カテゴリ:教育のこと( 168 )

「学校歴」と「学習歴」

f0015391_050504.jpg
福寿草。
写真は春っぽいですが、
今日の札幌は雪だそうな・・・。
今年の春は、何と遠いことよ。



「学歴はないよりは、あったほうがいい」
この考えには、私も基本的には賛成です。

財布の中に5千円持っている人と、1万円持っている人では、
同じレストランに入っても、選べるメニューが違ってきます。
それと同じで、現代社会で生きていくうえでは、
やはり学歴が高ければ高いほど、人生の選択肢が増えることは否定できません。

ただ、この「学歴」を「学校歴」という意味でのみ捉えることには、私は反対です。
「学校歴」より大切なもの、それは「学習歴」ではないかと思います。
「どこの学校を出たか」というよりも、
「何を学習してきたか」のほうが大事なのは、今さら言うまでもないことですよね。

世の中を見渡すと、
「学校歴」はとても高いけど「学習歴」があまりないのではないかと思われる人、
意外と多いような気がします。
この場合の「学習歴」とは、何も勉強に限ったことではありません。
まあ、早い話が「勉強は出来るんだろうけど・・・」という人たちです。

こういった人たちが、「先生」と呼ばれる職業に就くと大変です。

口を開けば、自分と家族の「学校歴」の自慢話。
生徒や部下の手柄は、自分の手柄。
自分より「学校歴」の高い人には媚びへつらい、低い人を見下す。
「自分はすごい人間だ!」というのをいつもアピール・・・。

みなさんの周りにも、このような人たち、いませんか?

こういった人たちは、
自分の行いが逆に周りの人たちを遠ざけていることにも気付かず、
自分だけは、尊敬されるべき人間であると勘違いしている。
まさに「学習歴」のない人たちといってもいいのではないでしょうか。
「人間関係の学習」が出来ていない人たちですからね。

といっても、私自身、「じゃあ、そういうお前はどうなのよ」と言われると、
少し自信がなくなってしまいますけど・・・。

ただ、「学校歴」というのは過去形ですが、
「学習歴」は私にとってもみなさんにとっても、現在進行形であることに違いありません。

私自身、「学校歴」は人に自慢できるほどのものを持っているわけではありませんが、
謙虚な気持ちを忘れずに、決して驕ることなく、
これからも「学習歴」を積み重ねていきたいと思っています。

教え子たちにも、たとえ「学校歴」は低くても、
「学習歴」だけは手を抜かないように言っているつもりですが、
さて、本当に伝わっているかどうか、そのあたりは定かではありません・・・。

まあ、「学校歴」も「学習歴」も両方あるに越したことはありませんけどね。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-04-06 00:55 | 教育のこと | Comments(4)

1時間の仕事を20分でやっちゃうの?

f0015391_23475325.jpg
さあ、新年度のスタートです!
プロ野球セ・リーグも開幕しました!
意味もなく、張り切ってます!
みなさん、今年度もよろしくお願い致します!



仕事の移動の合間に本屋さんをブラブラしていたら、
1時間の仕事を20分で終わらせる」というタイトルの本を見かけました。
店頭に平積みされていたぐらいなので、きっとかなり売れている本なんでしょうね。

でも、「1時間の仕事を20分で終わらせる必要はあるんだろうか?」 
「1時間の仕事なら1時間でやればいいだけの話なんじゃないのかな?」
とふと思ってしまった「あまのじゃく」の私です。

たしかに「1時間の仕事を20分でできる人」は、
「仕事のできる人」と世間から言われるでしょうし、
「時間を有効に使える人」ということになるかもしれません。

でも、「心に余裕のある人」かどうかというと、ちょっと疑問ですよね。
もしかしたら、仕事は早いけど、「一緒にいて疲れる人」なのかもしれませんしね。

「1時間の仕事を20分でできる人」と「1時間の仕事を1時間でやる人」、
さらに「1時間の仕事を2時間、3時間かけてじっくりやる人」、
さて本当に「心豊かな人」とはどういう人か、はっきりした答えはないと思います。

「今日できることは明日まで延ばすな!」という言葉もありますが、
「明日できることなら、明日やればいい!」という考え方もできなくもありませんしね。

私たちの生活はとことん時間を省く方向に進んでいるように思います。
車社会になって、歩く機会がぐんと減りました。
コンピューター社会になって、手で書く機会がぐんと減りました。
そしてケイタイ社会になって、人を待つ機会が減りました。
約束の時間もケイタイで連絡さえすれば、簡単に破ることができるようになりました。

それはそれで便利になったといえば、それまでですが、
私自身、何か引っかかりを感じているのも事実です。

そして教育の世界でも、この「効率化」が進んでいるようです。
電子辞書を使えば、いちいち辞書を引く手間が省ける。
とりあえず問題の解き方を覚えれば、意味を考える手間が省ける。
勉強を塾にまかせることで、勉強の仕方を自分で考える手間が省ける。
3年分の勉強を2年でやることで、残りの1年は受験勉強に費やせる・・・・・。

いかにも「効率的」なように見えますが、
さて、これによって、子供たちの学力は本当に上がったでしょうか?

私は世の中がいかに便利になったとしても、
教育だけは、絶対に時間と手間を省いてはいけないのではないかと思っています。

私は1年分の勉強は1年でやればいいと思っています。
いや、場合によっては2年、3年かかってもいいのではないかとさえ思っています。

人生は学校を出てからのほうが、はるかに長いんです。
1年や2年遅れたところで、そんなに焦る必要はありません。

それよりも、本来1年かけてやるべき勉強を、3か月でやることによって、
失うもののほうが多いのではないか、むしろそちらのほうが心配です。
もちろん、やり方にもよるでしょうけど・・・。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-04-01 00:01 | 教育のこと | Comments(6)

成長には順序がある

f0015391_0575977.jpg

3月28日。
今日は「ミ(3)ツ(2)バ(8)の日」だそうな。
なるほどね~。



たびたびお邪魔させていただいているモニママさんのブログ、
モニママの教育日記」の昨日の記事「教育とは何か?」を拝読させて頂いて、
一応、教育に携わっている人間としては、とても考えさせられました。
みなさんにもぜひお読みいただきたい、そう思います。

モニママさんは、この記事の中で、
まずは心の教育→考える力→技術というようにおっしゃっております。
私もまったく同じ意見です。

でも今の教育を見渡す限り、この順序が果たして守られているのか、はなはだ疑問です。

私は人間の成長は、植物の生長と同じではないかと思っています。
植物で一番大事な部分、それは言うまでもなく「根」ですよね。
「根」は土の中に隠れていて、外からはほとんど見えませんが、
「土台」となって、しっかりと茎を支えています。
「根」をしっかり張らなければ、栄養を十分に摂取することもできません。

この「根」は、人間でいえば「心」であり「考える力」にあたると思います。
「心」や「考える力」がしっかり育っていなければ、
「教養」を十分に摂取できないのと同じですよね。
同じものを観たり聞いたりしても、感じるものや受け取る量が人によって違ってくるのは、
やはり「心」の違いであることが多いのではないかと思います。

植物の「花」にあたる部分、
これは人間で言えば「技術」とか「学力」といったところでしょうか。
その人の最も「輝いている部分」でもあります。

でも、「根」がしっかり張っていなければ、「花」もすぐに枯れてしまうのと同様、
「心」が育っていなければ、
「技術」や「学力」もあまり役に立たない、
または役に立てられない人間になってしまうのではないでしょうか。

さらに付け加えると、植物の「葉」の部分、
これは、専門外でのその人の「興味」や「関心」といったところでしょうか。
一見、あまり役に立たないように見えて、
実はその人の生きるエネルギー源になっている。

これは、地味で「花」の引き立て役になっていますが、
しっかりと「光合成」をして「デンプン」を作っている「葉」に、
何となく似ているような気がしませんか?

こう考えてくると、人間も植物もやはり一番大事なのは、
目に見えない「根」の部分だと言えるのではないかと私は思います。

でも、現実を見渡してみると・・・、
「根」をしっかり張らないうちに、早く立派な「花」を咲かせようと、
「肥料」ばかりを過剰に与えようとする教育が横行しているように感じるのは、
私だけではないはずですよね!
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-03-28 01:05 | 教育のこと | Comments(8)

温度差

f0015391_2346561.jpg


大荒れです!!




何の世界でも同じかと思いますが、
「してあげる側」と「される側」には、必ず「温度差」というものが存在すると思います。

「してあげる側」は、「こんなにしてやっているのに・・・」と思っていても、
「される側」にしてみれば、
余計なお世話であったりすることはよくあることですよね。

もちろん、親と子供の間にも、この「温度差」はあると思います。

「親の心、子知らず」という言葉があるのも、このためではないでしょうか。
でも、この言葉はあくまで親側の言い分であって、
子供側の言い分は、「子の心、親知らず」といったところではないかと思います。

いじめの問題も同じですね。
いじめた側は「たいしたことはない」と思っていても、
いじめられる側にすれば、
「死にたい」と思うほどの屈辱だったというのは、よくあることです。

先日、小5の男の子が自殺するという、
何とも痛ましいニュースが飛び込んできました。

小5の子供が自殺にまで追い込まれる。
そこにはどのような背景があったのか、詳しい事情はまだよくわかりません。
テレビの報道を鵜呑みにするわけにもいきません。

でも、その学校の校長先生が、
「行き過ぎがあったとは思っていません」といった発言をしたことを考えれば、
これも、教師側と子供側に「温度差」があったのではないかという気がします。

教師側がいくら「行き過ぎではない」といったところで、
子供側が「行き過ぎだ」と感じたからこそ、
こういった結果になったのではないかと思うのですが・・・。

教育の世界においては、
「教師が何をしたか」ではなく、
「子供がどう感じたか」がすべてだと思います。

いくら教師が熱心に指導しているつもりでも、
それが子供に伝わっていなければ、
それは「いい指導」とは言えません。

どんな仕事でも同じだと思いますが、
「一生懸命やっている」から「認められる」わけではありません。
「一生懸命やっている」ことが「相手に受け入れられる」ことで、
はじめてその仕事が「認められる」のではないかと私は思います。

とまあ、口で言うのは簡単ですが、
実際はなかなか難しいことなんですよね、これが。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-03-21 00:00 | 教育のこと | Comments(0)

覚えることと考えること

f0015391_1163695.jpg
韓国戦、勝ちましたね。
次はいよいよキューバとの決勝。
とても楽しみです。




「学ぶ」の語源は「真似ぶ(真似る)」といわれています。
つまり「マネをする」ということです。

考えてみれば、私たちは周りの大人の発言や行動の「マネをして」
大人になったと言っても過言ではありません。

勉強においても同じことが言えそうです。
教科書や先生のやり方の「マネをして」、力をつけてきました。
いくら、自分なりの特別な方法があるといっても、
それは基礎が成り立っていなければ、あまり意味がないと思います。

基礎を無視して「ファインプレー」はありえないと私は思っています。
そういった意味では、まずは教科書どおりのやり方をしっかり「覚える」というのは、
とても大切なことだと思います。

今はどうかわかりませんが、かつて作家を目指した人は、
自分の好きな作家の作品を丸写しして、文章の勉強をしたと聞きます。

これはスポーツにおいても、職人の世界においても、
まったく同じことが言えると思います。
基礎を身につけるには、
まずは先人の教えの「マネをする」ことから始めることが大切ということです。

以前、「学力と覚力」という記事を書きました。
あれを読む限り、なんだか「覚える」ことを否定しているようにとられそうですが、
決してそういうつもりはありません。

「覚える」ことと「考える」こと、
この両方があって初めて「学ぶ」ことになるのではないかと思います。

私はよく、このことを大工さんの仕事に例えて子供たちに話をすることがあります。
「覚える」というのは、のこぎりやカンナの道具の使い方を身につけること。
「考える」というのは、家や建物を建てる際の設計をすること。
このどちらかが欠けても、いい家を建てることができないということです。
もっとも、今は分業になっている場合が多いようですが・・・。

教師についても同じことが言えそうです。
「覚える」というのは、教科の専門知識を身につけること。
「考える」というのは、その知識を効率よく子供たちに伝えていく方法を日々模索すること。
これも、どちらかが欠けても、いい教師とは言えないと思います。

最近、教育者の間で、この両者の議論がなされているようですが、
どちらが良いとか悪いとかではなく、
この両者のバランスこそが大切ではないかと私は思っています。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-03-20 00:39 | 教育のこと | Comments(0)

教えてやっている?

f0015391_234039.jpg
今日はいよいよ公立高校の合格発表。
今からドキドキしているサワダでございます。
というわけで、祈・サクラサケ!




生徒の合格実績を、自分の合格実績としてひけらかす先生。
成績が上がれば、自分の指導法のおかげだと言わんばかりの先生。
自分たちが子供に「教えてやっている」と、勘違い(?)している先生。
いやはや、世の中にはいろんな先生がいるものです。

昨日の記事で書いた竹岡先生は、次のように述べております。

「生徒が力をつけたとき、『俺が教えてやったから』と思うのは教師のごう慢であり、
生徒自信が努力した結果だと考えるべき」と。

まさにその通りだと私も思うのですが、さて、現実はいかがなものでしょう?

竹岡先生は、耳の不自由な生徒が入塾してきたとき、
1年間、板書のみで授業をしたそうです。
説明もすべて板書で行ったとか。
一見、とても効率の悪い授業に思えますよね。

ところが、そういった授業に文句を言うような生徒がひとりもいなかったそうです。
最後の授業では、子供たちに「感謝!感謝!!感謝!!!」
と板書していたのが印象的でした。

そのことについて、竹岡先生はたしか次のように述べられておりました。
「多分、神様に試されているんじゃないですかね。これなら、お前はどうするねんって」と。
「自分が教えてやっている」という意識で仕事をしている先生には、
とても出来ないことではないかと思います。

文句を言う生徒がひとりもいなかったということも、
竹岡先生の人柄というか、熱意が生徒たちに伝わっているからこそではないでしょうか。

学校も含めて、私たち教育産業は子供たちがいて初めて成り立つ商売です。
私たちは子供に「授業をしてやっている」のではなく、
「授業をさせて頂いている」のだと思います。

だって、子供たちがいなければ、私たちは食べていけないんですから・・・。
でも、このことを意識して仕事をしている先生、どれだけいるでしょう?

いや、今エラそうに書いているこの私自身も、
たまにこのことを忘れて、ごう慢になっている自分に気付くことがあります。
特にこの時期は、勘違いしやすいとき。
気をつけなければいけませんね。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-03-17 00:01 | 教育のこと | Comments(2)

遠回りこそ近道

f0015391_23535098.jpg

穏やかな1日でした。
今度こそ春の訪れかな?




今週のNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」は、
ドラゴン桜のモデルになったカリスマ英語講師、竹岡広信先生でした。
まあ、ひと言で言えば、とにかく「すごい先生」という印象を受けましたが、
私が最も共感を覚えたのが、「遠回りこそ近道」という言葉。

この言葉、私も頭ではわかっていますし、子供たちにもよく言っている言葉です。
でも、本当にこれを実践しているかといわれると・・・、
う~ん、正直自信がありませんね。

テストや受験という目先のことにとらわれて、
多くのことを子供たちに覚えさせようとしている自分がいることも否定できません。

私たちは、どうしても「近道」を好みます。
誰も最初から好き好んで「遠回り」を好む人はあまりいないと思います。
もちろん、私もそうです。
ただ、結果的に「遠回り」になることはよくあることですが・・・。

いちいち辞書を引いて調べるより、電子辞書を使ったほうが「近道」。
自分で考えるより、先生に勉強のやり方を教えてもらったほうが「近道」。
自分で勉強するより、塾に行って教えてもらったほうが「近道」。

何も勉強に限ったことではありませんね。

手紙を書くより、電話やメールのほうが「近道」。
自分の足で歩くよりも、車で移動したほうが「近道」。
汗水流して働くよりも、株で一儲けでもしたほうが「近道」・・・・・などなど。

こう考えてくると、世の中の動き全体が「近道」を好んでいるといえそうです。
でも、これらは本当に「近道」なんでしょうか? 
「近道」をしようとするあまり、何か大切なものを見逃しているような気がしてなりません。

特に勉強においては、一見「近道」に見えることが、
実はものすごく「遠回り」になっていること、よくあることです。
私も子供たちを見ていて、よくわかります。

竹岡先生は、ひとつの単語について、30分以上かけることもあるそうです。
「これは覚えろ!」ですませようとする先生とは大違いですね。

ひとつの問題に、じっくり時間をかけて深く考えさせることと、
できるだけ多くの問題を解かせて、やり方を覚えさせること、
一見、後者のほうが「近道」に見えますが、本当の意味での「近道」はどちらなのか、
よく考えなければいけないことだと思いました。

それにしても、「ドラゴン桜」という漫画、今まで存在は知っていましたが、
読んだことはありませんでした。
竹岡先生を見て、ちょっと興味がわいてきました。
今度読んでみようかな。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-03-16 00:03 | 教育のこと | Comments(6)

隠し事

f0015391_00656.jpg
昨日もひどい寒さでした。
でも、今日からはだいぶ寒さは和らぐそうです。
札幌にもようやく春が訪れる予感・・・。




私は、小学生から高校生までの生徒を相手にしておりますが、
やはりメインは中学生になります。

中学生といえば、一般的には「大人と子供の境目」とされ、
一番難しい時期とも言われています。

多くの子供たちは反抗期を迎え、
特に、親に対する反抗心が強くなる時期でもありますね。

子供たちと接していても、親への不満を、
他人であるこの私に語ってくる子もけっこう多いです。

そんなときは、子供たちにその不満を吐かせるだけ吐かせておいて、
最後に「でも、学校を出て一人暮らしでもしたら、親のありがたさ、よくわかるよ」
とひと言だけ言って、終わらせます。

まあ、これで納得しているかどうかはわかりませんが、
私の経験からは、それが「真実」だと思っているので、
それしか言いようがありません。

でもこれは、自然のことだと思いますし、
ほとんどの場合は時間が解決してくれるので、私はまったく気にしておりません。

そして、こういった子たちはたいてい親への「隠し事」を持っています。
男の子であれば、「あやしい(?)本」の一冊や二冊、
部屋のどこかに隠していても不思議ではありません。

あ!今ショックを受けたお母さん、何も心配することはありません。
それが本能というもので、男というのは、そういう生き物ですから。
ある意味、これも自然のことであり、心配には及びません。

むしろ私が心配なのは、
「親への不満」や「隠し事」のまったくない子供たちです。

私の見る限り、そういった子は、
何かに縛られているというか、抑えつけられているというか、
何となくそんな印象を受けます。

その「何か」とは何か。
親の権威、学校での位置関係、世間の常識の押し付け・・・、などなど。

まあ、いろいろ考えられますが、
「不満がない」というよりは、「不満も言えない」という感じがして、
見ていて何だかかわいそうになってくることがあります。

といっても、もしかしたら私のただの思い違いなのかも知れません。
それだったら、特に問題はないんですけどね。

「うちは家族の間に隠し事はいっさいありません!」という人がいます。
でもこれって、いいことなのかどうか、正直私にはよくわかりません。 
「隠し事=悪いこと」という考えにも、ちょっと頭をかしげたくなります。

子供だって、ある程度の年齢に達したなら、
「隠し事」のひとつやふたつ、あってもいいのではないかと私は思っています。
私もそうでしたし、それが自然のことではないでしょうか。

親御さんにしてみれば、ショックなのかもしれませんが、
その親御さん自身、昔はそういった時期、あったのではないですか?

表面上の「いい家族」や「いい子」というものにとらわれて、
もっと大事なこと、忘れていないかどうか、
よく考えてみる必要もあるのではないかと思います。

もっとも、「隠し事」のひとつも出来ない、
「知恵のない人間」に育てたいというなら、話は別ですけど・・・。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-03-15 00:12 | 教育のこと | Comments(3)

学力と覚力(かくりょく)

f0015391_23285819.jpg
トリノパラリンピックが開幕しました。
というわけで、イタリアの国花。
ヒナギクです。




手っ取り早く成績を上げる方法。
テストに出そうな問題を予測し、重要語句や公式を丸暗記させ、
問題の解き方のパターンを覚えさせる。
同じ問題を、完璧に覚えるまで、何度も繰り返しやらせる。
そうすることで、少なくともテストの点数は多少上がり、子供も出来た(つもり)になる。
そして先生は子供にひと言、「ねっ、やればできるでしょ!」。

確かに「できる」ことだけに重点をおくのであれば、これでいいのかも知れません。
でも、これって本当に「学力」と呼べるものでしょうか? 

こういったやり方で身に付けられる力、私は「覚力(かくりょく)」と呼んでいます。
目先の点数を上げるためには有効な手段ですが、
その子の将来にとって、有効かどうかと考えると、疑問が残ります。

「学力」とは「学んだ力」ではなく、「学ぶ力」「学ぼうとする力」と私はとらえています。
「学んだ力」は過去形ですが、「学ぶ力」は現在形、「学ぼうとする力」は未来形ですね。
つまり、過去の知識ばかりに頼らず、自らの力で、常に「学んでいこうとすること」。
これが本当の「学力」ではないかと思います。

一般に「勉強ができる=学力が高い」と言われます。
「学力が高い→勉強も得意」なら、まだわかりますが、
「勉強ができる→学力も高い」という考え方には、私は賛成できません。
それは、日ごろニュースを見ていれば、よくわかることですよね。

「学校の成績というのは、学力のほんの一部でしかない」
と私は子供たちに言っています。

「学力を高める」ための方法。
それは、
本を読んで学ぶ。
映画を観て学ぶ。
音楽を聞いて学ぶ。
スポーツを観て学ぶ。
ニュースを見て学ぶ、
いろんな人と接して学ぶ・・・・・、などなど。

まあ、早い話が、日常の生活すべてが「学力を高める場」であるということです。
ただ、「学ぼう」という「アンテナ」を張っているかどうかで、
同じものを観ても、同じものを聞いても、
人によって、感じるものはまったく変わってきます。
また、視野が狭ければ、「学べる量」も変わってくると思います。

結局、何が言いたいか。
常にいろんなものから「学ぼう」という意識を持っている人間が、
真に「学力の高い人間」ではないかということです。

もちろん「覚力」を否定しているわけではありません。
それはそれで、必要なことだと思います。
でも、「覚力」ばかりでなく、「学力」の高い子供を育てること、
それが私たち大人の責任ではないかと私は思いますが、いかがでしょうか?

あっ、その前に私たち自身が「学力」の高い人間であり続ける努力を怠らないこと、
まずは、そこからですよね。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-03-12 00:02 | 教育のこと | Comments(6)

達観

「受かる受からないは、どうでもいいっしょ(北海道弁?)。今までがんばったんだから・・・」

昨日で訪問を終えた、受験生の子を持つある親御さんの言葉です。
親御さんですから、もちろん「合否」が気にならないわけがありません。
でも、子供のために、その気持ちを必死に抑えているのだと思います。

この生徒とは中1から3年間の付き合いでした。
決して順調に成績を伸ばしてきたわけではありません。
私の指導力不足のために、最初の2年間は上がったり下がったりを繰り返していました。

でも、3年の後半から彼は変わりました。
部活を引退して、本腰を入れて勉強するようになりました。
私が変えたわけではありません。
彼が勝手に変わっただけです。

そして、その姿を、親御さんもしっかり見てくれていたからこその言葉だと思います。
受験を間近に控えた子の前で、堂々とこういった言葉をかけてくれる親御さん。
本当に感動します。
こういった素敵な方たちに出会えたことに、感謝します。

このブログを今まで読んできてくれた方なら、おわかりいただけるかと思いますが、
私は「プロ家庭教師」と名乗ってはいますが、決して「合格請負人」ではありません。
「○○高校に合格させる」ために、勉強を教えているわけではありません。
これは、最初に親御さんにもお断りしております。

そんな「不確定要素」の多い私に子供を預ける、
親御さんからすれば、はっきり言って「賭け」だと思います。
そのためか、私がお付き合いさせて頂いている親御さんは、
ある意味、忍耐強く、「達観(?)」されている方が多いような気がします。

自分が親の立場だったら、果たしてそんな人間に高いお金を払って、
自分の子供を預けられるかどうか、
う~ん、ちょっと自信がありません。

だからこそ、子供や親御さんへの感謝の気持ち、
忘れてはいけないと思っています。

さてさて、北海道の公立高校入学試験は3月7日。
もうとっくに日付が変わっているので、正確には明後日です。

冒頭の言葉、私も子供たちに言ってあげたい気持ちはやまやまなのですが、
何だかんだ言っても、やっぱり、
「受かって欲しい!」という気持ちが強いのが正直なところ。
「達観」の域には、まだまだほど遠い場所にいるサワダでした。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-03-05 02:45 | 教育のこと | Comments(2)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


by sawayoshi45

プロフィールを見る

札幌の家庭教師 学びの森

以前の記事

2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
more...

カテゴリ

家庭教師 学びの森
自己紹介
自分のこと
教育のこと
勉強のこと
人生のこと
世間のこと
家庭教師のこと
どうでもいいこと

最新のコメント

おおっ、それはおめでとう..
by sawayoshi45 at 11:16
またまたお久しぶり。 ..
by gaku at 22:42
アドバイス、ありがとう。..
by gaku at 14:15
知らん! というか、あの..
by sawayoshi45 at 14:33
お久しぶり。うちの息子が..
by gaku at 17:34
MAPさん ありが..
by sawayoshi45 at 10:48
お誕生日おめでとうござい..
by MAP at 07:39
とても魅力的な記事でした..
by 株のやり方 at 17:27
>missKaytieさ..
by sawayoshi45 at 01:16
お誕生日おめでとうござい..
by missKaytie at 17:25

検索

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

北海道
受験・勉強