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オリンピックと受験

オリンピックが終わって、少々「燃え尽き症候群?」になりつつあるサワダでございます。
次の楽しみは、1か月後のプロ野球開幕といったところでしょうか。
いずれも自分では何をするわけでもなく、
ただ「観て応援するだけ」というのが情けない話ではありますが・・・。

それにしても、4年間かけて積み上げてきたことが、
たったの2週間、選手によってはほんの数秒で結果が出てしまう、
なんとも厳しい世界ですよね。

まあ、だからこそ価値があるし、観ている人を魅了するだけの力があるともいえます。
プロ野球のように、年間何試合も戦って総合力を競うスポーツも、
それはそれで面白いですが、
負けたら次がないという「一発勝負」というのもまた、
選手たちの真剣さが伝わってくるような気がして、応援にも力が入ります。

少しのミスも許されない状況で戦う「一発勝負」の残酷さと素晴らしさ、
存分に味わえた2週間だったのではないでしょうか。

そして、オリンピックと比べるのは、選手の方々に申し訳ないような気もしますが、
受験もまた「一発勝負」の世界といえますね。
2年、3年と一生懸命準備してきたものが、
たったの1日か2日で合否が決まってしまう。

人によっては、「子供には酷すぎる」と、受験を否定する方もいらっしゃるようですが、
私は決してそうは思いません。

「努力が必ずしも報われるとは限らない」ということを知ることも、
人生において大切なことだと思います。
そして、
「報われるかどうかはわからないけども、それでも努力することが大切だ」
ということを子供たちに伝えるのも、私たちの仕事だと思います。

「努力は裏切らない」という言葉がありますが、これは本当だと思います。
ただ、
「努力すれば、必ず結果が出る」ということではなく、
「努力している過程において、結果以上のものを学ぶことが出来る」
という意味で「裏切らない」ということではないかと思います。

以前にも書きましたが、
人間を成長するための最良の結果は「努力して落ちること」、
最悪の結果は「何もしないで受かること」。

受験シーズンの今(ちょっと遅い?)、
この言葉を、親も教師も子供も、しっかりと受け止める必要があるのではないでしょうか。
そのぐらいの気持ちを持つことが出来れば、
子供も、本番でそれほどプレッシャーを感じなくてすむのではないかと思います。

そういえば、ハンマー投げの室伏広治選手が、
「練習は本番のつもりで、本番は練習のつもりで」
と言っているのを聞いたことがあります。
なかなかいい言葉だと思いませんか?

今回のオリンピックで金メダルをとった荒川静香選手も、
「平常心でつかんだ勝利」ということですから、
きっと同じような心境だったのではないかと思います。
これも「本番のつもりで」何度も何度も練習したからこそ、
たどり着くことができた領域なのかも知れませんね。

オリンピック選手も含め、やはり一流の人たちから学べることって、
たくさんありますよね。
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by sawayoshi45 | 2006-02-28 00:34 | 教育のこと | Comments(8)

「いい加減」な指導

「いい加減」という言葉は、一般にはあまりいいイメージで使われませんが、
ここでの「いい加減」は、「良い加減」という意味に解釈していただけたら幸いです。
「テキトーな指導」ではなく、「適当な指導」とでもいいましょうか。

20代の頃の私は、子供たちを「引っ張る」ことが「指導」だと思っていました。
たしかに、この方法でうまくいく場合もありますが、
すべての子供たちにこれが通用するとは限りません。

こういった「一方通行の指導」をしていれば、
当然ついてこられない、またはついてこようとしない子供が必ず出てきます。
私も人間ですから、そういった子供たちに腹を立ててしまうことも、たびたびありました。
まあ、これも私の「指導力不足」と言われればそれまでですが、
こういった指導方法は、子供によっては、
やはり「無理」が生じてしまうのではないかと思います。

ここ何年間で、子供たちを「引っ張る」だけでなく、
「後ろにまわって見守る」ことを覚えました。
簡単に言えば、子供たちの「自主性を信じる」といったやり方です。
といっても、もちろん「何もしない」ということではありませんよ。
子供たちの「モチベーション」を上げて、
それを保つことは忘れないように気をつけているつもりです。

ときには「引っ張る」ことも大事ですが、
子供によっては、または、時期によっては、
「後ろにまわって見守る」ことも、それ以上に必要なことではないかと思います。
いざというときにだけ、
ポンッと、背中を押してあげられる存在であればいいかなと思っています。

過去の話ですが、高校1年から3年間、受け持った生徒がいました。
彼はテニス部に所属し、毎日忙しい生活を送っていたようです。
決して学力が低いわけでもなかったので、
3年の前半までは、私は「勉強を教える」というよりは、
その生徒の「話し相手」という感覚で接していました。
その間、基礎だけはしっかり教えるようにはしていましたが・・・。

部活を引退してから、彼は「やる気」を見せました。
それまで、ひとりでは、やっている形跡があまりなかった彼も、
日に日に3時間、4時間と勉強時間を増やしていったようです。

私との勉強は、週に2回がせいぜいでしたが、
その2回の授業を彼はフルに利用してくれて、
結果、東京の某有名大学に現役で合格していきました。

最後の授業が終わったときに、その生徒と親御さんが私にこう言ってくれました。
「先生は、待ってくれたから良かった」と。

「引っ張る」ことも教育かもしれませんが、
「待つこと」もまた教育なんだなと、この言葉を聞いて、改めて思ったものです。

もちろん、「合格したから成功例」だと思っているわけではありませんが、
子供のその時の状況を考えて、
いい意味での「いい加減な指導」を実践できたらと思います。
「何事もバランスが大切」ということでしょうかね。
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by sawayoshi45 | 2006-02-27 00:05 | 教育のこと | Comments(0)

虎の威を借る狐

北海道新聞の見出しに「日本ついに頂点」と書かれていました。
もちろん、荒川選手の金メダルの記事です。
でも、これはちょっと違うような気がしました。
「荒川ついに頂点」というのならわかりますけど・・・。

たしかに金メダルをとった荒川選手はすごいと思います。
でも、頂点に立ったのはあくまで荒川選手であって、日本ではありませんよね。
「荒川選手の功績」を「日本の功績」といった書き方をするのはどうなんでしょう?
まあ、これを書いた記者の方も、そこまで考えたわけではないと思いますが・・・。

ただ、よく考えてみると、これと同じようなこと、
私たちも普段からしていることに気付きます。

野球やサッカーのファンにもそういった人、いますよね。
強いチームのファンだという理由だけで、なぜか威張っている人がいます。
強いチームの選手が偉いのはわかりますが、ファンが偉いわけではありません。
ファンはなろうと思えば、誰でもなれるし、なるための努力も必要ないのですから。
なのに、弱いチームのファンを「ダサい」と言ってはバカにする。
まことにばかげた話です。

他にもまだまだありますね。
有名進学塾に通っている子が、無名の小さな塾に通っている子をバカにする。
子供だけならまだしも、親の中にもそういった人、少なくないような気がします。

子供が有名校に合格します。
頑張って努力したのは子供のはずなのに、
なぜか親までが偉くなった気分になって、人に自慢し始める。
まあ、たしかに合格するまで、経済的、精神的に支えたのは親なんでしょうけど・・・、
これもやっぱり、ちょっと違うような気がします。

さらに、いわゆる「玉の輿」で「お金持ち」の家に嫁いだ人が、
「セレブ」などと呼ばれてその気になって威張りだす。
たしかに「お金持ちになった人」は、それなりの努力もしたでしょうから、
ある意味、偉いといえるかもしれませんが、
「お金持ちに嫁いだ人」が偉いわけではありませんよね。

まあ、数えあげればキリがありませんが、
こういった「勘違い」をしている人たち、意外と多いような気がします。

まさに「虎の威を借る狐」といったところでしょうか。
これはある意味、「自信のなさ」の表れではないかと思います。
やみくもにブランド品で身を固めようとする人も、同じではないかと思います。

「虎の威を借る」必要がないだけの「自信」を持って、生きていきたいものですね。
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by sawayoshi45 | 2006-02-26 00:02 | 世間のこと | Comments(4)

平常心での勝利?

昨日までの陽気はどこへやら。
今日の札幌は、マイナス気温で道路はツルツル、冬へ逆戻りです。
やはり、簡単には、春はきてくれないようです。
まあ、もう少しのガマンといったところでしょうか。

そんな、冬景色の札幌にも、今日は「ホット」なニュースが飛び込んできました。
もう、みなさんご存知ですよね。
今さらではありますが、荒川静香選手の金メダル。
今日の日本は、荒川選手一色といった感じでしたね。
素人の私から見ても、本当に素晴らしい演技で、とても美しかったです。

ショートプログラムで3位につけておきながらも、
「まさか私がメダルを取れるとは思っていなかった」そうな。
果たして、これはホンネでしょうか?
こんな大舞台で、これほどのプレッシャーを受けながらの、この「平常心」。
ホンネだとしたら、ある意味、すごい精神力だなと思います。
「平常心で勝ち取った勝利」といったところでしょうかね。

これから試験に臨む受験生のみなさんも、
荒川選手のように、「平常心」で闘って「合格」をもぎ取りましょう!
ただ、そのためには、
「今まで、やるべきことはやってきた」という、
自信がなければならないところが、難しいところですが・・・。

荒川選手の金メダル、日本人として私も素直に喜んでおります。
ただ、どうしても選手たちの「背景」に目がいってしまう私としては、
ロシアのスルツカヤ選手に感情移入してしまうところもありまして・・・。
スルツカヤ選手の転倒は、正直ちょっと複雑な気分で観ておりました。

ところで、オリンピックというと、どうしてもメダルばかりが注目されてしまって、
メダルが取れなかった選手は、陰にかくれてしまいがちです。

「15位に終わりました」とか、「25位でした」と聞いて、
私たちは、「あ~・・・」なんて言ってがっかりしがちですよね。
でも、よく考えてみてください。
「世界の15位」「世界の25位」ですよ。
これって、すごいことだと思いませんか?
私たち凡人には、到底できないことですよ。

期待されながらも、メダルが取れなかった選手を簡単に非難する人がいますが、
こういったこと、私たちは決して忘れてはいけないことだと思います。

あれ? こんな記事、前にも書いたことがあるような・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-02-25 00:15 | 世間のこと | Comments(4)

「勉強が得意」というだけで・・・

「ガリ勉」という言葉はありますが、
「ガリ野球」とか「ガリサッカー」という言葉はありませんよね。

オリンピックを観ていても、思うのですが、
「スポーツが得意」という人は、
それだけで「明るい」、「さわやか」というイメージがあります。
日々厳しい練習に耐えてがんばっている人を尊敬することはあっても、
バカにする人はまずいません。

一方、「勉強が得意」という人はどうでしょうか?
どこか「暗い」「クソ真面目」というイメージがつきまとうような気がします。
「勉強が得意」という人は、それだけでなぜか肩身の狭い思いをし、
ときにはバカにされ、ときにはイジメの対象にまでなることもあります。
そのため、「勉強が得意」な子の中には、
「ぼくは勉強ばかりしているわけではないぞ!」と一生懸命アピールする子さえいます。

「スポーツが得意」な人が、その道を諦めたとしても、文句を言う人はほとんどいません。
でも「勉強が得意」な人が、世間で言われる「エリートコース」と違った道を選ぶと、
「変わり者」扱いされ、ときには根拠の無いウワサをたてられることもあります。
まさに「勝手に期待、勝手に失望」です。

「スポーツが得意」と「勉強が得意」。
「得意」の対象が違うだけなのに、
なぜ、こんなにも世間の見方が変わってしまうのでしょうか?

「勉強が得意」だった人が、たまに残虐な事件を起こすと、
世間やマスコミは大騒ぎ(大喜び?)です。
「勉強ばかりしていたから、頭がおかしくなったんだ」と。
でも、こんなことを言う大人が、
自分の子供にだけは「勉強しろ!」とうるさく言います。
まったく、おかしな話ですよね。

「勉強したから、頭がおかしくなった」のではありません。
「事件を起こした人が、たまたま勉強が得意だった」、
あるいは、「間違った勉強を無理矢理させられたから、おかしくなった」
というのが本当のところではないかと思います。

「勉強してこなかった人」が事件を起こしたところで、マスコミはあまり騒ぎません。
なぜなら「当たり前」のことで、あまり面白くないからです。
それよりも「勉強が得意」だった人が、事件を起こすほうが話題性に富み、
視聴率も上がるということではないかと思います。

そのマスコミの煽りに便乗して世間が騒ぎ出す、なんとなくそんな気がします。
でも、そのマスコミの人たちだって、
かつては「勉強が得意」だった人たちがほとんどのはずなんですけどね。

たしかに、「勉強が得意」な人が、すべて優秀だとは思いません。
傲慢で、人を見下すような人が多いのも事実です。
でも、こういった人たちは、私に言わせれば、
「成績が良かった」というだけのことで、
「正しい勉強」をしてこなかった人たちだと思います。

だって言うではありませんか。
「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」って。

やればやるほど謙虚な人間になれる、
これが「正しい勉強」ではないかと私は思います。
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by sawayoshi45 | 2006-02-24 00:00 | 勉強のこと | Comments(6)

善悪の判断

健康のありがたさは病気にならないとわからないといいます。
恵まれた環境で育つと、自分が恵まれていることにさえ、気付かなくなります。

「善悪の判断がしっかりできる人間に育って欲しい」
これはわが子に望む親の共通した願いだと思いますが、
「善悪」の判断ができるためには、「善」と「悪」の両方を知らなければできないこと、
忘れていないでしょうか?

「善」ばかりの環境で育った子どもに、善悪の判断をさせるのは、
難しいことではないかと私は思います。
でも、世の中の動きをみると、
「下品だ」「卑猥だ」と言っては、
子供たちの環境から、すべての「悪」を排除しようとしているのではないか、
という気がしてなりません。

以前、「悪いものは魅力的」という記事でも書いたように、
子供が「悪」に魅力を感じるのはごく自然のことだと思います。
程度の差はあれ、私たち大人だって、誰にでもそういった時期はあったはずです。
そうやって小さい「悪」と共存しながら、
私たちは「善悪の判断」ができる人間に育つのではないかと思うのですが・・・。

今日「ジャーヘッド」という映画を観てきました。
「ジャーヘッド」とは、アメリカの海兵隊の「丸刈り頭」を指す俗称だそうで、
湾岸戦争をテーマにした映画です。

今までの戦争映画と違って、戦闘シーンや銃撃戦はほとんどありませんが、
残酷なシーンや卑猥な言葉が満載で、
正直言って、観ていてあまり気持ちのいい映画ではありません。
でも主人公の葛藤や苦悩、人間の「汚い部分」がよく描かれていた映画だと思います。

ただ、これを子供に観せるとなると、
きっと多くの親御さんは、躊躇するかもしれませんね。
「善」か「悪」かにあえて分けるとすれば、「悪」に属する映画に入るのかなと思います。
でも、だからといって「悪い映画」だとは私は思いません。

「正義」や「美しさ」を描いた感動映画もいいですが、
こういった人間の「汚さ」「醜さ」を知ることも、人間にとっては必要だと思うからです。

そう考えてくると、私たちにとって大切なのは、
子供たちの環境からいっさいの「悪」を排除することではなく、
多少の「悪」を受け容れながらも、取り返しのつかない事態になる前に、
ギリギリのところでブレーキをかけられる心を育てることではないか、
この映画を観ながらふとそんなことを考えてみました。


昨日の女子フィギア、安藤美姫選手が出るまでは、
何とかがんばっていたのですが、
結局、村主章枝選手と荒川静香選手が出る前に、ダウンしてしまいました。
そしたらよりによって、その2人が素晴らしい演技をしたそうな。
相変わらず、「大事なところ」を見逃してしまうサワダでした。
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by sawayoshi45 | 2006-02-23 00:05 | 教育のこと | Comments(0)

春の訪れ?

最近、重いテーマばかり書いているうような気がするので、今日は軽めに。

今日の札幌は、とても暖かく、春の訪れを感じる1日でした。
この2、3日で雪もだいぶ融けたようです。
このまま、一気に融けてくれればと思いますが、
天気予報によると、この陽気はどうやら明日までで、
あさってからは、また気温がグッと下がるそうです。
「世の中そんなに甘くない!」といったところでしょうかね。

そして、北海道の公立高校受験まであと2週間と迫りました。
受験生には、
「あまりプレッシャーをかけ過ぎないように」との思いが半分、
「もっとがんばってくれよ!」という思いが半分、
毎年のことではありますが、なんだかもどかしい思いをしています。

このブログのタイトルどおり、
受験生みんなに、サクラが咲いてくれればいいんですが・・・。
まあ、こればかりは「神のみぞ知る」といったところですね。

ところで、今がんばって勉強に取り組んでいる受験生には、本当に申し訳ない話ですが、
いよいよ女子フィギアスケートが始まります。
今回はなかなかメダルが取れず、苦戦している日本ですが、
何とかこれで、とって欲しいものですね。

もちろん「自分勝手な期待」であることは、重々承知しておりますが、
荒川静香選手村主章枝選手、そして安藤美姫選手
今日は、おおいに期待して、応援させていただきます。

さあ、今日も気合を入れて起きてるぞ!っと。
それにしても、外国人選手って、名前だけで強そうな気がするのは何でだろう?
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by sawayoshi45 | 2006-02-22 00:08 | 自分のこと | Comments(2)

園児刺殺事件について思うこと

滋賀県長浜市で起きた幼稚園児刺殺事件
その後の報道を聞く限りでは、
「周りの子が悪いから自分の子がダメになる」という、
まことに自分勝手な理由による犯行のようです。
しかも、「近くにいる子なら誰でもよかった」とのこと。
これはもう「無差別殺人」といっても、いいのではないかとさえ思えてきます。

ただ、このような事件が起きると、
どうしても「加害者の卑劣さ」と「被害者への同情」だけに焦点が集まりますよね。
「かわいい子供たちの命を奪うなんて、こんな人間は許せない!」。
ほとんどの方はそう思っているのではないかと思います。

もちろん、私も同じ気持ちに変わりはありませんが、
この気持ちの中には
「自分は絶対、罪を犯すような人間ではない!」
という、ある意味「自信」が見え隠れしているような気がしてなりません。
でも、本当にそう言いきれるでしょうか?

加害者を擁護する気持ちはまったくありませんが、
「もし自分がこの加害者と同じ立場だとすれば・・・」
と考えてみる必要もあるのではないか、
「あまのじゃく」な私は、どうしてもそう思ってしまいます。

加害者を、ただの「異常者」として、片付けてしまっては、
同じような犯罪は後を絶たないのではないでしょうか。

この容疑者は中国国籍だったそうです。
詳しい事情はまったく知りませんので、これはあくまで私の推測に過ぎませんが、
多少なりとも、差別のようなものがあったのではないかという気がしないでもありません。
いや、意識の中で差別しているつもりはなかったとしても、
ちょっとした言動の中に、そう感じられる部分がなかったとも限りません。

たとえそれが容疑者の単なる「被害妄想」だったとしても、
そう思わせる「何か」があったのではないかという気がします。
もし私がこの容疑者と同じ立場で、そんなことがあったとすれば、
「殺人」とまではいかなくても、何らかの犯罪に手を染めてる可能性は、
絶対にないとは言い切れません。

私は、推理小説が好きで、普段からよく読んでいますが、それを読むと、
「状況によっては、誰でも犯罪者になる可能性がある」
ということが、よくわかります。

まあ、小説は「つくりもの」と言われればそれまでですが、
こういったことを意識するかしないかで、
日常の生活の仕方も、多少なりとも変わってくるのではないかと思います。

「日本人は、危機管理がなっていない」と、よく言われますが、
「危機」とは、外部からの働きかけだけによるものではないと思います。
「自分自身の心の危機管理」も必要なのではないか、
ふとそんなことも思ってみました。

事件の真相は、まだ闇の中ですが、
私たちにできることは、この事件の「背景」をしっかりと見据え、
それを、自分自身の生活に活かすことなのではないかと思います。
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by sawayoshi45 | 2006-02-21 00:09 | 世間のこと | Comments(0)

親友の「死」から学んだこと

多分、北海道だけでの放送だったのではないかと思いますが、
昼のテレビで「13歳の遺言」という番組をやっていました。
昨年の9月に放送された番組の再放送らしいので、
すでにご覧になっている方もいらっしゃるかも知れません。

私は今日初めてその番組を観たわけですが、
それを観ながら、もう20年以上も前の出来事がよみがえり、
昨日に引き続き、またもや涙ぐむという失態(?)を演じてしまいました。

実は私も13歳のとき、同級生の親友を失っています。
彼とは小学校からの友達で、よく悪さをしては、先生に叱られていたのを憶えています。
もちろん中学校も一緒でしたが、中1の後半から、彼は学校に顔を見せなくなりました。
肺ガンということでした。

何度かお見舞いにも行きましたが、日に日に髪が抜け、
元気がなくなっていく彼を見るのは、まだ13歳だった私には、辛すぎる体験でした。
約半年の闘病生活の末、彼は息を引き取りました。
不思議と涙は出ませんでした。

彼の葬儀では、友人代表として、
生まれてはじめて弔辞を読むという大役を担いましたが、
そのときは頭が真っ白だったせいか、何を言ったのかまったく憶えていません。
人間、あまりにショックが大きいと、
涙すら出なく、その記憶もなくなくなるというのは、どうやら本当のようです。

彼が自らの「死」をもって、私に教えてくれたこと。
それは「人間、生きているだけで幸せ」ということです。

生きたくても生きられなかった彼のことを思うと、
少々辛いことがあっても、不満なんか言っていられません。
もちろん、私も人間ですから、「欲」もあれば、ときには「不満」を持つこともあります。
でも、そんなときは、いつも彼のことを思い出すようにしています。

昨日の番組でアシュリーちゃんが言っていた「人生は不満を言うほど悪くない
といった言葉も、きっと同じようなことを教えてくれているのではないかと思います。

私の好きな言葉に、「少欲知足(しょうよくちそく)」という言葉がありあす。
仏教用語のようですが、意味は文字通り「欲を少なくして満足を知る」ということ。
不満を持つのは、結局のところ、「欲」が大きいという証拠。
その「欲」を少なくしさえすれば、
「不満」もなく、楽しい生活が送られるということではないでしょうか。
これからも、この言葉を肝に銘じて、生きていければと思います。

彼が亡くなってから今年で23年。
あと3年で、私も彼の3倍の月日を生きることになります。
その間、自分が今までしてきたことを振り返ると、正直、恥ずかしい限りですが、
まあ、これからの人生で何とか取り返していければと思っています。

もしかしたら、「オレのことをネタにしやがって!」と怒っているかもしれませんね。
まあ、それはそれで、
いつか天国(自分が天国に行けるかどうかはまだ定かではありませんが・・・)で、
会うことがあったら、謝ることにしようっと。
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by sawayoshi45 | 2006-02-20 00:02 | 人生のこと | Comments(2)

難病と闘う子供たち

先日、TBSで「難病と闘う子供たち」という番組が放送されていました。
私は録画しておいて、それを今日観たわけですが・・・、

皮膚がどんどんはがれ落ちる先天性魚鱗癬(ぎょりんせん)。
痛みを感じることも、汗をかくこともできない無痛無汗症。
突然、体の機能が失われていくレット症候群。
太陽の光を浴びることができない色素性乾皮症(XPともいうそうです)。

世の中には、私たちが知らない病気を背負った人たちがたくさんいること、
今さらながら思い知らされました。

たいした苦労もしたことのない私のような人間が、
こういったことを言うのも、本当におこがましい限りですが、
この番組に登場した子供たちも、その病気の子供たちを見守る親御さんも、
とても明るく、前向きな姿に感動しました。

それと同時に、お金がどうの、仕事がどうのといった自分の悩みが、
すごくちっぽけなものに感じられ、とても恥ずかしい気持ちにもなります。
こういった番組をみると、すぐに涙ぐむようになったのも、年のせいでしょうかね。

さらに今日の「サイエンスミステリー4」という番組では、
普通の人よりも10倍近くの速さで老化が進行してしまう
プロジェリアという病気(世界に30人ほどいるそうです)と闘っている
アシュリーちゃんという14歳の少女が出ていました。

彼女が最後に言った
人生は不満を言うほど、悪くない」という言葉がとても印象的で、
またしても涙ぐんでしまった私です。

ところで、昨日の記事で、私は「無知」だからこそ、人を簡単に批判できると書きました。
スポーツ選手の気持ちを理解するには、自分もそのスポーツをやることです。
勉強で苦しんでいる子供の気持ちを理解するには、自分も勉強することが必要です。
その人の苦しみを知るためには、その人の立場になることだと思います。

でも、病気の子供の気持ちを理解するために、自分が病気になることは不可能ですよね。
そんな私たちにできることといえば、
世の中には、そういった人たちがいるという現実を「知ること」であり、
また「知ろうとする努力」をすることではないかと思います。


昨日も書きましたが、「無知ほど恐ろしいものはない」、
これらの番組を観て、改めてそう思いました。

それにしても、こういった境遇の中でも、明るく前向きに生きている人たちがいれば、
他人の子供を2人も刺殺してしまう母親もいる。
この違いは、いったいどこからくるんでしょうかね?
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by sawayoshi45 | 2006-02-19 00:00 | 人生のこと | Comments(3)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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