カテゴリ:人生のこと( 82 )

「後ろめたさ」を持って生きる

何年か前の話ですが、あるテレビ番組で、
臨床心理学者の河合隼雄さんがこんなことをおっしゃていたのを覚えています。

「『後ろめたさ』を持っていない人は嫌いですね」と。

その番組を見ていた頃の私は、
「後ろめたさ」だらけの人生を歩んでいるような気がしていたので、
この言葉を聞いたとき、とても救われた思いがしました。

もちろん今でも、親への「後ろめたさ」、自分の過去への「後ろめたさ」
といったものはたくさん抱えておりますが、この言葉を思い出しては、自分を慰めています。
河合さんがおっしゃるには、
「後ろめたさ」を持っている人間ほど、他人にやさしくなれるということ。
まったく「後ろめたさ」を持たない人間は、他人の「痛み」にも気づかないということです。

私は塾に勤める前、フルコミッション(完全歩合制)の外資系企業で
営業の仕事をしたことがあります。
当然、親には反対されましたが、これもまあ「若気の至り」ってやつです。
自分の力を過信していたんでしょうね。

「結果さえ出せば、普通のサラリーマンの何倍も稼げる!」
といった言葉に見事に引っかかってしまいました。

まあ、たしかにそれはウソではなかったんですけど・・・、
やはり現実はそんなに甘くはないというのを思い知らされましたね。
いくら頑張っても、結果が出せなければ収入はゼロです。
そんな月が2か月、3か月と続いたこともありました。
今思えば、当時生きていたこと自体、不思議でなりません。

私の「実力」が足りなかったといえばそれまでなんですが、
私にとってははじめての「挫折」だったと思います。
結局食べていくことが出来なくなり、転職を余儀なくされました。
といっても、今もこうやってひとりで活動しているわけですから、
職種は変わっても「完全歩合」という点では、当時とまったく変わっていません。

あまり「組織」には向かない人間のようでございます。
今でも決して楽な生活ではありませんが、
まあ、これが今の私の「実力」でしょうから、それも致し方ありません。

いろんな方々のブログを読んでいると、
よく「給料が安い!」と訴えている教師の方がいらっしゃいます。
教師が給料についてブログでとやかく書くのもどうかと思うのですが、
私からすれば、「食べられるだけマシでしょ!」と、つい思ってしまいます。
「そんなに安いと思うのなら、辞めて民間で働けばいいのに」とも思います。
「実力」さえあれば、たくさん稼げる商売はいくらでもありますからね。

それに、何と比べて「安い!」と訴えているのか、とよく読んでみると、
医者や政治家、または、「一流企業」の部長クラス、
いわゆる「高所得者」と比べているケースが多いように感じます。
彼らには、「低所得者」の方たちのことは、最初から眼中にないようです。
こんな教師が、自分の学校の「落ちこぼれ」と呼ばれている子供たちに、
いったいどうやって接しているのか、私にははなはだ疑問です。

世の中には、工事現場で働く方たち、ホームレスの方たちを、
「社会の落ちこぼれ」「人生の落伍者」といった目で見ている人たちがいます。
その人たちの事情も考えることなく、平気でこういった人たちをバカにする人たちです。
そんな親や教師に育てられた子供が、
ホームレスの方たちを「人間のクズ」とみなし、殴る蹴るの暴行を加え、
挙げ句の果てには、殺してしまうという事件を起こすのではないでしょうか。

夏の暑い中、または冬の寒い中、汗を流して働いてくれる人たちがいる。
そんな人がいるおかげで、私たちは快適な生活が出来る、
ということを教えるのが、親や教師の役目ではないでしょうか。

すいません。少しアツくなってしまいました。「後ろめたさ」についてでしたね。

そうです。ですから
「後ろめたさを持って生きる」ということは、
「弱い立場」にいる人たちの「痛み」を理解するうえでは、とても大切だということです。


私も「後ろめたさ」をたくさん抱えています。
だからと言って、自分が「魅力がある人間」かどうかと言われると
まったく自信はありませんが、
少なくとも「低所得者」の気持ちはよくわかっているつもりです。
自分がそうでしたからね。

でもまあ、その点に関しては今もあまり変わってない気もしますが・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-01-24 00:59 | 人生のこと | Comments(0)

悩めることの幸せ

10年前、塾講師をしていた頃の私は、
とんでもなく「傲慢」で「自信過剰」の人間だったような気がします。
さすがに口には出しませんでしたが、心の中では「自分の授業が一番だ!」
という気持ちがどこかにありました。
まあ、「若気の至り」ってやつだったんでしょうね。
今思えば、ただの「バカ野郎」です。
あれから10年、まだ多少「傲慢」なところはあるような気はしますが、
まあ、10年前に比べれば、少しはマシになったかなと自分では思っています。

塾を辞めて自分で活動するようになってからは、自分の「未熟さ」を思い知らされました。
とにかく生徒が集まりません。
貯金を切り崩しての生活。
ようやく生活できるようになるまで、随分かかりました。

この10年の間、いろんなことがありました。
親御さんとのトラブルもなかったわけではありません。
親御さんからきつい言葉を言われる度に、
「やっぱりオレってこの仕事、向いてないのかな~」と悩みます。
何度も辞めようかと思いました。

でもその一方で、
「先生のおかげで成績が上がった」とか
「先生に勉強をみてもらってから、うちの子は明るくなった」
という言葉や手紙をいただくことも、たまにはあります。
たとえお世辞だったとしても、そういった「声」を聞くと、やはり嬉しいものです。
「お調子者」の私が「木に登る」瞬間でございます。
そのひと言で、今までの悩みは完全に吹っ飛びます。

そういったことの繰り返しで、今まで何とか仕事を続けてくることが出来ました。
「綱渡り」のような生活を今まで送ってきた私ですが、
何となく「人生ってこういうことなのかな~?」と思えることがひとつあります。

それは、

「悩むべき時にはしっかり悩み、苦しむべき時にはしっかりと苦しみ、
それでも腐ることなく、マジメに仕事に取り組んでいきさえいれば、
必ずどこからか助けがくる」
ということです。

35年というまだ短い人生ですが、私はこういった経験、何度かしてるんですよね。
とても不思議なことですが、本当に「神様」っているのかも知れません。
若い頃は、「人生は自分で切り開くものだ!」なんて言って粋がっていましたが、
今ではそういった「不思議な力」を信じつつある私です。

「健康のありがたさは、病気にならないとわからない」と言います。
お医者さんは、「自分が病気になって初めて患者の気持ちがわかる」と言います。
そうして「本物の医者」になっていくのではないかと思います。

そしてこれは、教師にも同じことが言えます。
「自分は教師だ! 偉いんだ!」と威張っている教師は「本物の教師」にはなれません。
教師という仕事について悩み、苦しむことで、
初めて「弱い立場にいる子供の気持ち」に近づけるのではないかと思います。
そうやって「本物の教師」に近づいていけるのではないでしょうか。

結論。
「自分の仕事に疑問を持ったり、悩んだり、葛藤できる人は、
その仕事に向いている人である。
本当に向いていない人は、疑問を持つこともなく、悩むことすら出来ない人である
」。
とまあ、こんなところでしょうかね。
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by sawayoshi45 | 2006-01-13 00:31 | 人生のこと | Comments(2)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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