カテゴリ:教育のこと( 151 )

頭の筋肉、心の筋肉

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じめじめじめじめ・・・
う~ん、頭が膨らむ・・・




水や肥料をたくさん与えさえすれば、植物がよく育つわけではありません。

「過剰な水」と「過剰な肥料」は、逆に枯らせてしまう結果になります。
一度枯れてしまったものは、なかなか元には戻りません。

植物を育てるのに必要なのは、
「過剰な水」と「過剰な肥料」ではなく
「適度な水」と「適度な肥料」、そして「適度な愛情」といったところでしょうか。

人間もまた同じだと思います。

たくさん習い事をさせれば、何でも出来る子に育つわけではありません。
たくさん塾に通わせれば、勉強が出来る賢い子になるわけでもありません。

子ども自身が好んでやっているのならともかく、
「やらせ過ぎ」は、逆に子供の心を枯らせてしまう可能性があります。
一度枯れてしまった(やる気を失った)子供の心は、そう簡単に元には戻りません。

教育の目的は「頭の筋肉」と「心の筋肉」を鍛えることだと私は思っています。
その中でも優先されるべきは「心の筋肉」。

「過剰な習い事」と「過剰な塾通い」で鍛えられるのは、
せいぜい「頭の筋肉」であって、「心の筋肉」ではありません。

「勉強さえしていれば、家の手伝いをしなくてもいい」
「勉強さえしていれば、何でも好きなものを買ってもらえる」
「勉強さえしていれば、多少のワガママもまかり通る」
「勉強さえしていれば、お小遣いがたくさんもらえる」

こういった方法で子供を育てれば、子供は間違いなく、
頭でっかちの「モンスターチャイルド(?)」になってしまいます。

本当に、それでいいのでしょうか?

「頭の筋肉」を鍛えることはもちろん大切です。
でも、それ以前にやるべきは「心の筋肉」を鍛えること。

多少の苦しみに耐える心。

欲しいものを我慢する心。

すぐには諦めない心。

相手の立場を思いやる心。

自分の失敗を認める心。

他人の成功を妬まない心。

他人を見下さない心。

他人の悪口を言わない心・・・。

こういった「心の筋肉」を鍛えておかなければ、
結局のところ、勉強も仕事も必ず行き詰まるときがやってきます。

そして、一度行き詰まったら最後、「心の筋肉」がないので、
そこから這い上がることも出来ません。

「頭の筋肉」の前に、まずは「心の筋肉」。
その順番を間違ってはいけないと思います。
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by sawayoshi45 | 2008-08-30 00:24 | 教育のこと | Comments(0)

皮肉な結果

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おかげさまで今年の夏も、
多くの生徒さんとの出会いに恵まれました。
この縁を大切にして、
2学期も頑張りたいと思います。
夏期講習をお申し込み頂いた方、
本当にありがとうございました。




世の中ってホント、皮肉なものですよね。

「お金が欲しい!」と思えば思うほど、お金も人も自分の元から離れ、
「勉強しろ!」と言えば言うほど、子供は勉強しなくなる。(苦笑)

まあ、それだけ人生は自分の思い通りにいかないということであり、
それを学んでいくことも、私たちの人生の修行なのかも知れません。

私が勉強を嫌いにならずにそれなりに付き合ってこれた理由。
それはひと言で言えば、両親が勉強には全く無関心だったからと言えます。

「勉強なんかしなくてもいい」と言われたことは何度もありますが、
「勉強しろ!」と言われたことは一度もありません。

もし自分の親が、勉強にうるさかったら・・・、
私は絶対に勉強していなかったと自信を持って断言出来ます。(笑)

そんな私が今となっては、
子供たちに「勉強しろ!」という立場にいるわけですから、
人生って不思議なものですね。
まあ、これはこれである意味「皮肉な結果」なのかも知れませんが・・・(笑)

「親が心を鬼にして管理してやらないと、子供は絶対に勉強するようにならない!」

以前、ある親御さんに言われたことがあります。

確かにそれも一理あるかも知れません。
でも、正直言って私はどうしてもその考えを受け入れる気持ちにはなれません。

もし自分がそんな考えを持った親に育てられたら・・・、
管理されることを一番に嫌うB型人間の私としては、
きっとそれに耐えられず、精神病になっているに違いありません。

実際その生徒は、それだけ親に管理されていたにも関わらず、
成績はあまり芳しいものではありませんでした。
むしろその厳しい管理によって、
子供が相当なストレスを抱え込んでいるように、私には感じられました。

そのことを親御さんに訴えても話はいつも平行線。
結局、教育方針の不一致ということで、やめて頂くことにしましたが、
しばらくの間は、その生徒のことが気になって仕方なかったのを覚えています。

当時は、正直腹を立てたこともありました。
でも、よくよく考えてみれば、
私が絶対に正しいとも言えないし、彼女が間違っているとも言えません。
ただ単に教育方針の違いだったと今は思うようにしています。

子供たちにも、いろんなタイプがいるようです。

私のように管理されることを極端に嫌う生徒もいれば、
逆に、管理して欲しいと言う生徒もいます。

私のように言われれば言われるほどやらない「ヒネクレ者」もいれば、
親や先生の言うことをしっかり聴いてくれる素直な生徒もいます。

私に出来ることは、その子のタイプを把握して、
その子に一番合った指導法を模索し続けること。
それしかありません。

少なくとも、自分の思いばかりを一方的に押し付けて、
「皮肉な結果」を招いてしまうことだけは、避けたいなって思います。
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by sawayoshi45 | 2008-08-27 01:22 | 教育のこと | Comments(0)

目には見えないからこそ慎重に

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すっかり涼しく(寒く?)なりました。
札幌の夏は短いですね。
みなさん、風邪にはお気をつけくださいませ。



例えば目の不自由な人が、自分の近くに来たら、
私たちは自然に、その人の邪魔にならないような行動をとります。

例えば電車やバスで、足腰の弱そうな老人が目の前に立ったら、
私たちは自然に、席を譲らなきゃという気持ちになります。

このように、外見である程度判断できることに対して気を遣うことは、
それほど難しいことではありません。

でも、「人の心」といった目に見えないものについてはどうでしょうか?

相手が今何を感じ、何を考えているのか、
それを推し測るのは、至難の業です。

だからこそ、常にわかるための努力をしつつも、
決してわかったつもりにはならないように、
私たちは注意しなければいけないと思います。

「ウチの子のことは私が一番わかっています!」

そう言い切っている親ほど、子供の気持ちに鈍感な人が多く、
そんな親のもとで、子供は大きなストレスを抱えて生きているのではないか、
私にはそんな気がしてなりません。

「ウチの子が何を考えているのかさっぱりわからない」
こちらのほうがよっぽど正常のような気がします。

勉強を教えて、生徒に点数を取らせるのが私の仕事です。
でも、点数さえ取らせればそれで良しと思ったことは一度もありません。

点数は上がっても、心に大きな闇を抱えている(と思われる)生徒もいます。
点数はそれほど上がらなくとも、心が大きく成長した(と思われる)生徒もいます。

他人の悪口をよく言っていた子が、最近言わなくなった。
何事にもやる気を失っていた子が、前向きの言葉を発するようになった。
他人のせいにばかりしていた子が、自分の失敗を受け入れられるようになった。

一応プロとしてこの仕事をしている以上、
そういった子供たちのちょっとした心の変化に気づける人間でありたい、
そう思って、仕事をしているつもりです。

成績や点数は目に見えるもの。
その良し悪しは誰が見てもわかるものです。

でも、子供たちの心の状態は目には見えないもの。
専門家でも判断することが難しいと言います。

だからこそ、決して急がず急がせず、
ゆっくりじっくり慎重に向き合っていくことが必要なのではないか。
そんな気がしてなりません。

成績が落ちることよりも、
心が壊れてしまうほうが、その何倍も恐ろしいこと。
その恐ろしさに、私たちはもっと敏感でなければならないと思います。

何か事が起きてからでは遅すぎますから・・・。

う~ん、ちょっと思うところがあって書いてはみたものの、
文章力が乏しいため、思っていることの半分も表現できませんでした。
また機会を見て触れてみたいと思いますが、とりあえず今日はこのへんで・・・。
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by sawayoshi45 | 2008-08-22 00:34 | 教育のこと | Comments(0)

勉強の苦しみ、待つことの苦しみ

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どうも、ご無沙汰しております。
またまた忙しいフリをして、
更新をサボってしまいました。(苦笑)
またボチボチと書いていこうと思いますので、
みなさん、これからもよろしくお願い致します。




「仕事の苦しみに比べれば、勉強の苦しみなんてたいしたことないよ!」

大人はよく、こんな言い方をします。
確かにその通りだと私も思いますが、
これは自分が大人になったからこそ、言える言葉ですよね。

いろんな経験を積んで成長してきた大人の脳と、
まだ人生経験が少なく成長過程にある子供の脳は違います。

大人の理屈を子供に100%理解させようとすること自体、
私は大きな間違いであると思っています。

もし仮に親の言い分を100%理解できる子供がいたとしたら、
それはそれで、気持ち悪いですからね。(笑)

かつての自分もそうであったように、
多くの子供たちにとって、一番の「苦しみ」は勉強です。

そして子供たちは、日々その「苦しみ」と向き合っています。
というか、半ば強制的に向き合わされています。

では、子供たちにその「苦しみ」を与えている私たち大人は、
果たして、どれだけの「苦しみ」を味わう覚悟を持っているでしょうか?

「大人ってズルいですよね!」

たまに子供たちから、こんな言葉を聞かされることがあります。
その「大人」の中には、きっとこの私も含まれているのかも知れませんが、
残念ながら今の私には、
「そんなことはないよ」と自信を持って反論することは出来ません。

自分は勉強していないのに、ボクたちには「勉強しろ!勉強しろ!」
テストの中身も見ずに、点数や順位だけで「努力不足だ!」と責められる。

そんな大人を「信頼しろ!」というほうが間違いですよね。

教育や子育てに関わる人間にとって、
一番の「苦しみ」は、「我慢すること」「待つこと」だと言われます。

本当にその通りだと私も思います。

ちょっと厳しい言い方になりますが、私の経験上、
「待てない親」に育てられた子供たちは、
まず間違いなく落ち着きがありません。

逆に、落ち着いて勉強に取り組んでいる生徒の親御さんは、
「子供を信じて待つ」ことがしっかり出来ている方が多いような気がします。

「どうしてこんなに落ち着きがないの?」
「どうしてやる気になれないの?」

そう言って子供を責め立てる前に、
「育てたように子は育つ」
この言葉の意味を私たち大人は、しっかり受け止めなければいけないと思います。
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by sawayoshi45 | 2008-08-20 01:05 | 教育のこと | Comments(2)

「どうして?攻撃」はほどほどに・・・

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なるほど。
言われてみれば、
確かにその通りかも・・・
男はつらいね。→これ



受験のときは、
「ビリでもいいから引っかかってさえくれれば・・・」と誰もが願います。

そして、仮にビリで入ったとしても、合格さえすれば、
「よく頑張ったね」と周りの人に褒められます。

でも、入ってからのビリが認められることはほとんどありませんよね。

受験のときは、ビリでも褒められるのに、
入学後の子供は、「努力が足りない」「せめて平均点は・・・」と責められます。

でもこれって、何か変だと思いませんか?

もともとビリで合格したわけですから、
入ってからビリでも、何の不思議もありません。

それなのに、入ってからビリになると、
合格した時の親御さんの「天使の顔」は、一転「悪魔の顔」に変わります。

「前はあんなに頑張っていたのに、どうして今は出来ないの?」
「こんなに塾に行かせているのに、どうして上がらないの?」
「こんな点数で、どうして恥ずかしいと思わないの?」

「どうして? どうして? どうして?・・・」

ビリでいる限り、この「どうして?攻撃」が永遠に続きます。
でも、子供にしてみれば、こんな理不尽なことはありませんよね。

この「どうして?攻撃」に嫌気がさして、
完全にやる気を失ってしまう子も少なくないと思います。

ちょっと前の記事にも書きましたが、
点数や順位だけで、その子の頑張りを判断するのは大間違いです。

大事なのは点数や順位ではなく、
教科書の内容をどれだけ理解できているかではないでしょうか。

通っている学校のレベルが高ければ高いほど、
点数や順位が悪くなるのは当たり前のことです。

そして、そのことで一番苦しんでいるのは、子供自身です。

たとえビリであっても、気持ちを腐らせずにコツコツ頑張っていれば、
普通の国立大学なら狙えるかも知れません。

でも、「どうして?攻撃」でやる気を失わせてしまっては、
その望みさえ失うことになってしまいます。

順位や点数だけにとらわれるのではなく、
しっかりと中身を見てあげること。

そして、ただ一方的に子供を責めるばかりでなく、
子供の立場で、その苦しみを理解しようとする努力も、
私たちには必要ではないかと思います。

間違っても「どうして?攻撃」で、
子供のやる気を完全に奪ってしまうことだけは避けたいものですね。
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by sawayoshi45 | 2008-07-13 00:55 | 教育のこと | Comments(2)

点数だけではわからない

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原油高騰の影響?
心なしか街の車が減ったような・・・




中学校までは常にトップを走り続けてきた子が、
高校に入って、今まで見たこともない点数を取ってくる。

本人や親御さんにとっては、
とてもショックな出来事かも知れませんが、
進学校では、決して珍しいことではありません。
というか、それが普通です。

そんなとき、その点数や順位だけから、
「頑張っている」か「頑張っていない」かの判断をされるのは、
子供にとっては、あまりにも辛すぎる仕打ちです。

子供が取ってきた点数に文句をつけたいのであれば、
是非その問題を自分で解いてからにしてください。

子供がどれだけ難しい問題をやらされているか、よくわかるはずです。

A高校のビリとB高校のトップを比較したときに、
A高校のビリのほうが、頑張っているというケースは、
十分に考えられることです。

そう考えると、学校内の成績や順位だけで、
生徒を「頑張っている」とか「頑張っていない」と判断するのが、
いかに馬鹿げたことか、よくわかりますよね。

特に難関大学や医学部に何人も合格するような進学校で、
成績を上げていくことは、並大抵のことではありません。

頑張っているのはみな同じ。

そういった環境の中で、成績を上げていくのは、
よっぽどの覚悟が必要ですし、
結果が出るまでにも、それ相応の時間がかかります。

頑張っているのに上がらない。
やってもやっても上がらない。

一生懸命取り組んでいる生徒ほど、
こういった「壁」にぶつかるものです。

今まで簡単に出来ていたことがなかなか出来ない。

一番苦しんでいるのは子供自身。

そんな子供の気持ちを決して腐らせないためにも、
私たちは結果ではなく、過程に目を向ける努力が必要だと思います。
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by sawayoshi45 | 2008-07-01 00:57 | 教育のこと | Comments(2)

親離れ、先生離れ

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夏ですね~。
「タワシ頭」が鬱陶しく感じる季節が、
とうとうやってきてしまいました。



子育てに正解も不正解もないので、
その線引きはとても難しいところですが、
まあ、大きく間違ってさえいなければ、
子供にはいつか、「親離れ」する時期がやってきます。

親との会話が減り、ひとりになりたがる時間が増え、
自然に親の保護下から離れていく行動を取りたがります。

親御さんにとっては、少し寂しい現実かも知れませんが、
それは子供が精神的に自立し、大人に近づいている確かな証拠。
そう考えれば、むしろ喜ばしいことでもありますよね。

そういう時期が来たら、
もちろん親御さんのほうにも、「子離れ」する覚悟が必要です。

「まだ子供だから・・・」と、いつまでも口出しするのは、
子供の成長、自立を妨げる行為でしかありません。

高校生にもなって、
「親の言いなり」、「親にベッタリ」のような親子関係は、
本人らはそれでいいかも知れませんが、
傍から見れば、気持ち悪いだけですからね。(笑)

先生と生徒との関係も、同じことが言えると思います。

きちんとした指導をしていれば、
生徒にはいつか、「先生離れ」する時期がやってきます。

それまでは先生の言う通りにしか勉強できなかった子が、
「自分のやり方」というものを徐々に確立するようになります。

「自分のやり方」を確立してしまえば、
正直、先生の存在はあまり必要なくなります。

とりあえず先生の言うことは聞いている「フリ(?)」をしながらも、
それとは別に、自分の勉強を進められるようになります。
それが本当の「自立勉強」というものです。

その「自立勉強」にまで、あれこれと口を出してくる先生は、
一見親切そうに見えますが、
生徒の成長、自立を妨げる存在でしかありません。

いつまでも先生の指示通り。

先生にとっては、ある意味、都合のいい生徒かも知れませんが、
それは決して良い指導の結果とは言えないと思います。

ある時期が来れば、
生徒は自然に「先生離れ」、先生も自然に「生徒離れ」、
これが教育の理想的な形ではないかと私は思っています。

以前にも書いたことがありますが、
私が一番の理想としている指導形態は、
生徒が自分で勉強する方法をしっかり身に付けたうえで、
私のもとを離れていってくれることです。

といっても、現実はなかなか理想どおりとはいきませんし、
実際そんな生徒さんばかりだったら、私も経営危機に陥ってしまうので、
あまり大きな声では言えないんですけどね・・・(苦笑)

ただ、遅かれ早かれ、先生と生徒には必ず離れる時期がやってきます。

少なくともその時期までには、
生徒が自然に「先生離れ」が出来るような状態を作っておきたいし、
私自身も、上手に「生徒離れ」が出来る人間でありたいなって思います。
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by sawayoshi45 | 2008-06-26 00:45 | 教育のこと | Comments(0)

ハードルを下げる

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札幌もサクラ咲く。
年々早くなる開花。
温暖化、気になりますね。




「子供は親の言うことを聞いて当たり前」
「子供は親の思う通りに動いて当たり前」

そう思って子育てを始めたら、
子供がそのプレッシャーに押し潰されてやる気を失うか、
あるいはその前に自分が精神的におかしくなるか、
いずれにしろ子供に良い影響を及ぼすことはないと思います。

子供はロボットではありませんので、
こちらの思いを100%理解するはずもありません。

勉強を教えるときもまた同じだなって思います。

「宿題は完璧にやって当たり前」
「このくらいは出来て当たり前」

そういった感覚で子供に接していたら、毎日がイライラの連続。
子供たちと良い関係を築くことは出来ません。

「人間なんだから完璧に出来るわけがない」(それは自分だって同じ)
「子供なんだから出来なくて当たり前」(自分だって昔は出来なかった)

そう思って接していれば、
子供がたまに出来たときに、素直に褒めてあげる気にもなるものです。

「出来たときに褒めてあげる」
これは、子供たちの「やる気」の一番の栄養分です。
この栄養分を与えずして、ただ「やる気になれ!」と説教されても、
それでやる気になった子供を私は知りません。

私たちは子供たちに対して、
あまりに高いハードルを設定していることって多くないでしょうか?

「これだけお金をかけたんだから受かって当たり前」
「これだけ教えてやったんだから出来て当たり前」

でも、こんな思いばかりが強くなると、
子供へのイライラは募るばかり。
そして、そのイライラは当然子供にも伝染。
勉強に悪影響が生じることは言うまでもないことです。

泣いても笑っても子供の人生は、
私たち大人が与えてやるものではなく、
子供自身が自ら歩んでいくもの。

子供と良い関係を築くためには、
子供へのハードルを少しだけ下げてみるのも1つの手かも知れませんね。
もっとも、子供が自ら高いハードルを掲げている場合は話は別ですけど・・・。
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by sawayoshi45 | 2008-04-25 22:46 | 教育のこと | Comments(0)

間違ったっていいじゃん!

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気分転換のため、
テンプレートを変えてみましたが、
う~ん、ちょっと派手だったかな?




どんなに自分では注意しているつもりでも、
人間は間違いを起こす生き物です。

10年以上も教える仕事に携わっている私でも、
いまだに高校入試で5教科満点を取る自信はありません。

自分では出来たつもりになっていても、
必ずどこかでミスをしているものです。

そう考えると、子供たちの間違いを安易に責めることが、
いかに自分勝手なことかがよくわかります。

もし他人の間違いを責める資格がある人がいるとしたら、
今まで一度も間違いを起こしたことのない人。
でもそんな人って、世の中にいませんよね。

「ケアレスミスをなくすにはどうしたらいいですか?」

試験前や受験前になると、よく子供たちからこういった質問がきます。
でも、どれだけ意識してもケアレスミスを100%なくすことは出来ません。
だって、自分では気づかないから「ケアレス」なんですからね。

ですから私は、

「ケアレスミスはどうせなくならないから、
多少のミスをしてもある程度の点数が取れる実力を身につければいいだけ!」

そう応えるようにしています。

「間違ったらダメ!」
「ケアレスミスは絶対にダメ!」

そう言われ続けてきた子供たちに、
「何かに挑戦する心」が芽生えるとは考えにくいですよね。

間違いは誰にでもある。
どうせなくすことは出来ないんだから、
間違いを恐れることよりも、
とにかくやってみること、挑戦してみることが大切。

「しょせん人間なんだから、間違ったっていいじゃん!」

そういったメッセージを送り続けることが、
私たち大人の役割ではないかと思いますが、いかがでしょう?

まあ、ただ子供たちの言う「ケアレスミス」は、
実際は「ケアレス」なんかではなく、
練習不足が原因であることがほとんどだったりするんですけどね。
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by sawayoshi45 | 2008-03-12 00:26 | 教育のこと | Comments(0)

いるだけ

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「一匹狼?」として活動し始めてから、
おかげさまで10年が経ちました。
どこまで出来るかはわかりませんが、
これからも需要ある限り頑張りますので、
みなさん、これからもよろしくお願い致します!




「先生、今日はこれをやろうと思っているんですけど、
まずは自分のやり方でやってみるので、合っているかどうか見ていてください!」

以前は、教えてもらうことをただ待っていた生徒たちが、
いつの間にか、こちらが何も言わなくても、
自分でやるべきことを見つけ、自分から取り組むようになる。

こういった子供たちの成長を目の当たりに出来ることは、
私にとって、何よりも嬉しい瞬間と言えます。

教えることを生業にしている私が言うのも何ですが、
私は子供たちには常々、
「勉強は教えてもらうものではなく、自分でやるもの」と言っています。

誰かに教えてもらうことを当たり前と考える。
誰かにやることを指示してもらえないと出来ない。

そういった受け身の状態で本当の学力を身につけることは不可能です。

ですから受け持って1年もすれば、
私は子供たちにほとんど指示も宿題も出さなくなります。
(もちろん生徒によって個人差はありますが・・・)

やるべきことを自分で決めて、自分で取り組む。
その中で、どうしても解らないものに関してだけ、
私がちょっとだけサポートする。

言ってみれば、私はただ「いるだけ」の存在、
それが私の理想とする授業です。
といっても、現実はなかなか理想どおりとはいかないんですが・・・

「家庭教師をつけたら成績が上がった!」

生徒や親御さんからそう言ってもらえるのは、本当に嬉しいことです。

でも、
「家庭教師をやめたら成績が下がった!」
となっては、何の意味もありません。

先生によっては、それで溜飲を下げる方もいらっしゃるようですが、
私にとっては最大の屈辱です。

せっかく縁あって出会うことが出来た子供たち。

目先の成績だけで一喜一憂するのではなく、
どうせならもっと広い視点を持って子供たちと接していければと思います。
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by sawayoshi45 | 2008-03-11 00:42 | 教育のこと | Comments(0)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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