カテゴリ:人生のこと( 84 )

天知る地知る我知る

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こんな時期に雨でございます。
雪道に雨。
歩きにくくて仕方ありませんね。
みなさん、お気をつけくださいませ!



人前で努力しているフリをするのは簡単です。
会う人会う人に「自分はこんなに頑張ってるんだぞー!」とアピールすれば、
とりあえず、「すごいねえ」「頑張ってるねー」と言ってもらえます。

人前で忙しいフリをするのも簡単です。
手帳に予定をびっしり書き込んで、動き回ってさえいれば、
きっと、「いつも忙しくて頑張っている人」と言われるようになるでしょう。

そして、人前で勉強しているフリをするのも簡単です。
毎日塾に通ったり、図書館や喫茶店で教科書を開いて考えているフリでもしていれば、
「勉強頑張ってるな~」と周りは勝手に思ってくれます。
(私はヒネクレ者なので、そう簡単には騙されませんが・・・笑)

フリをしている人ほど、自分の一生懸命さをアピールしようとします。
そうやって、自分をごまかして、安易に人に認めてもらおうとします。
私にもそういった時期があったので、よくわかります。

でも、私が今まで関わってきた人の中で、
本当に「出来る」と思える人は、たいてい物静かで謙虚な人。
人の見ていない所で努力している人たちです。

そういう人は、決して「すごい自分」をアピールすることはありません。
「謙虚さは自信の表れ」、
「傲慢さは自信のなさの表れ」、
といったところではないかと思います。

能ある鷹は爪を隠します。
出来る人ほど、その努力を隠そうとします。
出来る人ほど、「自分は何もやってない」と言います。

そして、多くの人は、その言葉を真に受けて安心し、
「アイツは頭が良いから・・・」で済ませようとします。

でも、真実はまったく違ったところにあると思います。

塾に通っているからといって、勉強したことにはなりません。
机に向かって教科書を開いたからといって、勉強したことにはなりません。
問題集に解答を写したからといって、勉強したことにはなりません。

「天知る地知る我知る」

いくらフリをして自分をごまかしても、
自分の弱いところは、自分が一番わかっているはず。
自分の弱いところと、しっかり向き合うことが大切だと思います。

う~ん、最初は生徒たちに向けて書いたつもりだったんですが、
何だか自分に向けて書いているような気がしてきました・・・(汗)

私自身、弱いところをたくさん持っている人間のひとり。

「天知る地知る我知る」

そんな弱い自分と、しっかり向き合っていかなければと思います。
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by sawayoshi45 | 2006-12-28 00:00 | 人生のこと | Comments(0)

不言実行?有言実行?

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「24」、やっと見終えました。
・・・・・が、
まったくスッキリせず・・・。
今度は「シーズン6」が気になって仕方ありません。



「あなたは不言実行派? それとも有言実行派?」
昨日、あるテレビ番組で、こんな議論をしておりました。

ひと昔前は、「不言実行」に美学を感じる人が多かったそうですが、
最近では、「有言実行」をカッコ良いと思う人が多くなってきたそうです。
確かに「ビッグマウス」の人、最近よく目立ちますもんね。

ところで、「不言実行」という言葉を聞くと、
私は今は亡き、自分の父親を思い出します。
彼は、典型的な「物言わぬ人」でした。

私は中学1年のとき、そんな父のことを作文に書いたことがあります。
タイトルは、「不言実行」でした。

幸か不幸か、それが担任の先生の目に留まり、
校内弁論大会に出場させられた記憶があります。
あのときは、正直イヤイヤでしたが、たしか3位に入賞しました。(ちょっと自慢?)

そんな父の背中を見て育ったせいか、
そんな父の血を受け継いでいるせいか、
私もどこか、「努力は隠れてするもの」といった感覚を持っています。

人前ではあまり大きいことは言わず、やるべきことを黙って実行する。
そういったところに美学を感じています。
と言いながら、ここではずいぶん物を言ってきたような気もしますが、
まあ、そのへんはご勘弁を・・・(汗)

で、話を本題に戻します。

そんな私にとっては、勉強や努力は人に見せるものではなく、
「家に帰ってから独りでやるもの」という感覚がありました。
今でもそう思っています。

物覚えがあまりよくない私は、
学校の授業だけですべてを理解することなんて、ほとんどありませんでした。

学校の先生には失礼な言い方かも知れませんが、
正直いって、中学時代も高校時代も、
学校の授業はあまり当てにしていませんでした。
(あっ、だからと言って先生を信頼していなかったわけではありません)

授業なんて解らないのが当たり前。
解るためには、家に帰ってから自分で教科書を読み返すなり、
自分で問題練習を繰り返す。
それを当然のことだと思っていました。

自分の努力不足を棚にあげて、
「学校の授業が解らないから」
「先生の教え方が悪いから」、
そんなのは単なる筋違いの言い訳でしかないと思っていました。
これも、今でもそう思っています。

解らなければ、解るまでやる。
出来なければ、出来るまでやる。
ただ、それだけのことです。

教わる先生によって成績が上下する。
そんなの学力とは言いません。 

学力とは、「学ぶ力」です。
どんな状況、どんな環境からでも自分で「学ぶ」ことが出来ること。
それが「学力」だと私は思っています。

「自分はやるときはやる男ですから・・・」
「私は本番に強いから・・・」

こういった言葉を平気で発する人、私はあまり信用できません。
というか、まったく信用していません。

「やるときはやる男」が、なぜ今やらないんでしょうか?
「本番に強い」とは、どれくらいの強さを言うんでしょうか?

練習で出来なかったことが、
本番で突然出来るようになるとでも思っているんでしょうか?

まあ、「有言」だろうが「不言」だろうが、どちらでも構いませんが、
大事なのは「実行」すること。

大きいことを言うだけ言っての「不実行」は、
あまりにもカッコ悪すぎるような気がするんですが・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-12-12 01:43 | 人生のこと | Comments(0)

ウザい、キモい、ムカつく

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ヒルマン監督、続投。
あの「シンジラレナ~イ」が、
また聞けるかも知れませんね。
で、小笠原は何処へ・・・?



「先生、ウザい!」
「先生、キモい!」
「先生、ムカつく!」

さすがに直接言われたことは、今までありませんが、
もし生徒にこんなことを言われたとしたら、
今の私は相当凹むんじゃないかと思います。

場合によっては、「キレる(?)」かも知れません。
もっとも、直接クチには出さないだけで、
内心思っている生徒ならたくさんいるかもしれませんが・・・(笑)

「ウザい」「キモい」「ムカつく」

私が子供の頃は、こういった言葉を聞くことはあまりなかったように思いますが、
今の子供たちの間では、普通に使われている言葉のようです。

それにしても、何とも不愉快になる言葉です。
中身もさることながら、何と言っても、言葉の響きがイヤですよね。

言う側には、さほどの悪意はなかったとしても、
言われた側にとっては相当なダメージをくらいます。

子供だったら、「こんなこと、言われるぐらいなら死んだほうがマシ」
と思っても無理のないことかも知れません。
現に、最近の自殺した子供の遺書には、こういった言葉が連なっているのを目にします。

特に最近は、メールやインターネットという便利な手段があります。
直接は言えないことでも、メールやネットでなら、暴力的な言葉でホンネを書き放題。
まさに「ペンは剣よりも強し」。
心がずたずたにされている人も少なくないのではないでしょうか。

言葉の乱れは、心の乱れ。
言葉の乱れは、生活の乱れ。
言葉の乱れは、人間関係の乱れ。

少なくとも教え子たちには、こういったマイナス言葉は使って欲しくないものでございます。
そして、そういったマイナス言葉が蔓延している場所には近づかないのが一番。
「君子、危うきに近寄らず」ですからね。

ところで最近、
子供たちのクチから「疲れた」という言葉が多く出てくるのが気になります。

たしかに本当に疲れているときもあるんでしょうけど、
私には「疲れた」と言葉にすることで、
さらに「疲れ」を誘発しているような気がしてなりません。

「言霊」という言葉もあるくらいですし、
マイナスをイメージする言葉は、なるべく使わないに限りますね。

さあ! 明日も元気に頑張ろうっと!
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by sawayoshi45 | 2006-11-17 23:48 | 人生のこと | Comments(0)

主観的な目、客観的な目

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明日あさっては大荒れになるそうな。
子どもたちにとっては、せっかくの3連休。
勉強日和になりそうですね!
よかった、よかった・・・・・



中3生の多くは、今、理科で天体の勉強をしています。
天体を理解するためには、
自分からの視点、つまり「主観的な目」と、
宇宙からの視点、つまり「客観的な目」の両方の目が必要です。
その切り替えがうまく出来ないと、天体を理解することは難しいような気がします。

そして、この「主観的な目」と「客観的な目」の切り替え。
何も天体に限ったことではなく、私たちが生きていくうえでも、とても大切なことですよね。

私たちは、基本的に「主観的な目」でものを考えがちです。
特に、自分が苦しい思いをしているときは、
「どうして自分だけが・・・」という思いに駆られます。

そして、その苦しい思いを人にわかってもらうためだけに一生懸命になります。
でも、一生懸命になればなるほど、その気持ちだけが空回りします。
その結果、「誰も自分のことをわかってくれない」と自分の殻に閉じこもります。
「自分病」の始まりですね。

「自分病」にかかると、周りがまったく見えなくなります。
自分だけが苦しい思いをしている。
自分だけが被害に遭っている。
そんな錯覚を起こし、自暴自棄になります。

そういったときは、一歩引いて、他人の視点から自分を見つめなおすこと。
つまり、「客観的な目」に切り替えることが必要ではないかと思います。

他人から見て、自分は本当に信頼され得る人間になっているかどうか、
他人から信頼されるような行動をとっているかどうか、
自問自答してみることが大切だと思います。

さらに宇宙という大きい視点から、自分を見つめることが出来れば、
自分は「大河の一滴」に過ぎない存在であり、
自分の悩みなんてほんのちっぽけなものであるということが、
実感できるのではないかと思います。

といっても、「主観的な目」は必要ないということではありません。

私はこう見えても(?)、「自信家」です。
「他人に出来て、自分に出来ないわけがない!」と心のどこかで思っています。
これは、「主観的な目」ですね。

もちろん、何の根拠もない自信に過ぎませんが、
何か物事に取り組む時には、こういった気持ちを持つことも大切だと思います。

「本当に出来るのかな?」と疑問を持ちながら取り組むのと、
「絶対に出来る!」と信じ込んで取り組むのでは、
勉強も仕事も結果に大きな違いが出てくるはずですからね。

「主観的な目」と「客観的な目」。

この切り替えが上手に出来ることが、人間として大切なことかもしれないね。
天体の授業をしながら、生徒とこんな話で盛り上がってしまったサワダでございます。

おかげで、授業はちょっと遅れ気味・・・・・(汗)
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by sawayoshi45 | 2006-10-06 23:57 | 人生のこと | Comments(2)

勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし

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アンチ巨人の私ですが、
桑田投手は贔屓選手のひとり。
巨人は辞めても、他の球団で、
もうひと花、咲かせて欲しいところです・・・。



今日は高校生ドラフトの日。
注目の駒苫・田中投手は楽天が交渉権を獲得したそうです。

まだ、決まったわけではありませんが、
田中選手のインタビューを聞く限りでは、ほぼ決まりそうな感じ。
今後の活躍を期待したいところでございます。

ところで、楽天と言えば、野村監督。
もうご存知の方も多いとは思いますが、彼の言葉で、
「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という言葉があります。
私の好きな言葉のひとつでもあります。

私にも経験がありますが、「追い風」が吹いていると感じる時期ってありますよね。
自分でもよくわからないけど、物事がトントン拍子に運び、何をやってもうまくいく。
特に若い頃は、勉強も仕事も、「勢い」だけで何とかなってしまうことも多々あります。
これが「不思議な勝ち」といったところでしょうか。

でも、この「不思議な勝ち」は、必ずしも実力とは限りませんね。
それを自分の実力と勘違いして、思い上がっていると、必ずツケが回ってきます。
私も、その「ツケ」を経験した人間のひとりなので、よくわかります。
今思えば、お恥ずかしい限りですが・・・。

一方、何をやってもなかなかうまくいかない時期というのもありますよね。
そんなとき、私たちは「運」のせいにしたがります。

「うまくいかないのは、自分の力不足のせいではなく、たまたま運が悪かっただけ」。
そう思って、自分に言い訳をしたくなるものですよね。
私にもそういったところがありますので、これもよくわかります。

でも、「負けに不思議な負けなし」。
うまくいかないということは、必ずそこに、うまくいかない原因があります。
それは、自分が一番わかっているはずですよね。

勉強も仕事も、なかなか結果が出ないということは、
「運が悪い」のではなく、
「やるべきことをやっていない」ことのほうが多いのではないかと思います。

何とかしたければ、それまでの自分を変えていく努力をするしかありません。
自分は何もしないで、「不思議な勝ち」を、ただ待っていたところで、事態は好転しません。
「負けに不思議な負けなし」です。

「運」というものが、本当に存在するかどうかは、私にはよくわかりませんが、
何事も、うまくいっているときは、「運や周りの人のおかげ」。
うまくいかないときは、「自分の力不足」。
そう思っているくらいで丁度いいのかもしれませんね。

といっても、人間うまくいっているときは、つい調子に乗ってしまうもの。
痛い目に遭わないと、なかなか自分の無力さには気づかないものですよね。

まあ、そういった意味では、人生は成功と失敗の繰り返しであり、
だからこそ、人生は面白いと言えるのかもしれません。

さてさて、潜伏期間10年の私。
いまだに「不思議な勝ち」の気配すら感じられない今日この頃でございますが、
好きなことをして、食べられるだけでも有りがたいこと。

それに感謝しながらも、
焦らずのんびり、長い目で自分の出来ることを頑張っていくことに致しましょ!
甘い?
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by sawayoshi45 | 2006-09-26 01:02 | 人生のこと | Comments(2)

Boys Be Ambitious!

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すっかり秋ですねえ・・・。
布団に入るのが気持ちよく感じられます。
ただ、このまま冬に向かっていくのかと思うと、
ちょっと憂鬱なサワダでございます。



「青年よ、大志を抱け!」

クラーク博士の有名な言葉ですね。
でも、この言葉には続きがあるってご存知でしたか?

私もお恥ずかしながら、
今朝の新聞「ひろさちやのほどほど人生論」を読んで初めて知りました。
以下、その記事を引用させて頂きます。

「青年よ、大志を抱け!」
その大志は金銭や利己的な出世のためであってはならず、
また世人が名声と呼ぶがごとき空しきもののためであってはならない。
・・・人間として当然備えていなければならぬものを達成するために、大志を抱け!

う~ん、私は今まで「大志」の意味を間違って捉えていたのかも知れません。

「夢」とか「野望」と同じ意味にしか思っていなかった気がしますが、
クラーク博士の言うところの「大志」とは、実はまったく違った意味だったんですね。
これを知って、何だかとっても励まされた気がしているサワダでございます。

そう言えば、中学校を卒業するとき、校長先生から、
「小なる完成よりも大なる未完成」という言葉を頂きました。

これを私は、
「小さな成功で満足することなく、常に大きな成功を目指して努力しなさい!」
といった意味に捉えていましたが、
もしかしたら、それも勘違いだったのかなという思いがします。

「大なる未完成」という言葉は、クラーク博士の「大志」と同じで、
「大きな成功を得るために努力しなさい!」と言うことではなく、
「人格を高めるための努力を常に続けなさい!」ということだったんでしょうね、きっと。
お金や地位や名声といったものは、「小なる完成」に過ぎないということだと思います。

子供にとっては勉強の苦しみ。
大人にとっては仕事の悩みや葛藤。

そういった現実に直面している本人にとっては、
何とかその苦しみから逃げ出したいと思うのが正直なところかも知れませんが、
その悩みや苦しみも、すべては「大志」を実現するための過程に過ぎないと考えると、
少しは気がラクになりそうですね。

お金持ちになりたい。
有名にもなりたい。
世間で言う「成功者」のひとりになりたい。

そういった思いが私にもないわけではありません。
でも、それはあくまで結果。

それ以前に、人間として自分がやるべきことをやっているかどうか、
それをしっかり意識しながら生きていくことのほうが大切なんじゃないか、
そんな気がする今日この頃でございます。
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by sawayoshi45 | 2006-09-22 01:55 | 人生のこと | Comments(6)

ハイリスク・ゼロリターン

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松井選手復活!
しかも復帰戦で4安打!
さすが大物は違いますね。



「あのとき、○○してあげたじゃないか」
会うたびに、恩着せがましくこのような言葉を言ってくる人には、
正直ウンザリしてくるものですよね。

「こんなことになるなら、最初から頼まなきゃ良かった」
「そっちが勝手にやったことで、こっちは別に頼んだわけじゃない!」
表面上は感謝しているフリをしながらも、
ホンネの部分では、ついこんなことを思ってしまうのではないでしょうか。

教育や子育てに関しても、一生懸命になればなるほど、
「こんなにしてあげたのに・・・」といった感情が強くなります。

親の立場からすれば、「こんなにお金をかけたのに・・・」
教える立場からすれば、「こんなに教えてあげたのに・・・」

頭ではいけないとわかっていながらも、私もついクチに出してしまったこと。
過去に何度かあったような気がします。
いや、今でもそういった気持ちがまったくないとは言えません。

でも、「してもらった」側の感覚としては、そんなことを言われたところで、
「別に頼んだわけじゃないのに・・・」というのがホンネなのではないでしょうか。

「してあげた」側と「してもらった」側の感覚の違い。
これをよく理解しないと、親子関係も含めて、
あまりいい人間関係は築けないのではないか、そんな気がします。

勉強も仕事も教育も、
自分が期待した以上の結果が得られるということは、まずありません。
大切なのは「ハイリスク・ローリターン」の感覚を持つことではないかと思います。

まあ、「リスク」というと、ちょっと語弊があるかもしれませんが、
過度にリターン(見返り)を期待し過ぎるのは、
結局不満ばかりが残って、あまり良い結果にならないような気がします。

ごく一部の人を除けば、
人生に「ハイリターン」はないと思っていたほうが賢明かも知れませんね。

特に人間関係においては、
「ハイリスク・ゼロリターン」だと思っているくらいで、ちょうどいいのかもしれません。

人間は、「してあげた」ことはいつまでも覚えているくせに、
「してもらった」ことは、案外忘れやすいと言いますからね。
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by sawayoshi45 | 2006-09-14 00:16 | 人生のこと | Comments(2)

普通

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日本ハム、プレーオフ進出!
このままパ・リーグを制して、
ぜひ札幌ドームで日本シリーズを!
もちろん、私はドラゴンズの応援ですが・・・



特に裕福でもなければ、貧しいわけでもない。
私はいわゆる「普通」の家庭で育てられました。

小さい頃は、親の苦労も知らず、
そういった「普通」の生活を当たり前のことだと思っていました。
今思えば、親に対して、相当ワガママな要求をしていたことも、かなり多かったと思います。

そんな私も、小学校高学年の頃からは、
学校が休みになると、働き手のひとりとして借り出されるようになりました。

私の両親の仕事は自営業。
その中でも、俗に言う「3K」と呼ばれる肉体労働です。
トラックで木材を運んだり、廃棄物を回収したり・・・、
「汗水流して働く」とは、こういうことなんだなと実感させられました。

そして、「普通」の生活を保つために、
両親がどれだけ大変な思いをしているかということも思い知らされました。

まあ、だからといって、私のワガママが直ったわけではありませんが、
それでも、お金を稼ぐということがどれだけ大変なことか、
「普通」の生活を維持することがどれだけ大変なことか、
自分なりに理解したつもりでした。

中学生ともなると、私にも一丁前に「反抗期」のようなものが訪れたことがありますが、
さほど、おおごとになることもなく過ぎ去って行ったのは、
親の苦労を多少でもわかっていたからかもしれません。

親に何か言われて腹が立ったときは、いつも、
「しょせん自分はまだ食べさせてもらっている身分、文句を言うのは一人前になってから・・・」
と言い聞かせて、自分を抑えるようにしていました。

父親が亡くなり、今は兄が家業を継いでいます。
自営業という部分だけは同じですが、私は父親とはまったく違った道を歩んでいます。
でも、いまだに父親を超えられる気はしません。

あの頃、「普通」だと思っていた生活レベルを維持するどころか、到達さえ出来ないでいます。
まあ、稼ぎだけで仕事の優劣が決まるわけではありませんが(と、ちょっと言い訳)、
今更ながら、両親の偉大さを感じています。

若い頃、「普通のサラリーマン」とか「普通の生活」をカッコ悪いと思った時期がありました。
自分は「普通」の道は歩みたくないと思った時期がありました。
でも、それはただの思い上がりだったのだと今は思います。

「普通に働ける」ことの有り難さ、「普通の生活」が出来ることの有り難さが、
今なら少しはわかるような気がします。
「普通」って、実はすごいことなんですよね!
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by sawayoshi45 | 2006-09-11 01:37 | 人生のこと | Comments(4)

大学に行く意味

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あっ!日付が変わってる!
ってことは、今日は私の誕生日!
みなさん、私のカバンの中は、
まだまだ余裕がございます!!



自分が田舎で育ったせいかもしれませんが、
私が受験生だった頃は、
大学とは、ある程度勉強が得意な人、
あるいは何か明確な目的がある人が行く場所という認識がありました。

近所の家庭を見ても、「せめて高校ぐらいは・・・」という親は多かったように思いますが、
大学に行くとなると、ちょっと特別という意識がありました。

でも今は、極端な話、選びさえしなければ誰でも大学に入れる時代です。
私の教え子たちの中にも、特にこれといった目的もないのに、
大学まで行くことを当たり前に思っている生徒が多いようです。

確かに中卒よりは高卒、高卒よりは大卒のほうが、
社会で生きていく上で有利であることは事実だと思います。

でも、その一方で、「勉強は大キライ!」と公言して憚らない生徒までが、
大学に行くことを当たり前のことと思っている現状には、
どこか違和感を感じてしまうのは私だけでしょうか?

先日、元教え子に偶然出会いました。
高校受験の際、少しだけお手伝いさせて頂いた女の子です。
彼女は現在高校三年生。
ある進学校の理系クラスに通っています。

当然、大学を受験するものだと思い、
「大学はどこ受けるの?」と尋ねてみたところ、意外な返事が返ってきました。

大学はあえて受験せず、看護学校への道を選択したそうです。
そう言えば、私と勉強していた頃から、
「看護婦さんになりたい」といったようなことを言っていたのを思い出しました。

周りの同級生は、ほとんどが大学受験組。
彼女は、友人からも先生からも「変わり者」扱いされているそうです。

でも彼女は、
「もともと大学に行く気はなかったし、行ってもお金がかかるだけだし・・・」
と笑って答えてくれました。

「みんなが行くから」
「親が行けってうるさいから・・・」
「とりあえず大学ぐらいは出てないと不安だから・・・」

こういった軽い理由で何となく大学受験を考えている生徒が目立つ中、
周りの雰囲気に流されることなく、自分の夢を真っ直ぐに見つめている彼女の姿に、
何だかこちらまで元気をもらったような気がします。

人生には正解も不正解もありません。
大学に行くのもひとつの選択。
大学に行かないのもひとつの選択。
その人の自由です。

大切なのは、大学に行くか行かないかではなく、
自分が何をして、どのような生き方をしていくのかをしっかりと意識すること。
そういったことも今の教え子たちにも伝えていかなければ!
彼女と話した後、ふとそんなことを考えてみました。

それにしても、さすがは我が教え子!
「ヘソ曲がり隊」の素質十分かも・・・
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by sawayoshi45 | 2006-08-31 01:46 | 人生のこと | Comments(7)

愚直

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冬になると、春が待ち遠しく、
春になると、夏が待ち遠しく、
夏になると、秋が待ち遠しい。
自分勝手なサワダでございます。
秋になっても、冬が待ち遠しくなることはありませんが・・・。




甲子園では熱戦が繰り広げられております。
私はタイムリーで見ることは、ほとんど出来ないのですが、
深夜のスポーツニュースや「熱闘甲子園」などは、いつも見るようにしています。

勝利に向かってひたむきに頑張る選手たちの姿。
きっと私には想像も出来ないほどの練習に耐えて、ここまでやってきたんだろうなと思うと、
スポーツにおいては根性なしだった私としては、本当に頭が下がる思いです。

私が好きな言葉のひとつに「愚直」という言葉があります。
「愚かなほど真っ直ぐ」「バカ正直」といったような意味ですが、
彼らの姿からは、いい意味で「愚直さ」を感じることが出来、とても清清しい気分になります。

また同時に、彼らほどの「愚直さ」が今の自分にあるだろうか、
慣れることで、どこか手を抜いている自分がいるのではないか、
とちょっと反省してみたりもします。
まあ、そんなことを考えると、たいてい自分が情けなくなってしまうんですけど・・・。

甲子園で活躍している彼らの中でも、将来プロの世界に入れるのはほんのひと握り。
そして、プロ野球選手として活躍できるのは、その中でもさらにひと握りです。
ほとんどの選手は、野球で御飯が食べられるわけではありません。
それでも苦しい練習に耐えて、一生懸命、野球に打ち込む。
ある意味、「愚直さ」がないと出来ないことのような気がします。

もちろん野球ばかりではありません。
他のあらゆるスポーツでもそうでしょうし、勉強でも仕事でも、
好成績を出すような人たちは、ある程度の「愚直さ」を持っている人だと思います。
(一部のとっても器用な人たちは別かも知れませんが・・・)

「プロになれなかったから、野球をやった意味がなかった」
「テストに出なかったから、勉強をやった意味がなかった」
そういうことではありませんよね。

たとえプロにはなれなかったとしても、
たとえテストには出なかったとしても、
一生懸命取り組んだという経験は、その人にとっては一生の財産になるはずです。

結果至上主義、効率至上主義の世の中ですが、こんな時代だからこそ、
結果や効率をあまり気にせず、自分に出来ることをただひたすらやってみるという、
「愚直さ」を持つことも必要なんじゃないか、そんな気がします。

それにしても、スポーツの世界って本当に厳しいですね。
幸い、私は今のところ、好きなことをして御飯を食べられる。
それだけでもありがたいこと。
感謝の気持ちを忘れてはいけないなと思います。
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by sawayoshi45 | 2006-08-09 00:34 | 人生のこと | Comments(2)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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