カテゴリ:人生のこと( 82 )

下に立つ

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今日は春の陽気でした。
受験前の忙しさで、
伸び放題になっていた髪をようやく切り、
サッパリ気分のサワダです。



「人の上に立つ」ことは大変なことだと思います。
「人の上に立つ」ためには、多くの人の信頼を得なければなりません。
そしてその信頼を得るためには、それ相応の努力が必要です。

つまり、「人の上に立つ人」は、
言い換えれば、「努力の人」とも言えるのではないかと思います。

でも、私たちにとってもっと大切な努力は、
「上に立つ」ことよりも「下に立つ」ことではないかと私は思っています。

「上に立つ」ことや「上を目指す」ことばかりが努力とは限りません。
「下に立つ」こともまた努力が必要なことだと思います。

高い場所から相手を見下ろしてばかりでは、
本当に相手を理解することは出来ませんよね。

本当に相手を理解しようと思ったら、
相手よりも「下に立つ」努力が必要です。

だからこそ、「理解する」は、
英語で「understand」というのだと私は解釈しています。

生徒や親御さんから「先生」と呼ばれることで、
つい上からものを見ている自分に気づくことが時々あります。

私たちの仕事は、生徒に指示を出すことはあっても、
生徒から指示を出されることはあまりありません。

生徒に宿題を出すことはあっても、
生徒から宿題を出されることはほとんどありません。

生徒を叱ることはあっても、
生徒から叱られることもめったにありません。

きっと、こういった日常を繰り返すことで、
いつの間にか、上からものを見るクセが付いてしまっているのかも知れません。
とても危険なことだなって思います。

教養とは相手の気持ちがわかること。

養老孟司氏の本によく出てくる言葉ですが、
今までの自分がどれだけ生徒の気持ちを理解して接していたか、
そう考えると、とても恥ずかしくなります。

私も人並みの教養を身につけるためにも、
「下に立つ」努力を忘れないようにしたいと思います。
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by sawayoshi45 | 2008-03-10 01:03 | 人生のこと | Comments(0)

許す、許される

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修学旅行から帰ってきた教え子が、
沖縄で泳いできたそうな。
札幌は昨日から雪でございます。
日本って広いですね!



ここではいつもエラそうなことを書いている私ですが、
自分自身、決して人に自慢できる人生を歩んできたわけではありません。

今までたくさんの間違いや失敗を繰り返してきました。
というか、今でも間違いや失敗はしょっちゅう繰り返しています。(笑)

それでも今、何とかこうやって生きていられるのは、
家族をはじめ、きっと多くの方に「許されて」きたからだと思います。

それなのに人間は勝手なもので、
自分ひとりの力で大きくなったと勘違いしてしまうときがあります。

子供に怒りをぶつけているときは、その典型ですよね。

子供たちが自分の言うことを聞いてくれない、
子供たちが自分の思い通りに動いてくれない、
ついイライラを感じてしまうことは私にもよくあります。

でも、自分が子供だった頃はどうだったかと考えると、
自分だって親に対して同じようなことをしてきたことに気づきます。
今思えば、相当親を困らせてきた子供だったと思います。(苦笑)

「ムカつく」
「キモい」
「ウザい」
「KY(空気読めない)」

こういった相手をバカにするような攻撃的な言葉が、
今子供たちの世界、いや、大人の世界でも普通に使われています。

それだけ今の世の中、
攻撃的な社会になっているということなのかも知れません。


細かい部分はかなり怪しいですが、
確か聖書にこんなお話がありました。

投石の刑に処された女性を罰するために、
女性に石を投げている村人に向かってイエスが言いました。

「この中で、今まで罪を犯したことのない人間だけが彼女に石を投げてもよろしい」

それまで彼女に石を投げていた村人は、
皆すごすごと帰っていきました、と。

少し前の朝青龍騒動然り、つい最近の亀田父子騒動然り、
私たちはすぐにマスコミの報道に乗っかり、
簡単に「石を投げる側」に回ろうとします。

確かに彼らのしたことは悪いことかも知れません。

でもだからといって、
詳しい事情も知らない第三者の私たちに、彼らを裁く権利はありません。

他者に石を投げる前に、
自分もまたいろんな人たちに「許されて」きた人間であるということを、
自覚することが大切ではないかと思います。

「ムカつく」
「キモい」
「ウザい」
「KY(空気読めない)」

自分が言われたときのことを考えれば、
安易に使うべき言葉でないことは、誰にでもわかるはずです。

こういった言葉がいつか子供の世界、
いや、世の中からなくなることを願います。
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by sawayoshi45 | 2007-11-16 23:37 | 人生のこと | Comments(0)

公私混同

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札幌は明日から雪だそうです。
最低気温もマイナス突入です。
みなさん、
足下にはお気をつけくださいませ!



「公私混同」という言葉があります。

大人の世界で言えば、仕事が「公」で、家庭や趣味の生活が「私」、
子供の世界で言えば、勉強が「公」で、家族や友人との人間関係が「私」、
といったところでしょうか。

世の中には、この「公」と「私」を、
完璧に使い分けられる器用な方もいらっしゃるようですが、
私の場合は、そこまで器用な人間ではなさそうです。

過去の自分を振り返ってみると、
「公」でイライラしているときは、「私」も何となく落ち着きませんし、
「私」が充実しているときは、やはり「公」も充実しているときが多いです。

どうやら私は完全なる「公私混同人間」。

子供を相手にする立場としてはどうかとも思いますが、
そこはまあ「私だって人間だもの」と正当化しておきます。(笑)

「勉強に集中できない」
「勉強をしても成績があがらない」
こんな悩みを訴えてくる生徒がたまにいます。

最初は「やる気」や「やり方」の問題と思ってアドバイスしても、
どうも改善の気配が見られません。

よくよく話を聴いてみると、
「私」の部分でトラブルを抱えている場合が多いような気がします。

「親がムカつく」
「先生がムカつく」
「クラスメイトがムカつく」

そんなにいつもムカついてばかりいたら、
勉強に集中できるわけ、ありませんよね。(笑)

感情を持った人間である以上、
「公私」を完全に区別できる人は、そうそういないと思います。

「公」が先か、「私」が先かはよくわかりませんが、
「公」を充実させるためには「私」を、
「私」を充実させるためには「公」を充実させることが、
一番の近道といったところではないでしょうか?

ところで、以前読んだ本に、こんなことが書かれていました。

動物はストレスに対して、
「逃げる」か「攻撃する」かの2つ選択肢しか持たないそうです。

でも人間には、
もうひとつ「笑う」という選択肢を神様から与えられました。

「逃げる」か「攻撃する」ばかりでは、人生は決して好転しません。
自分の人生を良くしたければ、「笑う」という選択肢を存分に使うことです。

片方で笑って、片方で怒るよりも、
両方で笑ったほうが百倍楽しいに決まってます。

そう考えれば、「公私混同」も悪くありません。
「公私」ともに「笑う」ことだけは忘れないようにしたいものですよね。
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by sawayoshi45 | 2007-11-14 01:13 | 人生のこと | Comments(0)

カッコいい

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1勝1敗で名古屋決戦!
うん、いい感じです。
一生に一度は見てみたい。
ドラゴンズの日本一!



刑事ドラマのように凶悪犯を次々と捕まえていく。
そんな刑事さんも確かに「カッコいい」ですが、
住民との交流を大切にして、地域の安全を守っているお巡りさんも、
同じくらい「カッコいい」なって思います。

難しい手術を次々と成功させ、たくさんの命を救う。
そんなお医者さんも確かに「カッコいい」ですが、
地域密着で、住民の心の支えになっているお医者さんも、
同じくらい「カッコいい」なって思います。

「カッコいい」の基準は人それぞれかも知れませんが、
私の中での「カッコいい」は2種類あるようです。

ひとつは、第一線に立って、
その業界をリードしていくような「目立つカッコ良さ」

そしてもうひとつは、決して表舞台には出ずとも、
陰で身近な人たちを支える「目立たないカッコ良さ」です。

若いうちは、誰もが「目立つカッコ良さ」に憧れます。
もちろん私にも、そんな時期がありました。

ただ、人間ある程度の歳を重ねてくると、
「目立たないカッコ良さ」というのも、徐々にわかってくるものですね。

私も一応37年間生きてきて、
自分が「目立つカッコ良さ」のタイプでないことはよくわかりました。(笑)

ですから、せめてこれからは「目立たないカッコ良さ」だけでも、
追求していければと思っています。

職業に貴賎なし。

世の中に、「カッコいい仕事」と「カッコ悪い仕事」があるわけではありません。
ただ、どの世界にも「カッコいい人」と「カッコ悪い人」はいるようです。

儲かるか儲からないかだけでしか仕事を判断できない人。
学歴や肩書き、社会的地位だけでしか人を判断できない人。
自分は何の努力もせずに、会社や給料の不満を訴える人。
自慢と悪口でしか、自分をアピールできない人。

そんな「カッコ悪い人」にだけは、ならないように気をつけたいものですね。

あっ、最後に子供たち(特に受験生)にもひと言!

大口を叩くだけ叩いておいて、実際は何もやっていない。
何もやっていないのに、カタチだけはやっているフリって、
めちゃくちゃ「カッコ悪い」って思いません?
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by sawayoshi45 | 2007-10-30 00:52 | 人生のこと | Comments(0)

分相応

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以前書いた、この生徒
報告が遅れましたが、
高認試験、無事合格致しました。
2ヶ月半、本当によく頑張ってくれました。
とりあえずは任務完了。
彼の頑張りに乾杯!!




最初はプロ野球選手になりたくて、野球を始めたとします。
でも、やっていくうちに、
自分より上手い選手が山ほどいることを知ります。

プロ野球選手どころか、チーム内でレギュラーを取ることさえ、
簡単ではないことに気づきます。

頑張れば頑張るほど、
努力だけでは乗り越えられない壁を感じるようになります。

そして中高生ともなれば、ほとんどの子は、
「自分はプロ野球選手になれるほどの器ではない」
ということに気づきます。

でも、だからといって、
野球に打ち込んだ日々が無駄だったというわけではありませんよね。

結果はどうあれ、
苦しい練習に耐えて頑張った。
1つのことに懸命に打ち込んだ。
そういった経験は、その子にとっての大きな財産になるはずです。

たまたま野球を例にして書いてみましたが、
これは他のスポーツはもちろん、
勉強や仕事についても同じことが言えますよね。

頑張った経験があるからこそ、
自分の力を客観的に把握することも出来るようになるし、
自分より上の実力の人を素直に認めることが出来るようになります。

頑張った経験がない人ほど、
「自分だってやれば出来る」という万能感にいつまでも支配され、
自分より上の人に対して、僻み根性を丸出しにします。
そして出てくる言葉は、自慢か他人の悪口。

そういう人たちのことを仏教では「餓鬼」と言うそうです。
大人になっても、「餓鬼」はたくさんいるということですね。

「所詮カエルの子はカエル!」
「お前にはなれるわけがない!」
「ウチにはそんなお金はない!」

子供の頃、私はよく母に言われました。
超現実主義である私の母は、
幼い子供の夢を打ち砕くのが大得意でした。(笑)

当時は、その言葉にものすごく反発心を抱いていましたが、
今は母が言いたかったことが、少し分かるような気がします。

母が私に教えたかったことは、
「分相応」ということだったんじゃないかと思います。

いくら頑張っても、みんなが「主役」になれるわけではありません。
人にはそれぞれ「分相応」という生き方があります。

「主役」になれなければ、「脇役」として、
「脇役」になれなければ、「黒子役」として、
「黒子役」にもなれなければ、「観客」として、
それぞれ自分の役割を全うすればいいだけの話です。

その役割に価値の優劣はありません。

「主役じゃなきゃイヤ!」
「一番じゃなきゃダメ!」
というのは、「餓鬼」の発想です。

子供を「餓鬼」に育てようとしていないかどうか、
そして何よりも、
自分自身が「餓鬼」になっていないかどうか、
気をつけたいところですね。
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by sawayoshi45 | 2007-09-07 00:40 | 人生のこと | Comments(0)

求める人、求められる人

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朝晩はだいぶ涼しくなりました。
嬉しい反面、それはそれで、
あの頃の暑さを懐かしく感じたり・・・
自分勝手なサワダです。



「○○高校(大学)に入りたい!」
「将来は絶対○○になりたい!」

高い目標を掲げるのは自由ですが、
それに見合った努力がなされていなければ、
何の意味もありませんよね。

夢や目標を実現させるためには、
「求める人」であると同時に、
「求められる人」でなければなりません。

つまり、○○高校(大学)に入りたければ、
○○高校(大学)から「求められる人」でなければいけないし、
将来○○になりたければ、
○○という職業から「求められる人」でなければならないということです。

受験は非情です。

「頑張ったから・・・」が認められる世界ではありません。
いくら「自分は頑張った」と言い張っても、
1点でも合格基準に満たなければ、不合格です。

つまり、いくら入りたいと思っても、
学校側から「求められる人」になっていなければ、
合格は出来ないということです。

頑張っているのは何も自分だけではありません。
自分より頑張っている人は、
世の中に山ほどいることを忘れてはいけません。

仕事だって同じです。

いくら自分の有能さを主張したところで、
それを判断するのは、あくまでお客さんです。

お客さんから「求められる人」になっていなければ、
仕事だってうまくはいきません。

「もっと給料が欲しい!」
「もっと出世したい!」
「もっと有名になりたい!」
もっと、もっと、もっと、もっと・・・。

私たちはとかく、自分の実力以上のものを求めたがります。

それ自体は別に悪いわけではありませんが、
「求める人」が多い割には、
「求められる人」になるための努力をしている人は、
果たしてどれだけいるんでしょうか?

「求める人」には、誰でもなることが出来ますが、
「求められる人」には、それ相応の努力が必要です。

「求める人」よりも「求められる人」でありたいですね。
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by sawayoshi45 | 2007-09-03 01:00 | 人生のこと | Comments(0)

郷に入っては郷に従え

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イチローMVP
しかも5年で1億ドルって・・・。
やっぱりこの人、
宇宙人ですね。(笑)



私の通った高校には、修学旅行がありませんでした。
理由は「大学受験の妨げになるから」だそうです。
当時は頭のお堅い先生が多かったんでしょうね。(笑)

そのことに対して、不満を言う同級生も何人かいましたが、
私には、さほど興味がありませんでした。
そんなのは、最初からわかっていたことだからです。

私が入学する前から、その高校は「修学旅行のない学校」で有名でした。
私はそれを知ったうえで、その高校を選びました。
文句を言う理由は、どこにもありません。

もし、どうしても修学旅行に行きたいのなら、
修学旅行のある学校を選べば良かっただけのことです。

それを知ったうえで入ったのに、入ってから文句を言うのは、
それこそ「お門違い」というものです。

私の中学生に対する指導は、自分でもかなり甘いほうだと思っています。
子供たちから出る学校や先生に対する不満も、
よっぽどのことでない限り、なるべく黙って聞くようにしています。

子供のサボり癖を多少たしなめることはあっても、
大声で叱ったり、自分から見捨てたりするようなことは、まずありません。

私立中学は別として、多くの子供は学校や先生を選べません。
そういった子供の立場も、なるべく考慮に入れているつもりです。

でも、高校は違います。

高校は、自分で選んで入ったはずです。
高校生になって、学校の勉強や校則に文句を言うのは「お門違い」です。

自分で選んで入ったからには、それなりの覚悟を持って欲しい。
そういった願いを込めて、不満を言う生徒に対しては、
なるべく厳しく言うようにしています。

とはいっても、まだ高校生。
体は十分大人でも、精神的にはまだ子供。
そう考えれば、厳しいといっても、まだ大目に見る余地はあります。

悲しむべきは、
大人になっても「お門違い」をしている人が多いということ。

「給料が安い!」
「忙しすぎる!」
「これじゃあ、割が合わない!」

自分で選んだ仕事のはずなのに、
こういった不満は何だか見苦しいですね。

「そんなにイヤなら辞めればいいのに」、
と思ってしまうのは、私だけでしょうか?

組織の中で働くなら、組織のやり方に従うのがルール。
それがイヤならさっさと辞めて、
新しい道を歩めばいいだけの話です。

ところで、当時修学旅行がなかった私の母校も、
さきほど学校のHPを確認してみたら、今は普通にあるようです。
何だか複雑な気分です。(笑)


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by sawayoshi45 | 2007-07-12 01:25 | 人生のこと | Comments(2)

こうすれば、こうなる?

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何とか生きてはいますが、
不覚にもちょっと風邪気味です。
子供たちに移さないように、
気をつけなくちゃね。



このブログの読者の方なら、
もうお気づきかも知れませんが、
私は、「かも知れない」という言葉をよく使います。

優柔不断な性格なのかも知れませんが、
正直言って、断定したものの言い方が苦手です。

「やれば出来る(かも知れない)」
「努力は報われる(かも知れない)」
「勉強すれば、合格できる(かも知れない)」
「頑張れば、幸せになれる(かも知れない)」

う~ん、こう書くと、何だか頼りない感じがしますけどね。(笑)

でも私は、「こうすれば、こうなる」といった単純な発想には、
何となく嫌悪感を抱いています。

私の今までの人生経験上、
「こうしても、こうならなかった」といったことを、
多く経験してきたからかも知れません。(笑)

私は「人生は思い通りにいかなくて当然」と思っています。
もちろん努力は大切です。

ただ、「人生を思い通りにするため」に必要なのではなく、
「思い通りにいかないときのため」に必要。
そのように考えています。

努力には忍耐力が必要です。

みんなが遊んでいるとき、
その誘惑に負けない忍耐力が必要です。

みんながゲームを楽しんでいるとき、
勉強するという忍耐力が必要です。

そうやって鍛えた忍耐力は、
「人生が思い通りにいかなかったとき」に、大きな力を発揮する。

だから、報われるとか報われないとかは関係なく、
努力をすることにこそ価値がある。
子供たちには、そのように伝えています。

「どうすれば点数が取れますか?」
「どうすれば成績が上がりますか?」

スイッチひとつで何でも出来る環境で育ってきた子供たちは、
「こうすれば、こうなる」といった方法を簡単に求めてきます。

でも、勉強はスイッチひとつで出来るようになるわけではありません。

生活体験、感覚、心の状態、努力の量・・・、
そういったさまざまな要因が組み合わさって、
それが結果として表れてきます。

ですから子供のこういった質問には、

「キミたちの目から見て、
一見ムダに見えることにも真剣に取り組めるようになれたら、
成績も上がるかも知れないよ」

と答えるようにしていますが、
さて、どれだけの生徒にその真意が伝わっているかは、
定かではございません。(苦笑)


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by sawayoshi45 | 2007-06-26 01:49 | 人生のこと | Comments(2)

目くそ鼻くそを笑う

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一応メンテナンスは終えたようですが、
まだ重いですよね。
表示されないこともしばしば。
いったいどうしたんでしょう?



営業の仕事をしていた頃、
「同業他社の悪口は絶対に言うな!」と教えられました。

他社の悪口を言って、自社の製品を売り込もうとする。
他人の悪口を言って、自分の評価を高めようとする。

はっきり言って、「卑怯な手」ではあるんですが、
感情が先行してしまうと、
誰でもついやってしまいがちですよね。

でも、うまくやったと思っているのは実は本人だけ。
そういったときは、たいてい傍から見れば、
「目くそ鼻くそを笑っている」ようにしか見えないものです。

子供がクラスメイトの悪口を言います。

「アイツはワガママでどうしようもない」
「クラスにこんなひどいヤツがいる」
「ウチのクラス、かわいい子いないんだよね」

これも子供には申し訳ありませんが、
私からすれば、「目くそ鼻くそを笑っている」ようにしか見えません。

まあ、何かと悪態をつきたい年頃と言えばそれまでなんですが、
このまま暴走させておくわけにもいきませんので、

「キミだって相手からそう思われているかも知れないんだよ」
「他人のことより、まずは自分じゃないの?」
と諭すようにしています。

といっても、そういう私自身も「目くそ鼻くそ」なんですけどね(苦笑)

ただ、これも子供であれば、まだ可愛いものですが、
いい歳をしたおっさんやおばさんということになれば、
見苦しいとしか言いようがありません。

普段はさんざん威張り散らして、他人の悪口を言っているのに、
いざ自分が矢面に立たされると、
「名誉毀損だ!」「訴えてやる!」と被害者面をします。

周りの人が気を遣ってくれたり、相手が妥協してくれたりして、
その場は何とか収まったとしても、
時間が経てば、また同じことを繰り返します。

まさに「お山の大将」ですね。

そういう人は、
「トラブルに巻き込まれやすい」のではなく、
「自分でトラブルを引き起こしている」だけ。

ある程度の社会的地位を得ている方や教育関係者の方の中にも、
意外とこういう方が多いのは、何とも悲しい現実ですが・・・(苦笑)

「昔神童、今ただの人」

学校時代のエリート君も、落ちこぼれ君も、
大人になってしまえば、
みな似たり寄ったり「目くそ鼻くそ」です。(笑)

他人の悪口を言ったり、他人を批判しているヒマがあったら、
自分の姿を見つめ直す作業に使ったほうがよっぽど賢明ですよね。

そう言えば以前、
美輪明宏さんが「オーラの泉」でおっしゃっておりました。

「悪口を言う人は、悪口を言われる人」だそうです。

自分が誰かの悪口を言ったとき、
その何倍も人に悪口を言われていると思ったほうがよさそうですね。

現実でもネットでも、他人の悪口は言わないよう、
自分自身気をつけたいなって思います。

あっ、でもこの日記自体、
「悪口を言う人の悪口」を書いてしまったことになるんでしょうか?
う~ん、「悪口を言わない」って意外と難しいですね。(苦笑)


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by sawayoshi45 | 2007-06-16 01:11 | 人生のこと | Comments(0)

何もしてないから疲れる

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楽天5割復帰!
おめでとうございます!
しかも相手がドラゴンズ。
う~ん・・・・・



勉強にも仕事にも同じことが言えると思いますが、
人間、何でも真剣に取り組めば、
「もっと先に進みたい」という思いが出てきます。

勉強であれば、もっと難しい問題にチャレンジしたいと思うし、
仕事であれば、もっと稼ぎたいと思うのが普通の感覚だと思います。

そういうときは、たとえ体力的には疲れていたとしても、
精神的には充実した状態にありますので、
その人の口から「マイナス言葉」はほとんど出てきません。

そりゃそうです。
その人の頭の中は、夢や向上心でいっぱいですからね。

「疲れた」とか「忙しい」とかを意識する間もなく、
気持ちはもっと先のほうを向いている。
そんな状態なんだと思います。

そんな人に出会うと、
何だかこちらまで元気をもらえたような気になります。

もちろん本人にそんなつもりはないんでしょうけど、
接する相手にまでパワーを分け与えてくれる、
まさに「サービス精神旺盛な人」と言ってもいいでしょう。

他人に良い「気」を配って、さらに自分の「気」を強くしていく。
そう考えると、「気を分ける」と書いて「気分」。
その意味も実感できますよね。

で、私自身の過去の経験から言わせて頂くと、
「疲れた」とか「忙しい」といった「マイナス言葉」を多く発しているとき、
それは、自分が「何もしていなかった時期」に重なります。

何もしていないからこそ、疲れたフリをする。
何もしていないからこそ、忙しいフリをする。

まあ、そんなところでしょうか。

そして、それは子供たちを見ていても、同じことを感じます。

もちろん、全員に当てはまるわけではありませんが、
「疲れた」とか「忙しい」を連発する生徒ほど、
私から見る限り、さほど疲れることをしていない生徒が、
多いような気がしてなりません。

逆にこちらから見て、本当に頑張っていると思える生徒から、
こういった言葉を聞くことはあまりありません。
そういった生徒から出てくる言葉は、前向きなものばかりです。

結局のところ、「疲れた」とか「忙しい」は、
何もしていないことの言い訳であることのほうが多いような気がします。

「何かをしたから疲れる」のではなく「何もしてないから疲れる」。

私は自分にも生徒たちにも、そう言い聞かせるようにしています。

もちろん、例外もあるんでしょうけど・・・。


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by sawayoshi45 | 2007-05-31 00:58 | 人生のこと | Comments(2)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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