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何くれる?

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明日から7月です。
妻は今日ティッシュを買いだめし、
明日はバーゲンだと張り切っております。
う~ん、女性は強し・・・。




「先生、次のテストで80点取れたら、何くれる?」
「褒めてあげる」
「それだけ?」
「うん、それだけ!」

受け持って間もない生徒と、こういった会話になることがたまにあります。

塾によっては、「90点取れたら焼肉」などといった「ご褒美」を約束して、
子供たちに「やる気(?)」を出させようとするところもあるようですが、
私はこういった要望には、いっさい応じないようにしています。

ですから、3か月もすれば、私にこういうことを言ってくる生徒はほとんどいなくなります。

人間の欲望にはキリがありません。
焼肉やゲーム程度で済むならまだしも、
いずれは「大学受かったら車買ってくれる?」「就職したら家買ってくれる?」と、
子供の要求はどんどんエスカレートしていくかもしれません。
(まあ、「ウチはそれでもいい」というご家庭なら話は別ですが・・・)

「そんな大げさに考えなくても・・・」と思った親御さん。
覚醒剤などの薬物中毒も最初はほんの出来心。
「この程度なら・・・」から始まっていることをよく考えてください。

子供の「やる気」をモノで釣ろうとするのは、勉強に対する侮辱だと思います。

勉強の「ご褒美」は、
「本気で取り組んだ」という満足感、充足感を味わえること。
それで十分ではないでしょうか。
それ以上を求めるのは、贅沢というものです。

そもそも学校によっても、作る先生によっても、時期によっても難易度が違うテスト。
中学校のテストと高校のテストではまた事情はかなり変わるわけで、
それを一概に「80点取れたら・・・」といった基準を設けること自体、ナンセンスだと思います。

人間の「がんばり」は、点数だけで判断できるものでもありません。
ヘタに子供たちに「不公平感」を植え付ける可能性があるなら、
最初からやらないほうがマシだと思っています。

私は教え子たちを、「ご褒美がなければ何もしない人間」に育てたくはありません。
たとえ「ご褒美」がなくとも、勉強の意味をよく考え、
今やるべきことを考えて行動できる人間になって欲しい、そう思っています。

「そんなのただのきれい事じゃん!」と思った方。

たしかに「きれい事」かも知れません。
でも「きれい事」を「きれい事」にしか感じないということは、
自分がそれだけ汚れている証拠とも言えるのではないでしょうか。

もちろんこの私も、汚い部分、醜い部分をたくさん持っている人間のひとりです。

でも、自分が今までお世話になってきた教育の世界でだけは、
なるべく「きれい事」を貫いていきたい。
そう思っています。
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by sawayoshi45 | 2006-06-30 23:59 | 教育のこと | Comments(9)

あるべき所にあると気付かない

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とてもさわやかな1日でした。
雨が続いた後だけに、
ちょっと上機嫌のサワダです。




見た目では、他のものとあまり変わらないのですが、
実は時価数億円と言われている指輪をあなたが持っていたとします。
(「実際そういった指輪があるのか?」というツッコミはあえてしないでくださいね)

当然、あなたはその指輪を誰かに盗まれたくはありません。
では、盗まれないための一番の方法は何だと思いますか?

答えは、「当たり前のようにその指輪をつけて、生活すること」だそうです。
ヘタに自慢して人に見せびらかしたり、
厳重な警備で保管したりしようとするから狙われる。

普段の生活で、それを当たり前に使っていれば、
誰もそれが高価なものであることに気付かない、ということですね。
まあ、実際はそういう心境にはなかなかなれないでしょうけど・・・。

でもこの話は、
人間「あるべき所にあると、そのありがたさに気付かなくなる」
ということを教えてくれているような気がします。

その最たる例は、「幸せ」でしょうか。
私たちは「幸せとはこういうものだ」という幻想を勝手に抱いて、
そうなれない自分にイライラしたりします。

でも本当の「幸せ」とは、もっと身近なところにあるもの。
近所の人と挨拶を交わしたり、
友人とくだらない話が出来たり、
美味しく物を食べられたり、
暖かい布団で寝られたり、
といったところにあるのではないかと思います。

その「身近な幸せ」に気付いて生活している人、果たしてどれだけいるでしょうか?

物質的には豊かな世の中。
自分が十分恵まれていることにも気付かず、
つい「ないものねだり」をしている人が多いのではないでしょうか?
(あっ、何だか偉そうに書いていますが、これは自分への戒めもかなり入っております・・・)

「幸せ」とはお金持ちになることでもなければ、有名になることでもない。
あるべき所にある「身近な幸せ」に気付き、それに感謝の心を持てること。
私なりには、そう思っています。

でもこれってやっぱり、貧乏人のひがみ?
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by sawayoshi45 | 2006-06-29 23:59 | 人生のこと | Comments(2)

儲かる仕事

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ワールドカップ。
ヨーロッパ6ヵ国に南米2ヶ国ですか。
やはり前評判通りの国が残るものですね。
世の中、奇跡は起きないってこと?



「先生、儲かる仕事って何ですかねぇ?」

こんなことを、この私に聞くこと自体、ナンセンスというものですが、
まあ、中高生のお年ごろ、私も若い頃は同じようなことを考えたことがあるので、
子供たちの気持ちもわからないでもありません。

「どうせ働くなら、儲かる仕事がしたい」。
程度の差はあれ、きっと多くの人が持つ感情だと思います。

私だって「お金が欲しい」という気持ちはもちろんありますし、
そのために働いていることも確かです。
でも、「そのためだけ」でないことも確かです。
「そのためだけ」なら、きっと違った仕事をしているはずですから・・・。

「儲かる」の「儲」という字は「信者」と書きます。
つまり「儲かる」ということは、
自分の「信者」をどれだけ獲得できたかということだと思います。

まあ、「信者」というと、何だかどこかの宗教団体をイメージしてしまいそうなので、
「信頼」と言い換えても良さそうですね。

自分を「信頼」してくれる人を、どれだけ獲得できたか。

「儲かる」か「儲からない」かを考える前に、
自分が人に信頼されるべき人間であるかどうかが問題なんじゃないかな?」と、
私は生徒に答えるようにしています。

では、人に信頼されるためにはどうしたらいいか。

約束を守らない。
時間も守らない。
人の話を聞かない。
自分のことしか考えない。

そんな人間を信頼してくれる人はあまりいないはず。
「儲かる」というのは、信頼の連鎖。
その連鎖をつくっていくためには、
まずは身近な人たちに信頼してもらうことを考えるほうが先ですよね。

まあ、だからといって、「信頼」を得ることが出来さえすれば、
必ず「儲かる」というわけでもないと思いますけど・・・。

でも、いざとなった時に、「救いの手」を差し伸べてもらえるかどうか。
それは、どれだけ身近な人の「信頼」を得ていたかどうかにかかっているのではないか。
そんな気がします。

「儲かる」か「儲からない」かは、あくまで結果。
そんなことで悩む前に、今の自分が、やるべきことをやっているかどうか。
周囲から「信頼」を得られる人間になっているかどうか。
そこを考えるほうが先だと思います。

ところで、今の私に「信者」はいったいどれくらいいるんでしょう?
う~ん、考えると何だか自分がミジメになりそうなので、今日はこのへんで・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-06-28 23:42 | 人生のこと | Comments(4)

愛情と理性

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有名になればなるほど、危険も大きくなる。
これも正負の法則?
このブログも、あまり有名にならないよう
気をつけなくちゃ!
って、そんな心配はまったくなさそうですが・・・。




「子育てや教育に必要なのは愛情と理性であって、感情は必要ないのよ」

あるテレビ番組で三輪明宏さんがおっしゃっておりました。
「怒ると叱るとの違い」というのが、よく例に出されますが、
「怒る」のが感情で、「叱る」のが愛情と理性、といったところでしょうかね。

そう言われると、たしかにその通りだと思います。
でも、まだまだ人間的に未熟な私にとっては、
感情を完全にゼロにして、「叱る」ことはとても難しいです。

私も人間。
過去を振り返ってみても、現在においても、
子供に腹を立てながら、説教していることも正直あると思います。

宿題もやらない。
課題もやらない。
それでいて、ラクに成績を上げたいと思っている。

そんな子供を前にして、「怒り」の感情をまったく持たずして、
「叱る」というのは、私には不可能のような気がします。

まあ、そういった意味では、人間としても教育者としても、
まだまだ未熟の域を超えられない私ですが、
そんな私でも、「感情」を「愛情」にすり替えて、
子供を支配しようとすることはしないように気をつけているつもりです。

「私はあなたのためを思って・・・」
「あなたのことを思うからこそ・・・」

こういった言葉で飾って(ごまかして?)、何かとクチを出してきては、
子供たちを支配しようとする大人はたくさんいます。

「愛という名の支配」
「教育という名の虐待」
といってもいいのではないかとさえ思っています。

まあ、私自身、性格上、束縛されるのを極端に嫌う人間なので、
特にそういった感情が強いのかもしれませんけど・・・。

私はこういった人のことを、「善魔」と呼んでいます。
とても「いい人」の顔をして近づいてきては、他人にいろいろクチを出してきて、
自分の思い通りに人を動かそうとする。

口癖は「あなたのためを思って・・・」。
言っていることはたしかに正論で、反論のスキも見せない。
ちょっと反論しようものなら、たちまち涙を流す悲劇の主人公。
傍から見れば、まるでこちらが悪者です。

ある意味、見た目でわかる「悪魔」よりも、タチが悪いような気がします。
みなさん、「善魔」には気をつけましょう!

って、何か趣旨が変わってしまったような・・・。
しかも「感情」がかなり入ってるし・・・。
やっぱりまだまだ未熟なサワダでございます。
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by sawayoshi45 | 2006-06-27 23:48 | 教育のこと | Comments(2)

人付き合いは腹6分

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九州の方には申し訳ありませんが、
今日の札幌は快晴、夏日でございます。
アイスを食べながら、
夏気分を味わっているサワダです。



もう十年以上、お世話になっている近所の床屋さんがあります。
今日もお世話になり、私は気分スッキリです。

十年以上、私の剛毛を切り続けているわけですから、
きっと今までに、何本もハサミをダメにしてきたはずなのに、
文句ひとつ言わずにいつも笑顔で切ってくれます。
ホント、出来たお方でございます。

と冗談はさておき、
十年もの付き合いですから、外であったときなどは、もちろん挨拶は交わします。
でも、その床屋のおじさんも奥さんも、私の名前は多分知らないと思います。
聞かれたこともありません。

私が教える仕事をしている人間であることは、話をしたことがありますが、
私が具体的にどういった活動をしているかまでは、多分知らないと思います。
私も、そのおじさんが近所の床屋さんであること以上のことは、知りませんし、
それでいいと思っています。

行けば、くだらない話なんかはよくして帰ってきますが、
お互いの領域に踏み込むような話はしたことがありません。

まあ、相手も商売ですから、向こうは向こうで、
多分こちらに気を遣ってくれてのことだと思いますが、
これが私には何とも心地よく、ずっと通わせていただいております。

お店によっては、仕事のことや趣味のことなど、いろいろ聞いてくるところがあります。
向こうはそれが「サービス」だと思ってのことでしょうが、
正直言って、私はそういった「サービス」が苦手です。
そういったお店には二度と行くことはありません。

「人付き合いは、腹6分でちょうどいい」と言われます。

相手と長く付き合いたいと思うなら、相手の領域に土足で入り込むようなことはせず、
ある程度の距離を保ちながら付き合うのが大切、といったところでしょうか。

「腹6分」というのが、実際のところ、どの程度のことを言うのか、
正直私にはよくわかりませんが、
自分の経験で考えてみても、たしかにその通りだなという気はします。

実際、私が長くお付き合いさせて頂いている人は、
いい意味で、ある程度の距離をおいて付き合っていただいているような気がします。

異常に慕ってくれる人というのは、そのときはたしかに嬉しいのですが、
逆に言えば、去っていくのも早い人たちが多いような気がします。
相手への期待が大きく、それに見合わなければ、見捨てるのも早い。
こっちがダメならあっちと、次の対象を見つけるのに必死なんでしょうね。
アイドルの「おっかけ」とさほど変わらないような気がします。

そんなわけで、私も教え子たちとプライベートで会うようなことは、まずありません。
子供たちには子供たちの世界があるわけで、
そこに大人が必要以上に入り込むことは、あまりよくないことだと思っています。

週に1回か2回、授業で顔を合わせられれば、それで十分だと思います。
まあ、子供たちからすれば、プライベートまで、
クチうるさいオッサンと付き合いたくないというのがホンネでしょうけどね・・・。

手元を離れた教え子たちが、
その後、何の連絡もしてこないのを寂しいと思う先生方もいらっしゃるようですが、
私はそうは思いません。

逆に、「新しい世界でうまくやっているんだろうな」と安心します。
風のウワサかなんかで、元気でいることがわかれば、それで十分です。
「便りがないのは、良い知らせ」とも言いますからね。

以上、
「たまには電話ぐらいしてきなさい!」といつも母親に叱られている、
「親不孝者」のサワダの言い訳でした。
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by sawayoshi45 | 2006-06-26 23:42 | 自分のこと | Comments(4)

心のメンテナンス

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巨人どうしたんでしょう?
アンチ巨人の私ですが、
だからこそ、巨人が強くないと、
いまいち燃えてこないのよね。




日々の生活に感謝の気持ちを持ち、幸せを感じながら生きている人は、
人の幸せも素直に喜ぶことが出来ます。
自分の生活に、どこかで不満を持ちながら生きている人は、
人の幸せを妬み、人の不幸を喜びます。

自分の心に余裕を持って生きている人は、
人の欠点を受け容れることも出来るし、人の失敗を許すことも出来ます。

逆に、自分の心に余裕のない人は、
人のあら探しばかりをして、人の悪いところばかりを見ようとします。

同じものを見たり、同じことを聞いたり、同じ人と接したとしても、
その感じ方、捉え方は、
結局のところ、その人のその時の心の状態が大きく左右するのではないかと思います。

映画評論家の故淀川長治さんは、
生前、「私は今まで嫌な人に会ったことがない」と言っていたそうです。
どんな人間も必ず「いいところ」を持っている。
彼は、相手のその「いいところ」を見つけるのがとてもうまい人だったそうです。

これは何も、彼が特別な才能を持っていたということではないと思います。
相手の「いいところ」に気付ける人ということは、
ある意味、相当な「心の広さ」を持っていた人と言えると思います。

そして、その「心の広さ」は、結局のところ、
彼が普段の生活に満足し、楽しみながら過ごしていたからこそ、
持てるものではないかと思います。

相手のちょっとした言葉やしぐさに腹を立てる。
これはきっと誰にでもあることだと思います。
もちろん、私にもあります。

でも、そういった自分を冷静に振り返ってみると、
相手がどうこうというよりも、
そのときの自分の心に原因があることが多いような気もします。

なんかわからないけど、ムシャクシャしていたり、ムカついたりしているときは、
相手の何げないひと言に腹を立てることが多いでしょうし、
逆に、いい気分でいるときは、
ちょっとしたことは、笑って済ませられることが多いのではないでしょうか。

人と接する仕事をしている以上、
相手をどうこう動かそうと思うよりも、
まずは自分の「心のメンテナンス」をしておくことが、大事なことなのかなと思います。
まあ、当たり前のことですけど・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-06-25 23:31 | 人生のこと | Comments(4)

不条理な世の中

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奈良の放火事件。
教育熱心が行き過ぎたゆえの悲劇だそうな。
何とも痛ましい事件です。
何事もほどほどが一番ですね。




世の中は、不条理です。

一生懸命勉強した人が、必ずしも成功するわけではありません。
マジメにコツコツ働いている人が、必ずしも幸せになれるわけではありません。
成功者と呼ばれている人が、必ずしも人間的に優れているというわけではありません。
(これは成功者と呼ばれる人に対する私の嫉妬も多少入っているかも・・・)。

そんな「不条理な世の中」に腹を立て、
「勉強するのはバカらしい」
「マジメに働くのはバカらしい」と思うのは本人の勝手です。

でも、だからといって、
「勉強している人」「マジメに働いている人」にとやかく言う権利は誰にもないし、
「あの人は勉強ばかりしている」「お金にもならないのに、よくやっているよね」・・・、
というのは、何もしない人の言い訳に過ぎないと思います。

スポーツがとりわけ得意な人には、スポーツ選手という道があります。
絵を描くのがとりわけ得意な人には、画家や漫画家という道があります。
文章を書くのがとりわけ得意な人には、作家という道があります。

でも、私も含めて、そういった特殊な才能を持っていない(と思う)人は、
いったい何をしたらいいんでしょう?

言うまでもありません。
学生なら、勉強。
社会人なら、目の前にある仕事だと思います。

そういった目の前にある勉強や仕事にしっかり取り組むことも出来ない人が、
将来「大きな仕事」が出来るとは、私には思えません。

「あいつは勉強しか出来ない」と、「勉強もしない人」が言います。
でも、「勉強しか出来ない人」というのは、ウラを返せば、「勉強は出来る人」です。
「何も出来ない人」よりは、よっぽどマシだと思います。

あっ、ここで言う「勉強の出来る人」というのは、
「いい点数が取れる人」ではなく、
「勉強を通じて努力できる人」ということですので、誤解しないでくださいね。

勉強をしたから、将来幸せな生活が出来るとは限りません。
一生懸命仕事をすれば、将来お金持ちになれるとも限りません。

そういった意味では、たしかに「不条理な世の中」だと思います。

でも、そういった「不条理な世の中」を受け入れながらも、
「今の自分に何が出来るのか」
「自分にとって何が大切なのか」をよく考えて、
「自分なりの幸せ」を見つけて生きていくことが、大切なのかも知れませんね。
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by sawayoshi45 | 2006-06-24 23:59 | 人生のこと | Comments(6)

与える教育、奪わない教育

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1点リードまでは興奮状態だった私も、
同点に追いつかれると同時にダウン。
さすが世界最強チーム、ブラジル。
素人目から見ても、
強さは明らかでしたね。




教育や子育ては「与えること」が前提です。

「愛情を与える」のはもちろんのこと、
「衣服を与える」「食事を与える」・・・・・、
そして子供たちにとって、「住み良い環境を与える」ことも、私たち大人の役割です。

でも、物質的には豊かな世の中。
「与え過ぎる」ことで、逆に子供たちから「奪っている」可能性もあるということも、
忘れてはいけないことだと思います。

例えば、「美味しいものを与え過ぎる」ことで、
子供たちから「健康を奪っている」かもしれません。
「いい教育環境を与え過ぎる」ことで、
子供たちから「考える機会を奪っている」かもしれません。

子供が欲しがるものを何でも「与える」ことが、
子供から「忍耐力を奪う」ことは、今さら言うまでもないことですね。

「子供をダメにする一番の方法は、子供が欲しがるものを何でも与えること」
という言葉もありますからね。

日本は、中学校までは義務教育。
子供たちは何もしなくても、教科書をタダで手に入れることが出来ます。
子供たちの意識の中にも、「教科書はタダで貰えるもの」という意識が強いようです。

そのせいかどうかはわかりませんが、
多くの子供たちの教科書には、落書きがされています。
きっと授業中の暇つぶしに書いているんでしょうね。

まあ、私も子供の頃は、似たようなことをしていた記憶があるので、
それで子供を責めるつもりはないのですが・・・。

私は子供たちに、「教科書はタダじゃないよ!」とよく言っています。

「キミたちのお父さんやお母さん、近所のおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さんが、
一生懸命働いて納めた税金で、教科書は作られている。
キミたちは、近所の人たちがお互いお金を出し合って買ってくれたものを、
粗末に扱っていいのかな?」と、たまにエラそうに説教ぶって語ることがあります。

グローブやバットを粗末に扱う人間が、一流の野球選手になれるとは思えません。
ノコギリやカンナを粗末に扱う人間が、一流の大工さんになれるとは思えません。
同様に、教科書を粗末に扱う人間が、成績や学力を上げられるとは思えません。

いいグローブやバットを「与える」ことで、いい野球選手になれるわけではありません。
いいノコギリやカンナを「与える」ことで、いい大工さんになれるわけではありません。
同様に、いい教材を「与える」ことが、成績アップにつながるわけではないと思います。

「与え過ぎる」ことで、
逆に子供たちから「やる気」や「意欲」を「奪っている」ことがないかどうか、
今一度、考えてみる必要があるのではないかと思います。

「与える教育」はもちろん必要なものだと思います。
でも、それ以上に「奪わない教育」が、これからの時代、必要になってくるのではないか、
そんな気がします。
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by sawayoshi45 | 2006-06-23 23:45 | 教育のこと | Comments(4)

いい塾、いい先生、いい教材

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いよいよ明日はブラジル戦。
といっても、朝の3時半からって・・・。
みんな、もう朝に備えて寝てんのかな?




「塾や家庭教師は、頼るものではなく、利用するもの」。
私が子供たちによく言っている言葉です。

教え子たちには、
「私に頼るのではなく、自分の勉強のために私を利用しろ!」と言っています。

「どうせ後で、先生に教えてもらえばいいや」
「塾で勉強したから、今日はもう勉強しなくていいよね」
「塾の宿題さえやっていれば、何とかなるんじゃない?」

これは、塾や家庭教師に頼りきった考えだと思います。
そういった考えを持っているうちは、「自立した勉強」には程遠いですし、
本当の意味での学力向上には、つながらないと思います。

私も含めて、多くの塾や家庭教師は、子供たちに教材(プリント)や宿題を与えます。
でもそれは、ただ「やればいい」というものではありません。
そういった気持ちで、教材や宿題を与えている先生は、まずいないと思います。
というか、そう信じたいです。

「いい塾に通いさえすれば、成績が上がるかも・・・」
「いい先生に教えてもらいさえすれば、成績が上がるかも・・・」
「いい教材をもらいさえすれば、成績が上がるかも・・・」

これは単なる妄想だと思います。
どんなに「いい塾」「いい先生」「いい教材」に出会えたとしても、
それを有効利用できる人間でなければ、
自分の「血」や「肉」にすることは出来ないと思います。

「いい塾」「いい先生」「いい教材」を求めて、
いつまでも彷徨っていても問題は解決しません。

「いい塾」「いい先生」「いい教材」ではなく、
「どんな塾」「どんな先生」「どんな教材」でも、
自分の勉強のために、利用できる人間になることのほうが大事なのではないでしょうか?

そういったことを子どもたちに伝えていくのも、私の仕事のひとつだと思っています。

高級食材がなければ、美味しい料理を作れない料理人と、
冷蔵庫の中にあるものだけで、とりあえず何かを作れる主婦であれば、
私は迷わず、主婦の方を尊敬しますし、
子供たちにも、そういった人間に育って欲しいと思っています。

ただ、すべての子供たちがそうなってしまっては、間違いなく私は廃業。
う~ん、ちょっと複雑・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-06-22 23:35 | 家庭教師のこと | Comments(6)

続ける勇気、変える勇気

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昨日は妻の○回目の誕生日。
仕事を終えてから、
近所のお蕎麦屋さんでお祝い。
とってもじみ~な誕生会でしたが、
お蕎麦はとっても美味しかったです。





勉強でも仕事でも、
「ひとつのことをやり続ける」というのは、そう簡単なことではないと思います。
どこかで壁にぶつかったり、行き詰まりを感じたりということは、
きっと誰にでもあることではないでしょうか。

まあ、それだけ「ひとつのことをやり遂げる」というのは難しいことですし、
また、「やり遂げた」と思うのは本人の単なる思い込みであって、
本当の意味で、「やり遂げられた人」というのは、
世の中には、そう多くはいないのではないかと思います。

私自身、この10年ほどの間で、何度か転職を考えたこともあります。
私の場合は、その度に、たまたま「続ける」を選択して、
何とかここまで生き残ってきた感じです。

私が今まで「続ける」を選択してこられた理由。
それは、今までお付き合いさせて頂いた、
親御さんや子供たちのお蔭であることはもちろんなのですが、
やはり妻の存在が大きかったと思っています。

こんなことを書くのは少々照れくさくて恥ずかしいのですが、
妻は私の一番の「理解者」であり、「サポーター」だと思っています。
妻の支えがなかったら、今ごろ、私はまったく違った道を歩んでいたような気がします。
まあ、それが良いか悪いかはわかりませんが・・・。

人生の分岐点にぶつかったとき、人は「続ける」か「変える」かの選択を迫られます。
どちらを選ぶにしても、とても「勇気」が必要なことだと思います。

ただ、どちらを選んだとしても、
本人が真剣に悩んで考えた末に選んだものであるならば、
すべては「正しい選択」だと私は思います。

たとえ結果的に失敗したとしても、
そこから学べること、得られるものはきっと多いと思うからです。

一番やってはいけないことは、たいした考えもせずに、
「何となく今の仕事が面倒だから」
「あっちのほうが儲かりそうだから」といった浅はかな考えで、
簡単に「道を変える」ことではないかと思います。

これは「勇気」でも何でもありません。
たとえ、たまたま一時的に成功することがあったとしても、
決して「意味のある選択」とは言えないような気がします。
そんな選択をしている限り、きっと同じ事の繰り返しになるのではないかと思います。

「続ける」を選ぶのも、「変える」を選ぶのも、本人の自由です。
でも、そのどちらを選ぶにしても、本人が真剣に考え抜いたうえでの選択であれば、
結果はどうあれ、「意味ある選択」「価値ある選択」と言えるのではないかと思います。
少なくとも、私はそう信じています。

そんな私も、これから先、いつまで「続ける」を選択していけるかは、正直わかりません。
ただ、そういった分岐点に差し掛かったとき、
楽な方向に逃げるのではなく、悩むべき時にしっかり悩む「覚悟」を持って、
生きていきていくことが大事なのではないか。
そんな気がします。

ちなみに今日の記事は、
いつもコメントをくださるtea*roseさんのこの記事と、
彼女が昨日くださったコメントに刺激されて書いてみました。

私自身、tea*roseさんの悩みを具体的に知っているわけではありませんので、
もしかしたら、見当違いのことを書いているかもしれませんが、
まあ、それはそれで、一般論としての私の考えだと思って読んで頂けたらと思います。
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by sawayoshi45 | 2006-06-21 23:39 | 人生のこと | Comments(4)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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