カテゴリ:人生のこと( 82 )

すべては自分で蒔いた種

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「海の日」ならぬ「雷雨の日」。
バケツをひっくり返したような雨。
明日もそうらしい。
ちょっと憂鬱・・・。



自分で蒔いた種は、良くも悪くも芽を出します。

「情けは人のためならず」という言葉にもあるように、
「善意」という種を蒔けば、「善意」という芽が、
「悪意」という種を蒔けば、「悪意」という芽が顔を出してきます。

今の自分の姿は、過去の自分が蒔いてきた種が、芽を出した結果です。

ですから、今の自分に不満を持っている人は、
過去の自分の行いを振り返り、反省する必要があると思います。

そして、将来の自分を作るのは、今の自分の行いであることも、
決して忘れてはいけないことだと思います。

突然、目の前に神様が現れて、自分の願いを何でもかなえてくれる。
そんなこと、あるわけがありません。
いくら神頼みをしても、いくらご先祖様にお願いをしても、
自分で努力する覚悟のない人間を、神も仏も助けてはくれません。

「自分は誤解されやすいタイプ」
「自分は男運(女運)が悪い」
「自分のことを誰もわかってくれない」

こういうのを「自分病」と言うそうです。
こういう人ほど、
周りに対する親切心や、思いやりの気持ちが足りない人が多いそうです。

自分の不運を嘆く前に、
自分が今どれだけ身近な人たちに「善意」の種を蒔いているか、
振り返ってみる必要があるのではないかと思います。

まあ、そう考えれば、このブログも同じですね。
「気を分ける」と書いて「気分」。

自分が「いい気分」で書いた記事は、「良い種」となり得ますが、
自分が「悪い気分」で書いた記事は、「悪い種」になると言えそうです。

不特定の方々が読む可能性のあるブログ。
「悪い芽」が顔を出さないよう、
なるべく「いい気分」のときに書くよう、気をつけたいところでございます。
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by sawayoshi45 | 2006-07-17 23:43 | 人生のこと | Comments(2)

低空飛行も悪くない!

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今日も暑い1日でしたね。
札幌は花火大会でございました。
夏はやっぱり花火!
といっても、私は仕事で観れませんでしたが・・・



昔は、上ばかり目指していた時期がありました。
世の中は自分の努力次第で、何とでもなるものだと思っていた時期がありました。
自分は成功できる人間だと、思い込んでいた時期がありました。

そして成功したら、「お前には出来るわけがない!」と言っていた親を、
見返してやろうと思っていた時期もありました。

その頃に比べると、今の私は180度考えが変わったような気がします。(歳のせい?)
今は「低空飛行も悪くない!」と思えるようになりました。

教育に携わる人間が、一番になる必要はありません。
教育に携わる人間が、有名になる必要はありません。
教育に携わる人間が、お金持ちになる必要はありません。
(もちろん、結果的にそうなる分には、それに越したことはありませんが・・・)

教育に携わる人間に必要なのは、「身近にいる子供を大切に思う心」。
これだけだと思えるようになりました。

自分の身近にいる子供たちに親身に接する。
この気持ちを持つことが一番大切なことではないかと思えるようになりました。

「才能とは、一瞬のひらめきやきらめきではなく、情熱や努力を継続できる力」

昨日、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で、
羽生善治棋士がおっしゃっておりました。
本当にその通りだと思いました。

教育に特別なことは必要ありません。
勉強を教えることを通じて、人間として当たり前であろうことを当たり前に伝えていく。
それが私の仕事だと思っています。

たとえば、
成績を上げたかったら、勉強するのは当たり前のことです。
お金を稼ぎたかったら、働くのは当たり前のことです。
人と仲良くしたかったら、相手を思いやるのは当たり前のことです。

こういった当たり前のことを、日常生活で当たり前に出来るようになれば、
自然に成績も上がるだろうし、社会に出ても何とか生きていける。
私はそう信じています。

たとえ「低空飛行」であっても、たとえ「地上すれすれ」であっても、
仕事への情熱や努力を継続できる人間でありたい。
そして、教え子たちにも、そういった人間になって欲しい。
そう思います。

それに、「低空飛行」であれば、
はるか上空から落下するよりは、落ちた時のショックも小さくてすむわけで、
落ちたら落ちたで、また一からやり直せばいい。

大破さえしなければ、いつでもやり直しはききますからね。
ものは考えようです。

というわけで、今日は負け組サワダの「負け惜しみ」でございました。
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by sawayoshi45 | 2006-07-14 23:59 | 人生のこと | Comments(4)

途中の風景

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サワダ家の日曜日は「銭湯の日」。
銭湯に入ってスッキリ気分のまま、
ワールドカップ最後の試合を
楽しむことにするとしますか。



時間とお金に余裕があれば、
いつか「鈍行列車の旅」をしてみたいなという夢を密かに抱いています。
(あっ、ここに書いちゃったら「密かに」ではなくなってしまいますが・・・)

目的地を特に設けず、
心の赴くままに列車に乗り込み、気になった駅で降りては、
そこの特産物を食べたり、風景を楽しんだり、そんな旅に憧れています。

飛行機で目的地に一気に辿り着く旅。
もちろん、行く場所にもよるでしょうけど、
貧乏性の私としては、何となく損をした気分になってしまいます。
どうせ旅をするなら、「途中の風景」を存分に楽しみたい、ついそう思ってしまいます。

と、ここで話はまったく変わりますが、
私は子供の頃、プラモデルを作るのが大好きでした。

お年玉や臨時収入(?)が入ったときは、決まって近所の模型店に行き、
車や飛行機、船などのプラモデルを買ってきては、ひとり没頭していたのを憶えています。
その頃はまだ、ゲームがそれほど普及していなかったこともあったからかもしれません。

ただ、私は完成品にはあまり興味がありませんでした。
もちろんうまく出来た時は、ひとり悦に入って、眺めて楽しむことはありましたが、
それも時間が経てば、さほど興味はなくなります。

それよりも、ゆっくりゆっくり完成するまでの過程、
つまり「途中の風景」を楽しむことが、私にとっての最大の目的だったような気がします。
出来上がってしまうと、また違うものを作りたくなる。
その繰り返しでした。

よく「夢はかなえたときよりも、追いかけているときのほうが楽しい」と言われます。
プラモデルと夢を一緒にするのもどうかと言われそうですが、
これも似たような感覚ではないかと思います。

勉強も仕事も「スピード」が重視される世の中です。
みなさん、早く目的地に辿り着くために一生懸命です。
でも、「目的地に辿り着く」ことだけが、「目的」になってしまうのは、
何だかちょっとつまらない気がします。

「スピード」を重視するあまり、
何か大切なものを見落としていることも多いのではないか、そんな気がします。

頂上を目指して、息を切らせながら一気に駆け上がる。
それもひとつの生き方かもしれません。

でも、花や植物を見かけたらちょっと足を止めて、
「途中の風景」を楽しみながら、ゆっくり頂上を目指す。
そんな生き方があってもいいのではないかと思います。

一見、「遠回り」に見えることでも、
歩いてみると案外「近道」だったということも、たまにありますしね。

まあ、そう考えると、今味わっている悩み、苦しみ、葛藤も人生における「途中の風景」。

ゆっくりと「途中の風景」を楽しむ心の余裕を持って、
少しでも「完成品」に近づけるよう生きていくことが大切なのかもしれませんね。
「完成品」には、きっと一生なれないでしょうけど、
せめて近づく努力だけはしておきたいものでございます。

あっ、でも私の「遠回り」は、やっぱり「遠回り」でしかなかったかも・・・。
頂上にはまだまだ、ほど遠い位置にいるサワダですが、
まあ、せいぜい転がり落ちることがないよう、気をつけることにするとしますか。
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by sawayoshi45 | 2006-07-09 23:59 | 人生のこと | Comments(0)

道は自然に出来るもの

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日本ハム11連勝!球団タイ記録だとか。
まあ、それはいいんだけど、
ロッテが苦しんでいるのが、ちょっと気になる。
妻の機嫌が・・・



「道は自分で切り開くもの」とよく言われます。
たしかにその通りだと思います。

成績を上げたかったら、自分で勉強するしかありません。
以前にも書きましたが、塾や家庭教師というものは、
頼るものではなく、自分で利用するものです。

そして、人よりお金を稼ぎたかったら、
人一倍、いや、人の何倍も努力する必要があります。
そういう意味では、たしかに「道は自分で切り開くもの」であると思います。

ただ、その一方で、
「道は自然に出来るもの」という感覚も、私はどこかで持っています。

人は一人では生きていけません。
人が生きていくためには、必ず他者との共存が必要です。

いくら自分が立派な人間であることをアピールしたところで、
それを認めてくれる人がいなければ、ただの「独りよがり」ですよね。

認めてくれる人がいるからこそ、道はできる。
そういった意味では、
「道は自然に出来るもの」とも言えるのではないかと思います。

若い頃の私は、「道を自分で切り開いてきた」気になっていました。

「自分が努力して勉強してきたからこそ、今こうやって好きな仕事が出来る。
うまくいかない人は、それだけ努力が足りないだけ!」。
そう思っていました。
でも、それはただの「思い込み」に過ぎなかったような気がします。

学校の勉強程度のことであれば、
努力さえすれば、ある程度の結果に結びつくことは多いです。
ですから、努力することはもちろん大切なことです。

でも、世の中には、努力だけでは、どうにもならないこともたくさんあります。
そのギャップに耐えられず、
社会からドロップアウトしていく「(元)優等生」たちも、現実には少なくないようです。

ひとりで活動し始めてから約10年。
「もうダメかも・・・」と思ったことが何度かありました。

「今年で終わりかも・・・」
「来月、生徒が来なかったらどうしよう」

こういった思いを常に抱きながらの10年だったような気がします。
ただ、不思議なことに、その都度、どこからともなく「救いの手」がやってきて、
何とか今まで生き残ってきたような気がします。
まあ、偶然と言われれば、そうかもしれませんが・・・。

でも、そういった経験を重ねてきてひとつ言えること。
それは、
「人は自分の力だけで生きているのではなく、周りの人に生かされている」ということです。

よく言われる言葉ですし、当たり前といえば、当たり前のことなのですが、
私たちはつい、このことを忘れてしまうことが多いような気がします。
うまくいっているときはなおさらですよね。

道は、「自分で切り開くもの」であると同時に、
人との出会いなどによって、「自然に出来るもの」。
だから、それまでは焦らず、無理をせず、やるべきことをやればいい。
最近は、そう思えるようになりました。

周りへの感謝の気持ちを忘れずに、
仕事は、「してあげる」のではなく、「させて頂く」。
こういった気持ちでいることが、大切なんじゃないかと思う今日この頃でございます。
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by sawayoshi45 | 2006-07-07 23:59 | 人生のこと | Comments(5)

百の言葉より無言の心

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北朝鮮がミサイル発射。
科学発達の行き着く先が、
こんなことかと思うと、
何だか悲しくなりますね。



昨日「オーラの泉」という番組を見ていたら、
「百の言葉より無言の心」という言葉が出てきて、ちょっと考えさせられました。

私たちは言葉でもって物事を考え、言葉でもって人とのコミュニケーションをとります。
読むこと、書くこと、相手を理解すること、自分を表現すること、
これらはすべて、言葉を媒体として成り立っていることはたしかですよね。

何かと攻撃的で暴力的な人というのは、もちろん性格的なこともあるでしょうが、
言葉を知らないことが原因のひとつだとも言われています。
自分の主張を言葉でうまく表現できない。
そのもどかしさからつい先に手が出てしまう、といったところでしょうか。

そういった意味では、私たちの生活にとって言葉は必要不可欠なもの。
そのために、より多くの言葉を覚えて、語彙力を身につけることが大切であることは、
今さら言うまでもないことだと思います。

ただ、言葉を覚えるのはもちろん大切なことですが、
その結果として、私たちは言葉に頼り過ぎていることも多いんじゃないか、
ふとそんなことも考えてみました。

自分の心の弱さ、醜さを悟られまいとして、
つい言葉で飾ったり、言葉でごまかしたり、といったこと、
意外と多いのではないかと思います。

私自身、過去を振り返ってみても、
自分がなかなかうまくいっていない時ほど、
聞こえのいい言葉やカッコいい言葉で飾って、
自分をごまかしていたことが多かったような気がします。

逆に、自分の生活にある程度の満足感を感じているときは、
発する言葉も質素になるし、謙虚な気持ちにもなれる。
そんな気がします。

つまり、
人は自信のないときほど、必要以上に表面を飾ってごまかそうとするわけで、
本当に自信のある人というのは、飾らない強さを持っている人、
と言えるのではないかと思います。

「百の言葉より無言の心」。

表面上の「言葉」だけでなく、その言葉を発した人の「心」を汲み取ること。
そして、自分自身も上っ面の言葉で飾るだけではなく、
できるだけ「心」のこもった「言葉」を発せられるよう努めること。

こういったことが大切なことなんじゃないかなと思いました。
とクチで言うのは簡単ですが、実際はこれが一番難しいことなのかも知れません。

「ころころ変わる」から「こころ」と言うように、自分の「心」も含めて、
「心」を理解するのも、「心」をコントロールするのも、
それだけ難しいということなんでしょうね。

以上、毎日のようにブログで自分を飾ってごまかしている、
本当は自信のないサワダの戯言でした。
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by sawayoshi45 | 2006-07-06 23:59 | 人生のこと | Comments(2)

「はじめの一歩」と「あと一歩」

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ワールドカップもいよいよ大詰め。
昨日はブログの更新をサボって、
サッカーに夢中になってしまったサワダです。
いやぁ、おもしろいです!



何か物事をするのに大切なのは「はじめの一歩」と「あと一歩」。

私にも言えることなのですが、やりたいと思っていることも、
「はじめの一歩」を踏み出せずに、
結局やらずに終わってしまっていることって意外と多いのではないでしょうか。

人間、それだけどこかに「失敗を恐れる気持ち」が働いてしまうということなんでしょうね。
まあ、だからといって、浅はかな動機で何でもかんでも手を出すというのは、
それはそれで問題かも知れませんけど・・・。

そして、たとえ「はじめの一歩」を踏み出したとしても、
「あと一歩」が足りずに、
結局、中途半端な状態で終わらせていることも多いのではないかと思います。
(これも私にも言えることですが・・・)

子供たちの勉強で例えてみると、
ある目標に向けて、「今日から1日○時間勉強するぞ!」と意気込んでみたものの、
1か月後のテストで結果が出ずに「やっぱりダメだ」と簡単に諦めてしまう。

こういった子供たち、意外と多いような気がします。
これは「はじめの一歩」は踏み出せたのに、「あと一歩」が足りない例ですね。
いや、現実には「あと一歩」どころか、「あと三歩」ぐらい足りない子も少なくないのですが、
そういった子ほど、「自分はやった!」と言い張るのもまた面白いところでもあります。

私に言わせれば、たった1か月で結果が出ると思っていること自体、大間違い。
そんなに簡単に結果が出せるなら、誰も努力なんかしません。
受験前の1か月だけ勉強すればいいということになってしまいます。
勉強はそんなに甘いものではありませんよね。

「石の上にも3年」という言葉があります。
勉強でも仕事でも、何事も3年やり続けて初めて物事の本質が見えてくるということ。
どうせやるなら、このぐらいの覚悟でやり続けることが大切だと思います。

「もし2度の人生が許されるなら、
1度は自分を産んで育ててくれた両親のための人生を送りたい。
でも人生は1度だけ。
だから、私は両親に感謝の気持ちを持ちながらも、自分のための人生を歩みたい」

誰の言葉かは忘れましたが、本で読んだことがあって、妙に納得したことがあります。

「自分のための人生」を全うするためには、
「チャレンジ精神」を持ちながらも、それを「やり続ける」ことが大事なのかなと思います。

何事も「はじめの一歩」と「あと一歩」を大切にしたいものですよね。

以上、「途中の一歩」で、さまよい続けているサワダの戯言でした。
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by sawayoshi45 | 2006-07-02 23:59 | 人生のこと | Comments(2)

あるべき所にあると気付かない

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とてもさわやかな1日でした。
雨が続いた後だけに、
ちょっと上機嫌のサワダです。




見た目では、他のものとあまり変わらないのですが、
実は時価数億円と言われている指輪をあなたが持っていたとします。
(「実際そういった指輪があるのか?」というツッコミはあえてしないでくださいね)

当然、あなたはその指輪を誰かに盗まれたくはありません。
では、盗まれないための一番の方法は何だと思いますか?

答えは、「当たり前のようにその指輪をつけて、生活すること」だそうです。
ヘタに自慢して人に見せびらかしたり、
厳重な警備で保管したりしようとするから狙われる。

普段の生活で、それを当たり前に使っていれば、
誰もそれが高価なものであることに気付かない、ということですね。
まあ、実際はそういう心境にはなかなかなれないでしょうけど・・・。

でもこの話は、
人間「あるべき所にあると、そのありがたさに気付かなくなる」
ということを教えてくれているような気がします。

その最たる例は、「幸せ」でしょうか。
私たちは「幸せとはこういうものだ」という幻想を勝手に抱いて、
そうなれない自分にイライラしたりします。

でも本当の「幸せ」とは、もっと身近なところにあるもの。
近所の人と挨拶を交わしたり、
友人とくだらない話が出来たり、
美味しく物を食べられたり、
暖かい布団で寝られたり、
といったところにあるのではないかと思います。

その「身近な幸せ」に気付いて生活している人、果たしてどれだけいるでしょうか?

物質的には豊かな世の中。
自分が十分恵まれていることにも気付かず、
つい「ないものねだり」をしている人が多いのではないでしょうか?
(あっ、何だか偉そうに書いていますが、これは自分への戒めもかなり入っております・・・)

「幸せ」とはお金持ちになることでもなければ、有名になることでもない。
あるべき所にある「身近な幸せ」に気付き、それに感謝の心を持てること。
私なりには、そう思っています。

でもこれってやっぱり、貧乏人のひがみ?
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by sawayoshi45 | 2006-06-29 23:59 | 人生のこと | Comments(2)

儲かる仕事

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ワールドカップ。
ヨーロッパ6ヵ国に南米2ヶ国ですか。
やはり前評判通りの国が残るものですね。
世の中、奇跡は起きないってこと?



「先生、儲かる仕事って何ですかねぇ?」

こんなことを、この私に聞くこと自体、ナンセンスというものですが、
まあ、中高生のお年ごろ、私も若い頃は同じようなことを考えたことがあるので、
子供たちの気持ちもわからないでもありません。

「どうせ働くなら、儲かる仕事がしたい」。
程度の差はあれ、きっと多くの人が持つ感情だと思います。

私だって「お金が欲しい」という気持ちはもちろんありますし、
そのために働いていることも確かです。
でも、「そのためだけ」でないことも確かです。
「そのためだけ」なら、きっと違った仕事をしているはずですから・・・。

「儲かる」の「儲」という字は「信者」と書きます。
つまり「儲かる」ということは、
自分の「信者」をどれだけ獲得できたかということだと思います。

まあ、「信者」というと、何だかどこかの宗教団体をイメージしてしまいそうなので、
「信頼」と言い換えても良さそうですね。

自分を「信頼」してくれる人を、どれだけ獲得できたか。

「儲かる」か「儲からない」かを考える前に、
自分が人に信頼されるべき人間であるかどうかが問題なんじゃないかな?」と、
私は生徒に答えるようにしています。

では、人に信頼されるためにはどうしたらいいか。

約束を守らない。
時間も守らない。
人の話を聞かない。
自分のことしか考えない。

そんな人間を信頼してくれる人はあまりいないはず。
「儲かる」というのは、信頼の連鎖。
その連鎖をつくっていくためには、
まずは身近な人たちに信頼してもらうことを考えるほうが先ですよね。

まあ、だからといって、「信頼」を得ることが出来さえすれば、
必ず「儲かる」というわけでもないと思いますけど・・・。

でも、いざとなった時に、「救いの手」を差し伸べてもらえるかどうか。
それは、どれだけ身近な人の「信頼」を得ていたかどうかにかかっているのではないか。
そんな気がします。

「儲かる」か「儲からない」かは、あくまで結果。
そんなことで悩む前に、今の自分が、やるべきことをやっているかどうか。
周囲から「信頼」を得られる人間になっているかどうか。
そこを考えるほうが先だと思います。

ところで、今の私に「信者」はいったいどれくらいいるんでしょう?
う~ん、考えると何だか自分がミジメになりそうなので、今日はこのへんで・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-06-28 23:42 | 人生のこと | Comments(4)

心のメンテナンス

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巨人どうしたんでしょう?
アンチ巨人の私ですが、
だからこそ、巨人が強くないと、
いまいち燃えてこないのよね。




日々の生活に感謝の気持ちを持ち、幸せを感じながら生きている人は、
人の幸せも素直に喜ぶことが出来ます。
自分の生活に、どこかで不満を持ちながら生きている人は、
人の幸せを妬み、人の不幸を喜びます。

自分の心に余裕を持って生きている人は、
人の欠点を受け容れることも出来るし、人の失敗を許すことも出来ます。

逆に、自分の心に余裕のない人は、
人のあら探しばかりをして、人の悪いところばかりを見ようとします。

同じものを見たり、同じことを聞いたり、同じ人と接したとしても、
その感じ方、捉え方は、
結局のところ、その人のその時の心の状態が大きく左右するのではないかと思います。

映画評論家の故淀川長治さんは、
生前、「私は今まで嫌な人に会ったことがない」と言っていたそうです。
どんな人間も必ず「いいところ」を持っている。
彼は、相手のその「いいところ」を見つけるのがとてもうまい人だったそうです。

これは何も、彼が特別な才能を持っていたということではないと思います。
相手の「いいところ」に気付ける人ということは、
ある意味、相当な「心の広さ」を持っていた人と言えると思います。

そして、その「心の広さ」は、結局のところ、
彼が普段の生活に満足し、楽しみながら過ごしていたからこそ、
持てるものではないかと思います。

相手のちょっとした言葉やしぐさに腹を立てる。
これはきっと誰にでもあることだと思います。
もちろん、私にもあります。

でも、そういった自分を冷静に振り返ってみると、
相手がどうこうというよりも、
そのときの自分の心に原因があることが多いような気もします。

なんかわからないけど、ムシャクシャしていたり、ムカついたりしているときは、
相手の何げないひと言に腹を立てることが多いでしょうし、
逆に、いい気分でいるときは、
ちょっとしたことは、笑って済ませられることが多いのではないでしょうか。

人と接する仕事をしている以上、
相手をどうこう動かそうと思うよりも、
まずは自分の「心のメンテナンス」をしておくことが、大事なことなのかなと思います。
まあ、当たり前のことですけど・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-06-25 23:31 | 人生のこと | Comments(4)

不条理な世の中

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奈良の放火事件。
教育熱心が行き過ぎたゆえの悲劇だそうな。
何とも痛ましい事件です。
何事もほどほどが一番ですね。




世の中は、不条理です。

一生懸命勉強した人が、必ずしも成功するわけではありません。
マジメにコツコツ働いている人が、必ずしも幸せになれるわけではありません。
成功者と呼ばれている人が、必ずしも人間的に優れているというわけではありません。
(これは成功者と呼ばれる人に対する私の嫉妬も多少入っているかも・・・)。

そんな「不条理な世の中」に腹を立て、
「勉強するのはバカらしい」
「マジメに働くのはバカらしい」と思うのは本人の勝手です。

でも、だからといって、
「勉強している人」「マジメに働いている人」にとやかく言う権利は誰にもないし、
「あの人は勉強ばかりしている」「お金にもならないのに、よくやっているよね」・・・、
というのは、何もしない人の言い訳に過ぎないと思います。

スポーツがとりわけ得意な人には、スポーツ選手という道があります。
絵を描くのがとりわけ得意な人には、画家や漫画家という道があります。
文章を書くのがとりわけ得意な人には、作家という道があります。

でも、私も含めて、そういった特殊な才能を持っていない(と思う)人は、
いったい何をしたらいいんでしょう?

言うまでもありません。
学生なら、勉強。
社会人なら、目の前にある仕事だと思います。

そういった目の前にある勉強や仕事にしっかり取り組むことも出来ない人が、
将来「大きな仕事」が出来るとは、私には思えません。

「あいつは勉強しか出来ない」と、「勉強もしない人」が言います。
でも、「勉強しか出来ない人」というのは、ウラを返せば、「勉強は出来る人」です。
「何も出来ない人」よりは、よっぽどマシだと思います。

あっ、ここで言う「勉強の出来る人」というのは、
「いい点数が取れる人」ではなく、
「勉強を通じて努力できる人」ということですので、誤解しないでくださいね。

勉強をしたから、将来幸せな生活が出来るとは限りません。
一生懸命仕事をすれば、将来お金持ちになれるとも限りません。

そういった意味では、たしかに「不条理な世の中」だと思います。

でも、そういった「不条理な世の中」を受け入れながらも、
「今の自分に何が出来るのか」
「自分にとって何が大切なのか」をよく考えて、
「自分なりの幸せ」を見つけて生きていくことが、大切なのかも知れませんね。
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by sawayoshi45 | 2006-06-24 23:59 | 人生のこと | Comments(6)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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