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お金がすべて

「ヒューザーの小嶋社長」「ライブドアの堀江元社長」、そして「東横インの西田社長」、
今、世間を最も騒がせている人と言えば、この3人といってもいいでしょう。
この3人の共通点と言えば、やはり

「お金がすべて」といった考え方、
つまり「拝金主義者」といったところではないでしょうか。

もちろん、私だってお金は欲しいですよ。
お金はあるに越したことはないと思っています。
でも、人を騙したり、不正を行ってまで、ということになると、
普通の人なら、多少「ブレーキ」をかけられるはずです。
それが「倫理観」といったものですよね。

では、なぜ今、この「倫理観」というものが、失われてきたのでしょうか?

最近のテレビ番組などを見ていると、
「年商何十億」といった社長や芸能人の方々の
「贅沢な暮らしぶり」をレポートする番組がやたらと多いような気がします。
「セレブ」だとか「ヒルズ族」といっては、はやしたて、
出演者も視聴者も、みんな、それに憧れるリアクションをとります。
まあ、たしかに番組的には盛り上がるのかも知れませんけど・・・。

「夢を与えている」といえば、それまでですが、
こういった番組を見て育った子供たち、
将来大人になって、働くようになったときに、
果たして、「月20万の給料」に満足して生活できるでしょうか?

昨今、「ニート」や「フリーター」の問題がよく取り上げられています。
もちろん、みんながそうとは言いませんが、
彼らの中には、このように言っている人たちもいます。
「自分は、もっとビッグになるはずの人間だけど、
今はまだ自分に合う仕事が見つからないだけ」と。
今は「自分さがし」の時間だとか・・・。

こういった人たちが増えてきたのも、
ある意味、マスコミの責任が大きいような気がします。

もちろん、責任はマスコミだけではありません。
それ以上に、「教育」の責任も大きいのではないかと思います。
こういった人たちを育てたのは、日本の「教育」といっても過言ではないと思います。

でも最近では、こういった「責任感」、
今の日本からはうすれつつあるように思います。
なんせ、あの「ホリエモン」を育てた教師が、
逮捕後、「恩師」として平気な顔してテレビに出てくるぐらいですからね。

私だったら、「自分は何を教えてきたんだろう・・・」とさいなまれて、
とてもテレビに出ようという気にはなれないと思うのですが・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-01-31 00:36 | 世間のこと | Comments(2)

学力と人間性は別!

スポーツの得意な人が人間的に優れているとは限らないのと同様、
学力の高い人が必ずしも人間的に優れているとは限りません。
これはみなさんもご存知のことだと思います。

学力は学力、人間性は人間性として、わけて考えなければなりません。
当然、その評価もわけるべきではないかと思います。

なのに、子供たちの通知表(特に中学校)をみると、
なんだかそのあたりが「ゴチャマゼ」になっているような気がしてなりません。
まあ、これは学校システムの問題でしょうから、
ここで私がひとり騒いだところでどうなるものでもないのですが、
それでもやっぱり気になってしまうのです。

過去に受け持った生徒のお話です。
その子は、私からみて数学の力がとても高いように思えました。
「じっくり考える」こともでき、論理的思考力も優れていました。
学校の試験でも80点、90点台の高得点を取っていました。
学力だけでみれば、5段階で「5」とは言わないまでも、「4」の力は十分あったと思います。

ただ、ちょっと性格が大人びているというか生意気というか・・・、
先生受けはあまりよくなかったようです。
怠け者のところもあって、提出物もサボリ気味だったと思います。
そういったところが影響したんでしょう。
彼の数学の成績は、「2」と「3」を行き来するだけでした。

あまりに納得がいかず、学校に抗議に行こうかと思いましたが、
彼の学校生活に影響があるといけないと思い、そこは思いとどまりました。

でも、これってやっぱり変だと思いませんか?

数学の評価は、あくまで「数学の力」だけを評価して欲しいと思うのは、
私だけでしょうか?


たしかに、彼の素行には多少問題があったかも知れませんが、
それと「数学」の評価は別物として評価してもらいたいものです。

彼とは逆に、あまり力がなくても、
「ノートがきれい」「提出物はきちんと出す」「授業中に発言が多い」・・・といった理由で、
実力以上に評価されてしまう生徒もいます。
こういった子は、はたして自分の力を客観的に把握できているのでしょうか?

今まで多くの子供たちと接してきて、
長年、疑問に思っていることを今回書いてみました。

「学力」はあくまで「学力」としての評価、「人間性」はあくまで「人間性」としての評価

何とか学校でもこの区別、出来ないものでしょうかね。
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by sawayoshi45 | 2006-01-30 01:57 | 教育のこと | Comments(6)

人は迷惑をかけながら生きている

「人様に迷惑をかけることだけはやめなさい!」

親が子供に向かって言う代表的な言葉です。
でもこの言葉、私は正直言って、あまり好きになれません。
この言葉、裏を返せば、

「人に迷惑さえかけなければ、何をやってもいい!」と聞こえてしまうのです。

「電車のなかで化粧をしてもいいじゃないか、だって人に迷惑かけてるわけじゃないし」。
「地べたに座っておしゃべりしてもいいじゃないか、だって人に迷惑かけてるわけじゃないし」。
「援助交際したっていいじゃないか、だって人に迷惑かけてるわけじゃないし」。

さらには、

「自殺したっていいじゃないか、だって人に迷惑かけるわけじゃないし」という人までいます。

でも、そもそも私たちは、本当に人に迷惑をかけずに生きていくことって出来るのでしょうか?

ここでちょっと、私の仕事を例にとってみます。
一応、「子供のため」「教育のため」とエラそうに大義名分を抱えてやっておりますが、
報酬を頂いている以上、
その親御さんのお財布に「迷惑をかけている」ということにもなります。

これはお医者さんでも弁護士さんでも「ボランティア」でやっているわけでない限り、
同じことが言えるのではないでしょうか。

さらに極端な話をさせていただくと、
私たちは、ただ「生きている」というだけで、
地球や自然に「迷惑をかけている」ということになるのではないでしょうか。

普段の生活で、二酸化炭素もゴミも排出していますよね。
これが「地球温暖化」の原因なわけですから、
やっぱり地球に「迷惑をかける」ということになり、
結果、地球上に住む他の人たちに「迷惑をかけて生きている」ということになりそうです。

ちょっと話が大げさになりましたが、結局何が言いたいかというと、

「人様に迷惑をかけるな!」と子供に説教するよりも、

私たちは「普段から人様に迷惑をかけながら生きている」ということを自覚し、
「いろんな人たちに支えられて生きている」ということに感謝できる気持ちをもつことこそが、
大事なのではないかということです。

「私は誰にも迷惑をかけたことはありません!」と平気で言える人ほど、
「迷惑な人」が多いように感じる今日この頃でございます。
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by sawayoshi45 | 2006-01-29 00:55 | 人生のこと | Comments(0)

悪いモノは魅力的?

「ホリエモン」の次は、「一夫多妻男が世間をにぎわせております。
いやはや、世の中いろんな人がいるものです。

詳しいことはよくわかりませんが、
何だか「催眠術」を使って女の人をあやつっていたそうで・・・。
「催眠術」って恐ろしいものですね。
いいほうに使えば、とても役に立つものなんでしょうけど・・・。

私も「催眠術」を使って、
「どんな子でも、勉強を大好きにさせる」ことが出来れば、
これほどラクなことはないんですが・・・。
まあ、はっきり言って私のような凡人には無理でしょうし、興味もありません。

それにしても、この「一夫多妻男」にしても、
かつての「オウム真理教の教祖様」にしても、
良い悪いは別として、これだけの人をひきつけてしまうということは、
よっぽど「オーラ」が強いということになるんでしょうか。

傍からみれば理解に苦しむところですが、
きっと当事者にとっては、とても「魅力的な人」ということになるんでしょうね。
もしかしたら、こういう人が目の前に現れれば、私もひっかかってしまうのかも知れません。
こういう人には近づかないに限ります。

といっても、私のところになんて、向こうが近づいてこないでしょうけど。
何の得もありませんから・・・。

そういえば以前、「オーラの泉」で美輪明宏さんがおっしゃっていました。
「悪いモノは魅力的」だそうです。

う~ん、確かにそういわれて見ればそのような気がしますね。
食べ物ひとつとっても、「コーラ」「カップラーメン」「ハンバーガー」・・・・・などなど、
私のような庶民が「魅力」を感じるモノって、
あまり体には良くないモノが多いような気がします。

子供が、「不良」や「暴走族」といったモノに「魅力」を感じてしまうのもそうでしょう。
最近では、「自殺」にまで「魅力」を感じてしまう人もいるそうで・・・。
こう考えると、何だか恐ろしくなってきます。

一方、「良いモノ」って最初はなかなか認められないものが多いような気がします。
「大器晩成」という言葉も、そういったところからくるのかも知れません。
「悪いウワサ」はあっという間に広がりますが、
「良いウワサ」が広まるには時間がかかります。
そのことに耐えられずに、途中で悪い方向に行ってしまう人もいるようです。
「ホリエモン」もそのひとりといっても、いいのではないでしょうか。

さて、こう考えてくると、

「魅力的なモノ」に対しては、
私たちは多少「ブレーキ」をかけることを覚えなければならないと思います。
世間で「これは良い!」と言われているモノには、
それが本当に「良いモノ」かどうかを見極める目をもつことが必要ではないでしょうか。


自分の身を守るためにも、ぜひ子供たちにも伝えておきたいことだと思います。

ん? ということは、私のブログが人気がないのは、
少なくとも「悪いモノ」ではないと受け取っていいのかな? 
と思ってちょっと安心していたところに妻からのひとこと。
「相手にされてないだけじゃないの?」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おやすみなさい。
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by sawayoshi45 | 2006-01-28 01:40 | 世間のこと | Comments(0)

「計算力=基礎力」という誤解

よく親御さんから、次のようなことを言われることがあります。
(あくまで一般論であって、特定の親御さんを指しているわけではありません)。

「ウチの子、基礎は出来るんですけど、文章題とかの応用が苦手なんですよ」と。

まあ、数学が苦手なお子さんの典型的なパターンといってもいいでしょうか。

この場合の「基礎」というのは「計算力」を指すことが多いようです。
たしかに教科書や多くの問題集などをみると、
「基本問題」というところには計算問題などが多く、
「応用問題」というところには、文章題や図形問題などが多いですよね。
きっと、そのあたりからくる「誤解」なのだと思いますが・・・。

でも、よく考えてみてください。

計算問題というのは、計算の「やり方」さえ覚えてしまえば、
誰でもある程度できるようになります。
計算の「意味」がわからなくても、ドリル形式の問題集を何度も繰り返しやらせるだけで、
効果は出るでしょう。

でも、これって本当に「基礎力」と言えるんでしょうか?

しかも困ったことに、
このように「『意味』がわかっていなくても、『計算』が得意な子たち」が、
小学校などでは結構な好成績をおさめてしまうことが多かったりします。
そのため、お子さん本人もその親御さんも勘違いしてしまうケースが多いようです。
こういった子に、ちょっとひねりを加えた問題をやらせると、
返ってくる答えはだいたい決まっております。

「まだ習ってません!」。

数学の「基礎力」とは「計算力」ではありません。
私は「考える力」であり「概念」だと思っています。
多少、計算ミスをすることはあっても、その問題に対してしっかり向き合い、
「考える」ことができる子のほうが、長い目でみれば、必ず伸びるはずです。

「概念」さえしっかりしていれば、方程式も関数も図形も、さらに理科の計算も、
根本的にはまったく同じようなものであることに気づくはずです。
それに気づきさえすれば、いくら忘れようとしても忘れられない
「ホンモノの知識」になるのではないかと思います。

「公式」とは、丸暗記して数字を当てはめるためのものではありません。
ひとつひとつの「公式」には、きちんと「意味」があります。


その「意味」さえわかれば、自分で導けるようになります。
導けるようになれば、いちいち覚える必要なんてありませんよね。
といっても、そこまで出来る人なら、自然に覚えてしまうことでしょうけど・・・。

以前から気になっていることがあります。
それは「速さ」に関する問題が出ると、すぐに「ハジキの公式(?)」と呼ばれる
「公式」(のようなもの)を出してくる生徒が多いことです。
本当に理解して使っているならまだしも、ほとんどの生徒は、
ただ数字を当てはめる作業で終わっているような気がします。

そこには、「概念」はまったく感じられません。
少し言い方を変えたり、単位を変えただけで、案の定つまづいてくれます。
この「悪いクセ」を直すのには、本当に苦労します。
こんな「公式」(のようなもの)、いったい誰がつくったんでしょうか?
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by sawayoshi45 | 2006-01-27 01:00 | 勉強のこと | Comments(2)

「箸の持ち方」が気になる。

最近テレビを見ていて、とても気になることがあります。
それは、芸能人やアナウンサーの「箸の持ち方」。
よく見ると、正しく持っている人のほうが少ないのではないかとさえ思えてきます。

なかでも、「グルメ」で有名なタレントさんや、
年配のベテラン芸能人の方などが間違った持ち方をしているのを見ると、
何だかがっかりしてしまいます。
それまで好意をもっていた人であれば、なおさらのこと。
みなさん、気になりません?

テレビが世間に与える影響ってかなり大きいですよね。
それだけに、タレントさんにも気をつけて欲しいし、
それを映すテレビ局にも考えて欲しいものです。

そうでないと、子供に注意するにも、説得力がなくなってしまいますからね。
「みんな、そうじゃん! 別に誰にも迷惑かけてるわけじゃないし・・・」
と言われるのがオチですよ。

私からすれば、それを見て誰かが不愉快な思いをするのであれば、
十分迷惑をかけているような気もするんですが・・・、
これじゃ、子供には通じないんでしょうね、きっと。

これを勉強に例えてみると、やはり「鉛筆の持ち方」ですね。
私は子供に勉強を教える際、まず「鉛筆の持ち方」を見るようにしています。
そして、もし間違った持ち方をしていたら、子供に言うようにしています。
「本当に成績を上げたかったら、まずは鉛筆の持ち方を直しなさい!」と。

私は医学的なことはよくわかりませんが、
「『鉛筆の持ち方』が悪いと、筋肉の使い方が変わり、
集中力がなくなったり、疲れやすくなる」
と、あるお医者さんが言っていたのを聞いたことがあります。
結局、脳にも影響があるということでした。

「教える」ことを仕事にしている私にとっては、これを見逃すわけにはいきません。
みなさん、「鉛筆の持ち方」は大丈夫ですか?

と、こういう私も、実はお恥ずかしながら、
中1までは「箸の持ち方」も「鉛筆の持ち方」も両方間違っていました。
それを指摘してくれたのは、当時の担任の先生です。
そのときは「うるさいな~」と、正直思ったこともありますが、
「間違ったまま大人になるのは恥ずかしいぞ!」と思い、自分で何とか直しました。
今ではその先生にとても感謝しています。

そのことが直接関係したのかどうかはわかりませんが、
直してからは、心なしか長時間の勉強にも耐えられるようになり、
成績のほうも上がったような気がします。

一度ついてしまった「クセ」を直すのは、なかなか大変なことですよね。
しかも、「悪いクセ」であればなおさらです。
「悪いクセ」は早く直すに限ります。

もし、これを読んでいる方で、間違った「持ち方」をしている方がいらっしゃったら、
ぜひ、今すぐ直すことをオススメします。

余計なお世話かもしれませんが、
食事の基本は「箸の持ち方」、勉強の基本は「鉛筆の持ち方」ですからね。
基本なくして、進歩はありません!

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by sawayoshi45 | 2006-01-26 01:23 | 世間のこと | Comments(0)

ホリエモン逮捕に思うこと

「ホリエモン」こと、ライブドアの堀江(前)社長が逮捕されました。
テレビは各局この話題で持ちきりです。
今まで「時代の寵児」と言ってはもてはやしていたマスコミ各社も、
逮捕されるやいなや、一転、批判の嵐です。
ホント、マスコミって恐いものですね。

他の方々のブログを読んでいても、今回の件で損をした方、多いようですね。
「ライブドアショック」の影響はこれからどんどん大きくなっていくのではないかと思います。

ところで、株については素人同然の私が
こんなことを書くのはおこがましい話かも知れませんが、
そもそも「株」というのは「お金儲け」のためだけにあるものなのでしょうか? 

とすれば、私は今まで大きな勘違いをしていたことになります。

私は、「株」というのは本来、
「自分が信頼、支持している会社がもっともっと社会に貢献し、
成長できるように応援する」ために買うものであると思っていました。
「株を買う」ということは、その会社の責任も負うということです。

「投資」というのは、そういうことですよね。
ですから、その会社のこともよく知らずに、
「儲かった!」「損した!」と言っては簡単に売り買いするのは、
その会社に対しても失礼なことではないかと思っています。

この考え方、間違ってますか?

最近のテレビの報道などを見ても、「1日に何千万儲かった!」とか、
そんな話をしては、何だか国民をあおっているような気がしてなりません。
そして、たまたま巨万の富を手に入れた人が、「成功者」として賞賛を浴びる。
こんな世の中に不安を抱いているのは、この私だけでしょうか?
それともこれは、「貧乏人の戯言」でしかないのかな~?

最近では、「株の知識」を学校でも教えるようですね。
私の教え子も、授業で株のシュミレーションゲームのようなものをやったことがあるそうです。
その子にちょっと意地悪な質問をしてみました。

「ところで、株って何のためにやるの?」。
すかさず答えが返ってきました。
「え? お金儲けのためじゃないの?」と。

みなさん、どう思います?

もちろん、この子に問題があるわけではありません。
「株のやり方」だけを教えて、
「根本的な部分」をしっかり教えていない教師に責任があると思います。
こんな教育をしている限り、
第2、第3の「ホリエモン」が出てくるのは時間の問題のような気がします。
「株のやり方」を教えるのであれば、
同時に「株の恐ろしさ」も教えるのが教師の務めではないでしょうか。

「株」で2億を失い、会社も家族も失った人、私の身近にもいますからね。

それにしても、「お金さえあれば、何でも買える!」と豪語していた「ホリエモン」。
まさか、「犯罪」までもお金で買ってしまうとは、思いもしませんでしたよ。
それとも、これも想定内?
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by sawayoshi45 | 2006-01-25 00:16 | 世間のこと | Comments(0)

「後ろめたさ」を持って生きる

何年か前の話ですが、あるテレビ番組で、
臨床心理学者の河合隼雄さんがこんなことをおっしゃていたのを覚えています。

「『後ろめたさ』を持っていない人は嫌いですね」と。

その番組を見ていた頃の私は、
「後ろめたさ」だらけの人生を歩んでいるような気がしていたので、
この言葉を聞いたとき、とても救われた思いがしました。

もちろん今でも、親への「後ろめたさ」、自分の過去への「後ろめたさ」
といったものはたくさん抱えておりますが、この言葉を思い出しては、自分を慰めています。
河合さんがおっしゃるには、
「後ろめたさ」を持っている人間ほど、他人にやさしくなれるということ。
まったく「後ろめたさ」を持たない人間は、他人の「痛み」にも気づかないということです。

私は塾に勤める前、フルコミッション(完全歩合制)の外資系企業で
営業の仕事をしたことがあります。
当然、親には反対されましたが、これもまあ「若気の至り」ってやつです。
自分の力を過信していたんでしょうね。

「結果さえ出せば、普通のサラリーマンの何倍も稼げる!」
といった言葉に見事に引っかかってしまいました。

まあ、たしかにそれはウソではなかったんですけど・・・、
やはり現実はそんなに甘くはないというのを思い知らされましたね。
いくら頑張っても、結果が出せなければ収入はゼロです。
そんな月が2か月、3か月と続いたこともありました。
今思えば、当時生きていたこと自体、不思議でなりません。

私の「実力」が足りなかったといえばそれまでなんですが、
私にとってははじめての「挫折」だったと思います。
結局食べていくことが出来なくなり、転職を余儀なくされました。
といっても、今もこうやってひとりで活動しているわけですから、
職種は変わっても「完全歩合」という点では、当時とまったく変わっていません。

あまり「組織」には向かない人間のようでございます。
今でも決して楽な生活ではありませんが、
まあ、これが今の私の「実力」でしょうから、それも致し方ありません。

いろんな方々のブログを読んでいると、
よく「給料が安い!」と訴えている教師の方がいらっしゃいます。
教師が給料についてブログでとやかく書くのもどうかと思うのですが、
私からすれば、「食べられるだけマシでしょ!」と、つい思ってしまいます。
「そんなに安いと思うのなら、辞めて民間で働けばいいのに」とも思います。
「実力」さえあれば、たくさん稼げる商売はいくらでもありますからね。

それに、何と比べて「安い!」と訴えているのか、とよく読んでみると、
医者や政治家、または、「一流企業」の部長クラス、
いわゆる「高所得者」と比べているケースが多いように感じます。
彼らには、「低所得者」の方たちのことは、最初から眼中にないようです。
こんな教師が、自分の学校の「落ちこぼれ」と呼ばれている子供たちに、
いったいどうやって接しているのか、私にははなはだ疑問です。

世の中には、工事現場で働く方たち、ホームレスの方たちを、
「社会の落ちこぼれ」「人生の落伍者」といった目で見ている人たちがいます。
その人たちの事情も考えることなく、平気でこういった人たちをバカにする人たちです。
そんな親や教師に育てられた子供が、
ホームレスの方たちを「人間のクズ」とみなし、殴る蹴るの暴行を加え、
挙げ句の果てには、殺してしまうという事件を起こすのではないでしょうか。

夏の暑い中、または冬の寒い中、汗を流して働いてくれる人たちがいる。
そんな人がいるおかげで、私たちは快適な生活が出来る、
ということを教えるのが、親や教師の役目ではないでしょうか。

すいません。少しアツくなってしまいました。「後ろめたさ」についてでしたね。

そうです。ですから
「後ろめたさを持って生きる」ということは、
「弱い立場」にいる人たちの「痛み」を理解するうえでは、とても大切だということです。


私も「後ろめたさ」をたくさん抱えています。
だからと言って、自分が「魅力がある人間」かどうかと言われると
まったく自信はありませんが、
少なくとも「低所得者」の気持ちはよくわかっているつもりです。
自分がそうでしたからね。

でもまあ、その点に関しては今もあまり変わってない気もしますが・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-01-24 00:59 | 人生のこと | Comments(0)

子どもが危ない!

スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之さんが書かれた、「子どもが危ない!」という本を今日読みました。

「たましい」という霊的視点から、「教育」について語られた本です。
詳しい内容は、もちろんここでは書きません。
興味のある方は書店へどうぞ。
定価は900円(税抜)でございます。

「コンピューターの文字には『たましい』は宿らない」と書かれていました。
今これを書いている私にとっても、今これを読んでいるあなたにとっても、
ちょっと「耳の痛い」話なども盛り込まれておりますが、
まあ、かなり参考になる部分が多い本だと思います。
教育関係者の方や親御さんにはオススメです。

「たましい」とか「霊」の存在については、きっと、人によって賛否両論だと思います。
私も実際のところは、正直わかりません。
でも、何か「不思議な力」に守られているんじゃないかという感覚は、
今までの人生でも何度か経験しています。
ですから、どちらかといえば私は、「信じる」側に入るのではないかと思います。

でも、「信じる」か「信じない」かということよりも、
大事なのは、そういった「声」にも耳を傾けることであり、
それを自分への「戒め」「教訓」にして、生きていくことではないかと思います。
そうでないと、「自己中心」で「傲慢」な私の妻のような人間ばかりが、
世の中にはびこることになってしまいますからね。


ところで、話は変わりますが、今日の札幌は寒かったですね。
幸い、私は仕事が休みだったので、読書をしたり、テレビを見たり、DVDを見たりと、
ゴロゴロしながら1日を過ごしました。

DVDは2本借りてきて見ましたが、「エコーズ」というのが、けっこう面白かったですね。
何年か前に観た「シックス・センス」に似たような印象を受けました。
これも、霊的なものを扱った映画(といっても気味の悪いホラーではありませんのでご安心を!)で、江原さんの本を読んだ後だけに、何となく真実味を感じました。

というわけで、サスペンス系の映画が大好きなサワダでございました。
それではみなさん、また明日! サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ・・・・・(古ッ!)
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by sawayoshi45 | 2006-01-23 00:21 | どうでもいいこと | Comments(0)

理解するということ

昨日の記事では、「自分を認めて欲しい、理解して欲しいと思うなら、
まず自分が相手を認め、理解する努力をするべきだ」ということを、
エラそうに語りました。
そこで今日は、「理解する」ということについて、少し掘り下げて考えてみようと思います。

私たちは、よく簡単に「わかった!」と言いがちですが、果たしてそれは本当でしょうか? 
「理解する」というのは、そんなに簡単に出来ることではないはずです。
本当はあまり「理解していない」のに、何となく「理解したつもり」になっていること、
意外に多いのではないかと思います。

もちろん、この私も例外ではありません。
今まで、このブログで書いてきたことで、本当に「理解して」書いたものがどれだけあるか、
はなはだ疑問でございます。

・・・・・・(自省中)・・・・・・

「理解する」は英語で「understand」と言います。
中学校で習う英単語ですね。
この単語がでてくると、私はよく子供たちにこう聞きます。
「『under(下に)』と『stand(立つ)』がくっつくと、
どうして『理解する』という意味になると思う?」と。

この言葉、私はこのように捉えています。
「相手を本当に『理解する』ためには、相手の『下に立つ』必要がある」と。
つまり、相手を上から見下ろして見ている限り、
相手を本当に「理解する」ことは出来ない、という意味です。
こう言われても、子供たちはあまりピンとはきていない様子ですが、
まあ、いつかわかってもらうときがくればいいかなと思って話しています。

夜の星はきれいに輝いて見えますが、昼は見えませんよね。
星は確かに存在しているはずなのに、見えません。
これは何を意味しているか、私なりに考えて見ました。

「暗い場所」から「明るい場所」はよく見えます。
でも、「明るい場所」から「暗い場所」はなかなか見えにくいということ。

これを人間に例えると、
「下の立場にいる人間(子供)」から「上の立場にいる人間(大人)」はよく見えるけども、
「上の立場にいる人間(大人)」から「下の立場にいる人間(子供)」は見えにくい、
ということではないでしょうか。

「子供のイジメや苦しみに、親や教師がなかなか気づかなかった」
というのはよくある話ですよね。
まあ、本当に「気づかなかった」のか、
「気づかなかったフリ」をしているかは定かではありませんけど・・・。

結局、何が言いたいか。

「子供を本当に理解するためには、大人の目線ではなく、
子供の目線で考える」ことが大切だということ。


一番いけないことは、

ほんの数冊の本を読んだだけの「うわっつらの知識」で、
「理解したつもり」になってしまうこと

ではないかと思います。

ん? これってもしかして私のことかも。
とすると、今日書いたこの記事も、何だか自信がなくなってきました。
みなさん、これを「鵜呑み」にしてはいけませんよ。
あくまで、参考程度に読んでいただくということで、お許しください。

・・・・・・(自省中)・・・・・・

う~ん、人間って、たくさんの「矛盾」を抱えた生き物ですね。
まあ、それに気づけくことが出来ただけでも、この記事を書いた意味があったってもんです。
それでは、また明日・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-01-22 00:15 | 教育のこと | Comments(2)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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