<   2006年 07月 ( 22 )   > この月の画像一覧

ウワサ

f0015391_227931.jpg

3週連続の札幌の花火大会。
今日で終了でございます。
自宅から見える場所に住んでいながら、
ここ数年、見たことがございません。
まあ、それはそれでありがたいことでございます。




「悪いウワサ」は尾ひれをつけてあっという間に拡がりますが、
「良いウワサ」が拡がるには、ある程度の時間がかかります。

これは、私たちは相手を嫌いになるのは一瞬で出来ますが、
相手の良さを本当に理解するには、それなりの時間がかかるということだと思います。

何か物事を始めたら、早く結果を出したいと思うのは、
人間として当たり前の心理だと思います。
私も同じです。

ただ、結果を急ぐあまり、
焦って行動して結局失敗したという例も枚挙にいとまがありません。
これは、勉強も同じかもしれませんね。

「自分から動かなければ何も始まらない」。
たしかにその通りです。

でも、経済活動にしろ、社会活動にしろ、相手があって初めて成り立つもの。
相手に認められてナンボです。
自分の良さを相手にわかってもらうためには、
ある程度の時間がかかることも、覚悟しなければいけないと思います。

それに耐えられずに、自分の手で「良いウワサ」を拡げようとして、
必要以上に自分を大きくアピールする。
気持ちはわからないでもありませんが、
これではやはり疎まれることのほうが多いのではないかと思います。

結局、私たち人間は、
いくら頑張ったとしても、自然の流れに逆らうことは出来ないのではないかと思います。
流れを少しだけ速くする程度のことであれば、自分の力で何とかなることもあるでしょうが、
逆らうことは不可能だと思います。

ならば、あえて無理をせず、自然の流れに身をまかせた生き方をするのが、
賢明な生き方と言えるのではないかと思います。

ただ、「流れに身をまかせる」といっても、
もちろん、何もしなくてもいいということではありません。

身近な幸せに感謝する心を持ち、
目の前にある仕事、与えられた仕事に真摯に向き合っていくこと。
そうしているうちに、自然に「良いウワサ」が拡がり、
道は自然に出来るもの」になるのではないでしょうか。

まあ、いずれにしても、
あまり「ウワサ」ばかりに惑わされることなく、芯をしっかり持った生き方をする。
それでいて、間違いに気付いたら、素直に軌道修正をする謙虚さも併せ持つ。
そういった生き方が大切なのかもしれませんね。

そんな人間に私もなりとうございます。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-29 00:43 | 人生のこと | Comments(2)

評価

f0015391_2322631.jpg
今日の札幌は快晴!
久しぶりに気分の良い1日!
フトンもよく乾いたと、
妻も大喜びでございます。



子供たちが通知表を見せてくれます。
上がった生徒もいれば、思い通りに上がらなかった生徒もいます。

上がった生徒には、
「良かったね、これからもこの調子で頑張ってね!」、
上がらなかった生徒には、
「終わったことはしょうがない、この次頑張ればいいっしょ!」
とひと言だけ言って、それ以上ツッコミを入れることはしません。

その悔しさは、本人が一番感じているはずですから、
周りの人間がとやかく言うことではないと思っています。
あとは本人が反省し、今後の生活を見直していけばいいだけの話です。

私の教え子たちは、通っている学校がバラバラです。
子供たちの通知表を見比べると、学校によって評価がまったく違うことがよくわかります。
評価の基準が相対評価から絶対評価になってからというもの、なおさらそれを感じます。

私から見て同じような実力の持ち主であっても、
通っている学校によっては、5段階評価で2つも差があることがあります。
もちろん、普段の授業態度や提出物などの影響もあるのでしょうが、
逆に考えれば、評価なんてその程度のものでしかないとも言えそうです。
まあ、私の見る目が正しいかどうかはわかりませんが・・・。

でも、子供たちの通知表ばかりに限りません。

私たちが、「あの人はいい人だ」「あの人はイヤな人だ」という他人に下す評価も、
かなり主観的なものに過ぎません。
ある人にとって「いい人」が、必ずしもみんなにとっての「いい人」とは限りませんし、
その逆もありますよね。

塾に勤めているとき、
いかにもやる気のなさそうに見える先生が、意外と生徒に人気があったり、
一生懸命がんばっている(ように見える)先生ほど、生徒には人気がなかったり、
というのはよくあることでした。
大人の下す評価と子供の下す評価がまったく違うということなんでしょうね。

私たちは、自分に都合の良い評価を鵜呑みにし、
自分に都合の悪い評価にはつい目をつぶってしまいがちです。
私も含めて、教育という世界に携わっている人には、
特にその傾向が強いような気がします。

自分を良く評価してくれる生徒や親御さんは「いい人」で、
自分を悪く評価してくる生徒や親御さんは「何もわかっていない人」というように・・・。

お恥ずかしながら、私も昔はよくやらかしておりました。
いや、今でもそういった一面がまったくないとは言えません。
でも、それでは教育者としての成長はないですよね。

批判されていい気分になる人はいないと思います。
もちろん私だって腹が立つこともあります。

でも、批判されるということは、自分にもその原因が必ずあるはず。
どんな理由であれ、人の評価にはしっかり耳を傾け、
自分が今までしてきたことを反省する姿勢だけは忘れないようにしたいと思います。

まあ、いずれにしても、人を評価するって難しいですよね。
自分が人に下す評価も含めて、
人が人に下す評価ほど曖昧で、あてにならないものはないのかも知れません。

ただ、少なくとも、自分から「悪意の種」をばら蒔くことだけはしないよう、
気をつけたいところでございます。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-25 23:23 | 人生のこと | Comments(6)

夏休み

f0015391_23505948.jpg
今日は土用の丑の日。
我が家も、ちょっと奮発(無理?)して、
うなぎを頂きました。
さあ、夏期講習がんばろう!



札幌の公立学校は今週から夏休みでございます。
私も一応、夏期講習というものもやっております。

ブログを書いている影響かどうかはわかりませんが、
こんな私も、今年の夏休みはちょっとだけ忙しくなる予感。
大変ありがたいことです。

普段は重役出勤(?)で、のんびりやっている私ですが、
朝からフル活動という日も出てきそうです。

そんなわけで、夏期講習の準備やら何やらで、
これからちょっとの間、更新頻度が下がるかと思いますが、
どうかみなさん、ご了承くださいませ。

まあ、といっても、2日か3日おきには、なるべく書くようにしますので、
たまには覗いてやってくださいね。

それでは、明日からは早起きの生活になりそうなので、今日はこのへんで・・・。
おやすみなさいませ。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-23 23:54 | 自分のこと | Comments(6)

自然体

f0015391_0353626.jpg
札幌は2度目の花火大会。
妻と義母と義姉と甥っ子は、
たっぷりと堪能してきたご様子。
男はいつも蚊帳の外でございます。



最初のデートで、高級料理店で食事をしたり、
高級品の贈り物をし合ったりといったカップルは、長続きしないと言われます。

一度ウソをつくと、そのウソを隠すために、さらにウソを重ねていくのと同様、
最初に見栄を張ってしまうと、
その関係を持続させるために、さらに見栄を張り続けなければならなくなってしまい、
いずれパンクしてしまう、といったところでしょうか。

もちろん、それが見栄ではなく日常と化している、ある一部の方の場合は別ですが、
一般庶民がお互い見栄を張りあったような関係は、いずれボロがでるのは明らかです。

そして、これは別に恋愛に限ったことではなく、
あらゆる人間関係においても、同じことが言えるのではないかと思います。

その人と、長く付き合っていきたいのであれば、
見栄を張らず、「自然体」で付き合うのが一番ではないかと思います。

実際、私が「ああ、いい人だなあ」と思う人は、私に対して「自然体」で付き合ってくれる方。
プライベートではもちろんそうですし、仕事を通じての関係も同じです。

長くお付き合いさせて頂いているご家庭の中には、
「あら、先生来てたのね」といった感じで、「自然体」で接してくれる親御さんがいます。
私がいてもお構いなし、といった感じで、隣の部屋で趣味に没頭しているお父さんもいます。

そういった空間、なんだかホッとします。
まあ、そのような親御さんですから、子供も余計なプレッシャーを感じることなく、
精神的にも安定していて、勉強にも集中でき、
結果、成績も上がるといったお子さんが多いような気がします。

私も依頼を受けるときは、なるべく「自然体」を心がけています。
「必ず成績を上げてみせます」といった、無責任な見栄は張りません。
自分に出来ないことは、正直に出来ないと言います。

それを納得してもらったうえで、仕事をお受けさせて頂いております。
後になって、「こんなはずじゃ・・・」とは、なりたくありませんからね。

あっ、そう言えば、ちょっと恥ずかしいのですが、
私は妻との初デートのとき、
近所のおばちゃんが一人で切り盛りしている、
行きつけの定食屋さんに連れて行ったような気が・・・。

何を食べたかは忘れましたが、ひとり500円程度の食事。
それでも妻は、「ああ、美味しかった! また連れてってね!」と言ってくれました。
こんな妻だからこそ、長く続いているのかなという感じがいたします。

まあ、もう10年以上も前の話ですけど・・・・・
あの頃はまだ・・・・・
あっ、いや、何でもありません・・・。

まあ、それはともかく、何事も長続きさせるためには、「自然体」が一番かも知れませんね。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-21 23:59 | 自分のこと | Comments(2)

早ければいいってもんじゃ・・・

f0015391_0102230.jpg
明日はオールスター!
札幌は2回目の花火大会!
お祭りムード満載です!
でもその時間、私はもちろん仕事です!



私は基本的に、先取り学習といったことは、しておりません。
学校の予習という形でほんの少しだけ、先のことを教えることはありますが、
基本的には、その子の学校の進度に合わせて授業を進めるようにしています。

主な理由は二つあります。

ひとつは、
先のことを教えすぎると、学校の授業を聞かなくなる生徒が出てくるからです。
「そんなの知ってるよ!」と言っては、学校の授業を疎かにする。
これでは本末転倒です。

また、先の勉強をしているというだけで、
他の生徒に優越感を抱いてしまう生徒も多いようです。
自分の教え子を、こういった生徒にはしたくはありません。

そしてもうひとつは、
塾や家庭教師は、あくまでウラの存在であるべきだという思いがあるからです。
特別な事情がある場合を除いて、子供たちの勉強のメインはあくまで学校。

塾の宿題が忙しくて、学校の宿題が出来ない。
これも明らかに本末転倒です。

私たちのような存在は、あくまでサポート役。
塾が学校より目立つ存在になるのは、教育の崩壊につながる。
私はそう思っています。

過去の生徒のお話。

大手の学習塾に通い、学校よりも一つも二つも先の単元の勉強をやっていました。
その進学塾の先生の話によると、
「先取り学習をしておけば、学校の授業が簡単になるはず」という理屈だそうです。

その割には、その子の成績は、決していいわけではありません。
「どうせ塾でやったから・・・」
こういった姿勢が、結局、成績の伸び悩みにつながっていたのだと思います。

お次は、ウチの妻のお話。

小学校高学年に近所の英会話教室に通ったことがあるそうです。
まあ、たいしたことをやっていたわけではありませんが、
それでも、中学校に入る前までには、
アルファベットや簡単な英単語の知識くらいはあったそうです。

でも、それがアダになりました。
他の生徒が、一生懸命アルファベットを練習している時に、
彼女は「そんなの知ってるよ!」と油断したそうです。

そして、「英語なんて簡単さ!」と思いながら、文法の勉強をサボっているうちに、
いつの間にか、英語がまったくわからなくなってしまったそうな。
その後の成績の急落ぶりは、みなさんご想像の通りということで・・・。

勉強も仕事も、しっかり地に足をつけた状態で、先に進むのならいいですが、
ただ、やみくもに早く進むことばかりを考えても、ろくな結果にはならない。
そんな気がします。

あっ、背後から冷たい視線が・・・・・
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-20 23:57 | 勉強のこと | Comments(4)

テストに出なければやらなくていい?

f0015391_0115253.jpg
プロ野球は前半戦終了。
我が中日は予定通り(?)首位で折り返し。
あとはロッテに頑張ってもらって、
中日対ロッテの日本シリーズ、楽しみだ!



「先生、その問題、テストに出ますか?」
「知らん!」

私もテスト対策、受験対策というものはしています。
「テストに出やすいから、しっかり覚えてよ!」という言い方をすることもあります。

でも、そのためだけに教えているわけではありません。
テストに出るか出ないかに関わらず、大事なことだと思うから教えているつもりです。

テストに出るから、覚えなければいけない。
テストに出なければ、覚えなくてもいい。

こういった発想は正直あまり好きになれません。

この発想はいずれ、
お金になるからやる。
お金にならないからやらない。

こういった人間を作り出す結果になるのではないかと思います。

人間は、多かれ少なかれ、損得勘定で生きている生き物だと思います。
もちろん、私にもそういった面はあります。

でも、損得勘定だけで生きている人間は、周りからは嫌われます。
自分の得になる(であろう)人間とだけ付き合おうとし、それ以外の人を見下す。

こういった行動を取るような人は、最終的に、誰からも相手にされなくなる。
私はそう思っています。

「一流になりたければ、一流の人間とだけ付き合え!」

他の世界のことはよくわかりませんが、
少なくとも教育の世界においては、これは当てはまらないと思います。

一流になりたいからこそ、いろんな立場の人のことを知る必要があります。
そんなこともわからないような人間を、私は一流だとは思いません。

自分についてきてくれる生徒ばかりを相手にし、ついて来られない生徒をバカにする。
これが一流の先生のやることでしょうか? 

こういった先生に教えられた子供たちは、
きっと同じような人間になってしまうのではないかと思います。

私は自分の教え子たちを、世の中の、嫌われ者にしたくはありません。

だからこそ、テストに出るか出ないかに関わらず、
自分のやるべきこと、自分にとって大事なことに気付ける人間になって欲しい。
そう思って指導しているつもりです。

というわけで、今日は、三流サワダの戯言ということで・・・。
(ん? 背後から「五流!」という声が聞こえたような・・・誰?)
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-19 23:59 | 教育のこと | Comments(4)

書くことは考えること

f0015391_093551.jpg
本州の方には申し訳ありませんが、
昨日からの雷雨、
ようやくおさまったご様子。
ふぅ~。



小学生の頃、作文や読書感想文を書くのが大嫌いでした。
宿題に出てもいつも後回し。
提出日ギリギリになって、無理矢理、行を埋めるように書いていたのを憶えています。

中学校では、「三行日記」(のようなもの)を提出するという課題がありました。
三行程度の日記を毎日書いて、翌日の朝に提出。
先生はそれをチェックして、ひと言コメントを添えて帰りに返却、といった感じです。

最初はとても苦痛でした。
「毎日毎日書くことなんて、そんなにないよ」と思いました。
課題だからしかたなく、イヤイヤ書いていた部分が多かったと思います。

ただ、後で先生に教えてもらいましたが、
三年間、毎日欠かさず提出し続けたのは、
クラスで私ひとりだけだったそうです(ちょっと自慢!?)。

あの頃は、イヤイヤ書いて(書かされて?)いましたが、
今思えば、あの課題があったからこそ、
今はさほど書くことを苦痛に感じなくなったのではないかと思います。

先生からのコメントに励まされたり、いい言葉や諺を教えてもらったり、
そういったことがあったから、書き続けることが出来たような気がします。

まあ、そういった意味では、このブログも一緒ですよね。
いつも読んでくれる方がいて、コメントをくださる方がいる。
だからこそ、書き続けることが出来る、そう思います。

あっ、話がちょっと逸れたので修正しますね。

人間は、書く前に考え、書きながら考え、書いてから考えます。
つまり「書くことは考えること」だと思います。

「頭でゴチャゴチャ考えるのではなく、手を使って考えろ!」

私がよく子供たちに言っている言葉です。
成績のあまり芳しくない生徒ほど、手を使っていないことが多いです。

頭の中だけで、「ああでもない、こうでもない」と悩んでいても、
頭が整理されることはないと思います。
自分の思いや考えを、文章にしたり図式化したりすることで、
はじめて自分の知識になると私は思っています。

教科書を何時間も眺めたところで、テストの成績は上がりません。
それは、テスト勉強とは言いません。

「勉強したのに成績が上がらない」という生徒の中には、
こういった生徒が、意外と多いような気がします。

自分の手を使って何度も書いて、頭ではなく体に覚えこませる。
そういった過程を経て、はじめて自分の知識になるのではないでしょうか。

漢字や英単語も、ただ覚えればいいというものではありません。
覚えたら、使えるようにならなければ意味がありません。
そのためには、自分の言葉で文章を書くクセを付けること。
やはりこれが一番だと思います。

「書くことは考えること」

これからも私は、書く前に考え、書きながら考え、書いてから考える。
この作業を出来る限り、続けていこうと思っています。
「継続は力なり」ですからね。

というわけで、みなさん、これからもよろしくお願い致します。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-18 23:59 | 勉強のこと | Comments(10)

すべては自分で蒔いた種

f0015391_23392079.jpg
「海の日」ならぬ「雷雨の日」。
バケツをひっくり返したような雨。
明日もそうらしい。
ちょっと憂鬱・・・。



自分で蒔いた種は、良くも悪くも芽を出します。

「情けは人のためならず」という言葉にもあるように、
「善意」という種を蒔けば、「善意」という芽が、
「悪意」という種を蒔けば、「悪意」という芽が顔を出してきます。

今の自分の姿は、過去の自分が蒔いてきた種が、芽を出した結果です。

ですから、今の自分に不満を持っている人は、
過去の自分の行いを振り返り、反省する必要があると思います。

そして、将来の自分を作るのは、今の自分の行いであることも、
決して忘れてはいけないことだと思います。

突然、目の前に神様が現れて、自分の願いを何でもかなえてくれる。
そんなこと、あるわけがありません。
いくら神頼みをしても、いくらご先祖様にお願いをしても、
自分で努力する覚悟のない人間を、神も仏も助けてはくれません。

「自分は誤解されやすいタイプ」
「自分は男運(女運)が悪い」
「自分のことを誰もわかってくれない」

こういうのを「自分病」と言うそうです。
こういう人ほど、
周りに対する親切心や、思いやりの気持ちが足りない人が多いそうです。

自分の不運を嘆く前に、
自分が今どれだけ身近な人たちに「善意」の種を蒔いているか、
振り返ってみる必要があるのではないかと思います。

まあ、そう考えれば、このブログも同じですね。
「気を分ける」と書いて「気分」。

自分が「いい気分」で書いた記事は、「良い種」となり得ますが、
自分が「悪い気分」で書いた記事は、「悪い種」になると言えそうです。

不特定の方々が読む可能性のあるブログ。
「悪い芽」が顔を出さないよう、
なるべく「いい気分」のときに書くよう、気をつけたいところでございます。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-17 23:43 | 人生のこと | Comments(2)

おっさん

f0015391_23505511.jpg
子孫」は「こまご」?
「挙手」は「けんしゅ」?
「羊毛」は「ひつじげ」?
漢字は大事ですぞ!



「先生、人生の半分以上は『おっさん』で過ごすんですよね。イヤだなぁ・・・」

ある教え子が言いました。
なるほど、言われてみれば、その通りです。

子供の頃、自分が「おっさん」になるなんて、考えもしませんでした。
でも、今は子供に「おっさん」と言われる歳になりました。
人間、黙っていても歳だけはとっていくわけで、
これは避けることの出来ない事実のようでございます。

そう言えば昔、私の母に歳を聞かれた近所の「おっさん」が、
「毎年増えていくんだから、いちいち覚えてなんかいられない!」
と言っていたのが妙に印象に残っております。
その「おっさん」の気持ち、今なら何となくわかるような気がします。

子供の頃、
「どうして子供ばかりが勉強しなくちゃいけないんだろう?」
「大人はいいよなぁ、勉強しなくてもいいんだから・・・」と思ったことがありました。
自分も早く大人になって、好き放題やりたいと思っていました。

でも、自分が「おっさん」になって、それがただの思い込みであることに気付きました。

学校の勉強には答えがありますが、
社会に出れば、答えのない問題、または答えが見つからない問題が山積みです。

そういった問題に悩み、苦しみながら、
自分なりの答えを追い求めていかなければなりません。
そのための礎として、学校の勉強があったんだなと今は思います。

現に、私が今、関わっている子供たちも、いずれは「おっさん(おばはん)」になります。
私が関わっていられるのは、彼ら(彼女ら)の人生のほんの一部分にしか過ぎません。
その中で、私が子供たちに伝えられることは、ほんのちょっとのことでしかありません。

でも、彼ら(彼女ら)の人格が形成されるであろう一番大切な時期に、
自分が関わることの重要性も常に意識しているつもりです。

私が言っていること、今はよく理解できないかもしれません。
また、私も子供たちに、現段階ですべてを理解してもらおうなんて思ってもいません。

でも、彼ら(彼女ら)が「おっさん(おばはん)」と言われるような年齢になったときに、
「あぁ、あの時、先生が言っていたのは、こういうことだったのかな?」と思ってくれることが、
彼ら(彼女ら)の人生の中で1度でもあれば、
教える立場の人間として、これ以上の幸せはないと思います。

それを信じて、これからも私は、
子供たちにとっての「クチうるさいおっさん」でいたいと思っています。

子供たちにとっては、今の学校生活がすべてです。
私も子供の頃は、そう思っていました。

でも、人生は学校を出てからのほうが長いということ、
決して忘れてはいけないことだと思います。

特に親や教師がこれを忘れて、目先の結果ばかりに心を奪われる。
これによって起きる悲劇が後を絶たないのは、もう皆さん、ご存知ですよね。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-15 23:59 | 教育のこと | Comments(4)

低空飛行も悪くない!

f0015391_23405773.jpg
今日も暑い1日でしたね。
札幌は花火大会でございました。
夏はやっぱり花火!
といっても、私は仕事で観れませんでしたが・・・



昔は、上ばかり目指していた時期がありました。
世の中は自分の努力次第で、何とでもなるものだと思っていた時期がありました。
自分は成功できる人間だと、思い込んでいた時期がありました。

そして成功したら、「お前には出来るわけがない!」と言っていた親を、
見返してやろうと思っていた時期もありました。

その頃に比べると、今の私は180度考えが変わったような気がします。(歳のせい?)
今は「低空飛行も悪くない!」と思えるようになりました。

教育に携わる人間が、一番になる必要はありません。
教育に携わる人間が、有名になる必要はありません。
教育に携わる人間が、お金持ちになる必要はありません。
(もちろん、結果的にそうなる分には、それに越したことはありませんが・・・)

教育に携わる人間に必要なのは、「身近にいる子供を大切に思う心」。
これだけだと思えるようになりました。

自分の身近にいる子供たちに親身に接する。
この気持ちを持つことが一番大切なことではないかと思えるようになりました。

「才能とは、一瞬のひらめきやきらめきではなく、情熱や努力を継続できる力」

昨日、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で、
羽生善治棋士がおっしゃっておりました。
本当にその通りだと思いました。

教育に特別なことは必要ありません。
勉強を教えることを通じて、人間として当たり前であろうことを当たり前に伝えていく。
それが私の仕事だと思っています。

たとえば、
成績を上げたかったら、勉強するのは当たり前のことです。
お金を稼ぎたかったら、働くのは当たり前のことです。
人と仲良くしたかったら、相手を思いやるのは当たり前のことです。

こういった当たり前のことを、日常生活で当たり前に出来るようになれば、
自然に成績も上がるだろうし、社会に出ても何とか生きていける。
私はそう信じています。

たとえ「低空飛行」であっても、たとえ「地上すれすれ」であっても、
仕事への情熱や努力を継続できる人間でありたい。
そして、教え子たちにも、そういった人間になって欲しい。
そう思います。

それに、「低空飛行」であれば、
はるか上空から落下するよりは、落ちた時のショックも小さくてすむわけで、
落ちたら落ちたで、また一からやり直せばいい。

大破さえしなければ、いつでもやり直しはききますからね。
ものは考えようです。

というわけで、今日は負け組サワダの「負け惜しみ」でございました。
[PR]
by sawayoshi45 | 2006-07-14 23:59 | 人生のこと | Comments(4)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


by sawayoshi45

プロフィールを見る

札幌の家庭教師 学びの森

以前の記事

2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
more...

カテゴリ

家庭教師 学びの森
自己紹介
自分のこと
教育のこと
勉強のこと
人生のこと
世間のこと
家庭教師のこと
どうでもいいこと

最新のコメント

おおっ、それはおめでとう..
by sawayoshi45 at 11:16
またまたお久しぶり。 ..
by gaku at 22:42
アドバイス、ありがとう。..
by gaku at 14:15
知らん! というか、あの..
by sawayoshi45 at 14:33
お久しぶり。うちの息子が..
by gaku at 17:34
MAPさん ありが..
by sawayoshi45 at 10:48
お誕生日おめでとうござい..
by MAP at 07:39
とても魅力的な記事でした..
by 株のやり方 at 17:27
>missKaytieさ..
by sawayoshi45 at 01:16
お誕生日おめでとうござい..
by missKaytie at 17:25

検索

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

北海道
受験・勉強