に失望

昨日の女子モーグル、残念でしたね。
私もそうでしたが、きっと見ていたみなさんは、
里谷多英選手か上村愛子選手、せめてどちらかはメダルを取ってくれるものと、
期待していたのではないでしょうか。
今日はスノーボードの成田童夢(それにしてもすごい名前だ)選手も、
残念ながら予選落ちという結果になったようです。

でも、よく考えてみると、
こういった選手のみなさんに「期待」するのも、「失望」するのも、
私たち「外野」の人間の「勝手な感情」に過ぎません。
彼ら(彼女ら)の過去の実績や、マスコミの報道などにあおられて、
「勝手に期待」して見ている人、多いのではないでしょうか。

やっている選手にしてみれば、メダルは取れなくても、
それ以上の価値を見出している選手も多いと思います。

それを私たちのような「外野」の人間が、
「勝手に期待し、勝手に失望している」わけで、
考えてみれば、「なんて自分勝手なんだろう!」という気がしてきます。

「日本人は本番に弱い!」という言葉もよく聞きますが、
これも私たち「外野」の人間の、「勝手な感情」からくる言葉と言えなくもありません。

といっても、まあ、オリンピックに出るぐらいの選手です。
きっとあらゆる「修羅場」もくぐってきていることでしょうから、
そんなこと、いちいち気にもしていないでしょうけど・・・。

さて、この「勝手に期待し、勝手に失望する」ということ、
実は普段から、私たちは子供たちにもしているような気がします。

たとえば、子供がやる気をみせて、ちょっと勉強し始めると、
「頑張っているんだから、きっと今度のテストは良い点がとれるはず!」と、
「勝手に期待」し、
思い通りの点数がとれなかったら、
「勝手に失望」ということ、やっていないでしょうか。

私たち大人が、普段なにげなくしている行為が、
子供たちの心を傷つけていないかどうか、
よく考えてみる必要があるのではないかと思います。


そういえば、
「勝手に期待し、勝手にがっかり。大人って勝手だな。」
こんな子供の詩、何かの本で読んだことがあるような・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-02-13 00:00 | 教育のこと | Comments(4)

「教育」が難しくなった

「働くヤツは儲からず、儲けるヤツは働かない」。

ナニワ金融道」で有名な故青木雄二氏の本で見かけた言葉です。
なんだか不条理な感じもしますが、
今の世の中を見事に表現した言葉ではないでしょうか。

青木雄二氏といえば、歯に衣着せぬ語り口調で、
「お金の恐ろしさ」をこれでもかというぐらい世に知らしめてくれた人。
私もその面白さにハマリ、彼の本を読み漁った時期もありました。

私は青森のとある田舎町で育ちました。
山と海以外は何もない町で、主な産業は農業と漁業です。
私の実家はそのどちらでもありませんが、
隣近所は、やはり農家や漁業を営んでいる家庭が多かったです。

友達の家に遊びに行くと、
時期のよっては、お父さんのいない家庭も少なくありませんでした。
そう、「出かせぎ」というやつです。
それだけ、農業だけで生活することが困難だったということでしょう。
状況は今もまったく変わっていないようです。

そういった状況をみて、
子供心に、とても疑問に思っていたことがあります。
その疑問は今もまったく変わっておりません。
その疑問とは、

「人間が生きていくために最も必要なもの、
つまり『お米』や『野菜』を一生懸命つくっている人たちが、
なぜ、これだけ苦しい生活を強いられるのか」

ということです。

私の親戚にも農業を営んでいる人がいます。
私も子供の頃に、手伝いにかり出されたこともありますが、大変な力仕事です。
近ごろは、ほとんど機械化されているようですが、
その機械を買うために、何百万と言う借金を背負わされると聞きます。
その借金を返すために、お父さんが「出かせぎ」に行かなければならない現実。
なんだか、変だと思いませんか?

こういった第一次産業に携わる方々が、もっと優遇される社会をつくらない限り、
地方の弱体化は進む一方でしょうし、
過疎化問題は永久に解決できないのではないかと思うのですが・・・。

一方、テレビをつけると、パソコンの前に座って、
いわゆる「お金転がし」をしているだけで、1日何百万儲けたという話を聞きます。
人によっては、それで数億円を手に入れ、
「成功者」としてもてはやされている方もいます。
確かにそれはそれで、「勉強の成果」なのかも知れませんが、
私としては、少し腑に落ちない部分があるというのが、正直なところです。

一応、「教育の世界」に身を置く者としては、子供たちには、
「お金は、一生懸命働くことで手に入れるのが、人間として正しい道である」
ということを伝えていきたいのですが、
現実をみると・・・・・、
本当に「教育」が難しい時代になったような気がします。

それとも、私のこの考え自体が、今はもう古いんでしょうかね?
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by sawayoshi45 | 2006-02-11 00:30 | 教育のこと | Comments(4)

認められること

人間は誰かに「認められること」を欲している生き物ではないでしょうか。
自分を「認めてくれる」人がひとりでもいて、それを感じることさえ出来れば、
人間は生きていけるのではないかと思います。

ただ、私たちが世間で「認められる」場合のほとんどは、
「条件付き」ということになるのではないでしょうか。

「成績がいいから認められる」。
「マジメに働くから認められる」。
「人に親切にするから認められる」・・・などなど。

私自身、「子供のため」と思って仕事をしている部分もありますが、
正直なところ、「自分の生活のため」にやっていることも否定しません。
すべての子を「認めている」つもりであっても、
私も人間ですから、やはり腹が立つこともあります。
それに、子供たちの将来に私が責任を負うことも、不可能です。

つまり、他人を「無条件」で「認める」ということは、
それだけ難しいことではないかと思います。

ただ、この「無条件」で「認める」ことが出来る人、世の中にいないことはありません。
それは言うまでもないことですが、「親御さん」です。

親に「無条件」で「認められている」という安心感があるからこそ、
子供は、ちょっとした悪さをしたり、反抗期になることもできるんです。
子供のイタズラや反抗期は、
「そのくらいで親が自分を見捨てるわけがない!」という安心感からくるものだと思います。

どうでしょう?
そう考えると、子供の反抗もなんだか気が楽になってきませんか?

子供の反抗のほとんどは、時間が解決してくれます。
でも、大人になってからの反抗は、ときに取り返しがつかないことになることもあります。
小さい頃からの「しつけ」も、もちろん大事ですが、
子供のうちに、少しずつ「ガス抜き」させることも大事なことだと思いますよ。

親にすら認めてもらえなくなってしまった子の多くは、
「夜の世界」に飛び出すか、部屋に引きこもるかのどちらかだそうです。
そこから、最悪の事態を招くこともあり得ます。
「無条件」で「認められる」ということは、
人間にとってそれだけ大切だということですね。
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by sawayoshi45 | 2006-02-10 00:41 | 教育のこと | Comments(3)

「やればできる!」ってホント?

「やればできる!」という言葉、よく使いがちな言葉ですよね。

親が子供に向かって、「あなたはやればできるんだから・・・」
教師が生徒に向かって、「お前たちだって、やろうと思えば何でもできる!」
そして親が教師に向かって、「うちの子、ホントはやればできる子なんですけど・・・」

私も子供たちの成績が上がると、
「なんだ、やればできるじゃん!」と、つい言ってしまうことも正直多いです。

でもこの言葉、こんなに安易に使っていいんでしょうか?

この「できる!」の基準は、「要求水準」によってまちまちです。
たとえば、親が我が子に「東大合格」を要求している場合と、
「クラスの平均点」を要求する場合では、
「できる!」の基準は大きく変わるということです。

「クラスの平均点」ぐらいであれば、
まあ、何とかできないこともないかも知れませんが、
「東大合格」を要求された子供にとっては、
「やればできる!」という言葉は、大変な重荷になってしまうのではないでしょうか。

ここでちょっと話は変わりますが、
私は高校に入学したとき、ほとんど「ビリ」に近い成績でした。
1年の前半までは、その成績を保って(?)いました。

でも、こんな私でも、さすがに「このままではヤバい!」と思い、
一念発起して勉強に取り組んだ時期があります。
たしかにその時は苦しかったですが、「このオレにできないわけがない!」
というまったく根拠のない自信で、なんとか乗り切りました。

その後の私は、どんどん成績も上がり、
「もしかしたら、このままトップクラスに入れるかも」とまで思いましたが、
その期待もむなしく、ある程度のところで「上昇気流」はパッタリととまりました。
けっしてサボったわけではないんですが・・・。
やはり上には上がいるものです。
これがその頃の私の「実力」だったんでしょうね。

さて、なぜ私がこのような話を持ち出したのか。
別に自慢をしたかったわけではありません。

私は自分に対して、「やればできる!」と言い聞かせることで、
何とかがんばってこれたのだと思います。
これがもし、親や教師に、
「お前はやればできるんだから!」と言われてせかされていたら、
「あまのじゃく」の私は、きっといつまでたってもやらなかったか、
親や教師に反抗していたかのどちらかだと思います。

つまり、「やればできる!」という言葉は、
自分に対して使う場合はいいですが、
他人に対して使う場合は、逆効果になることもあり得るということです。

私の尊敬する関根正明先生がよく使われる言葉を借りれば、
「やればできる!」というよりも、
「やれば力がついてくる!」といった表現のほうが適切ではないかと思います。

「やればできる!」という言葉は、何だか基準があいまいですが、
「やらなければできない!」という言葉は、真実といっていいかも知れませんね。


ところで昨日、「内観」の大切さについての記事を書いたのに、
今日(ホントは昨日)のニュースによると、
なんと、あの東横インの西田社長も「内観」をいつもしていたとか。
う~ん、自分が思っているほどあまり意味がないってこと?
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by sawayoshi45 | 2006-02-08 00:51 | 教育のこと | Comments(2)

学力と人間性は別!

スポーツの得意な人が人間的に優れているとは限らないのと同様、
学力の高い人が必ずしも人間的に優れているとは限りません。
これはみなさんもご存知のことだと思います。

学力は学力、人間性は人間性として、わけて考えなければなりません。
当然、その評価もわけるべきではないかと思います。

なのに、子供たちの通知表(特に中学校)をみると、
なんだかそのあたりが「ゴチャマゼ」になっているような気がしてなりません。
まあ、これは学校システムの問題でしょうから、
ここで私がひとり騒いだところでどうなるものでもないのですが、
それでもやっぱり気になってしまうのです。

過去に受け持った生徒のお話です。
その子は、私からみて数学の力がとても高いように思えました。
「じっくり考える」こともでき、論理的思考力も優れていました。
学校の試験でも80点、90点台の高得点を取っていました。
学力だけでみれば、5段階で「5」とは言わないまでも、「4」の力は十分あったと思います。

ただ、ちょっと性格が大人びているというか生意気というか・・・、
先生受けはあまりよくなかったようです。
怠け者のところもあって、提出物もサボリ気味だったと思います。
そういったところが影響したんでしょう。
彼の数学の成績は、「2」と「3」を行き来するだけでした。

あまりに納得がいかず、学校に抗議に行こうかと思いましたが、
彼の学校生活に影響があるといけないと思い、そこは思いとどまりました。

でも、これってやっぱり変だと思いませんか?

数学の評価は、あくまで「数学の力」だけを評価して欲しいと思うのは、
私だけでしょうか?


たしかに、彼の素行には多少問題があったかも知れませんが、
それと「数学」の評価は別物として評価してもらいたいものです。

彼とは逆に、あまり力がなくても、
「ノートがきれい」「提出物はきちんと出す」「授業中に発言が多い」・・・といった理由で、
実力以上に評価されてしまう生徒もいます。
こういった子は、はたして自分の力を客観的に把握できているのでしょうか?

今まで多くの子供たちと接してきて、
長年、疑問に思っていることを今回書いてみました。

「学力」はあくまで「学力」としての評価、「人間性」はあくまで「人間性」としての評価

何とか学校でもこの区別、出来ないものでしょうかね。
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by sawayoshi45 | 2006-01-30 01:57 | 教育のこと | Comments(6)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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