<   2006年 09月 ( 15 )   > この月の画像一覧

道具

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飲酒運転に脇見運転。
おまけに児童虐待。
今、「しつけ」が必要なのは、
子供よりも大人なのかも知れませんね。



日本ハムの1位通過が決まりました。
このままプレーオフを制して、札幌ドームでの日本シリーズ、
ぜひ実現させていただきたいものでございます。

そのときの相手は、もちろんドラゴンズ!(あくまで希望的観測です)。

そうなったら、肩身の狭い思いをしつつも、
やはりドラゴンズの応援してしまうであろう非道民(?)の私ですが、
まあ、いずれにせよ、北海道が盛り上がるのは喜ばしいことですね。
私も日ハム人気に、少しはあやかりたいものでございます。

ところで、今年の日本ハムを盛り上げた立役者と言えば、やはり新庄選手。

突然の引退宣言に派手なパフォーマンスと、何かと話題に事欠かない彼ですが、
プロ入りと同時に買った8,000円のグローブを今でも大切に使っている、
という話も聞いたことがあります。

年収○億円を稼ぐプロ野球選手のグローブが、8,000円。
意外と言えば意外なような気もしますが、
本当の一流選手というのは、案外そんなものかもしれませんね。

同じプロ野球選手でも、
ちょっと打たれただけで、グローブを投げつけている投手もいれば、
三振すると、バットを投げつける選手もいます。

まあ、それもある意味「パフォーマンス」なのかもしれませんが、
正直、見ていてあまり気分のいいものではありません。
「子供たちに夢を与える仕事」をしている人の行動とは、とても思えませんよね。

プロ野球選手にとって、グローブやバットは大事な商売道具。
その「道具」を大切に扱えない人は、やはり一流選手にはなれないのではないか、
そんな気がします。

転じて、勉強についても同じようなことが言えるのではないかと思います。
勉強をするうえでの「道具」と言えば、筆記用具であり、教科書であり、ノート。

勉強が苦手な生徒の様子を見ていると、
ペンが壊れていたり、教科書が破けていたり、ノートの取り方が雑だったりと、
「道具」を粗末に扱っている子が多いような気がします。

そして、こういった生徒ほど、教材やプリントも新しいものを欲しがります。
テストが近づく度に、新しいものに手をつけては、そのほとんどが中途半端。
こういった状態になっている生徒が多いのではないでしょうか。

勉強もスポーツも仕事も、技術を高めるためにまず必要なのは、
「道具」を大切に扱おうとする気持ち。

新庄選手に見習いたいものですね。
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by sawayoshi45 | 2006-09-29 01:25 | 世間のこと | Comments(4)

言い訳

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いやあ、それにしても日本ハム、
乗ってますねえ。
中日対日ハムの日本シリーズ、
現実味を帯びてまいりました。
楽しみ楽しみでございます。
阪神の強さが、ちょっと気になるところですが・・・




「勉強したところが出なかったから・・・」

ということは、勉強しなかった部分があったということですよね。
範囲が示されているテストにも関わらず、
勉強しなかった部分があったということのほうが問題。

「言い訳」をする前に、
そういったムラの多い勉強の仕方を見直すほうが先です。

「ケアレスミスが多かったから・・・」

ケアレスミス? ケアレスミスって何でしょう? 
しっかり勉強していれば、解いている途中で、ミスに気づく力もついてくるはず。
それに気づかなかったというのは、「ケアレス」なんかではなく、単なる力不足。

「言い訳」をする前に、
ミスを少なくするためこれからどういった勉強をするべきか、
自分の頭で考えることのほうが先です。

「学校の先生の教え方が悪いから・・・」

なるほど。
ということは、その先生のクラスはみんな、点数が悪かったということでしょうか?
もちろん、そんなことはありませんよね。

どんな先生に習っても、出来ている人は必ずいるはず。
塾や家庭教師に頼らなくても、出来ている人はいますよね。
点数が悪いのは先生のせいではありません。

「言い訳」をする前に、
自分の努力不足を他人のせいにしたがる自分の愚かさに気付くほうが先です。

う~ん、子供にしてみれば、ちょっと厳しい書き方をしてしまいましたが、
テストがある度に、こういった「言い訳」をよく聞かされます。

まあ、子供たちの気持ちもわからないわけではありませんが、
昨日の記事でも書いたとおり、「負けに不思議な負けなし」。
思い通りの点数が取れなかったということは、必ずそこに原因があるはずです。

その根本的な原因から目を背けて、「言い訳」ばかりしているうちは、
成績を上げることは出来ません。

以前にも書きましたが、私は勉強に関しては、「頑固オヤジ」です。
テストに出るか出ないか、そんなことは私には関係ありませんし、
テスト前にヤマをはって教えるようなこともしません。

「ここ、テストに出ますか?」と生徒に聞かれたときは、
ひと言、「知らん!」と応えます。

勉強とは覚えるべきことを覚え、考えるべきときに考える。

ただ、それだけのことです。
逆に言えば、これさえしっかりやっていれば、点数は取れるということです。

これは子供ばかりでなく、大人にも言えることなのですが、
目先の情報ばかりに振り回されて、結果が得られなければ「言い訳」。

こういったことを繰り返しては、本質から目を背けている人、
あまりに多いような気がするのは、私だけでしょうか?
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by sawayoshi45 | 2006-09-27 02:11 | 勉強のこと | Comments(6)

勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし

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アンチ巨人の私ですが、
桑田投手は贔屓選手のひとり。
巨人は辞めても、他の球団で、
もうひと花、咲かせて欲しいところです・・・。



今日は高校生ドラフトの日。
注目の駒苫・田中投手は楽天が交渉権を獲得したそうです。

まだ、決まったわけではありませんが、
田中選手のインタビューを聞く限りでは、ほぼ決まりそうな感じ。
今後の活躍を期待したいところでございます。

ところで、楽天と言えば、野村監督。
もうご存知の方も多いとは思いますが、彼の言葉で、
「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という言葉があります。
私の好きな言葉のひとつでもあります。

私にも経験がありますが、「追い風」が吹いていると感じる時期ってありますよね。
自分でもよくわからないけど、物事がトントン拍子に運び、何をやってもうまくいく。
特に若い頃は、勉強も仕事も、「勢い」だけで何とかなってしまうことも多々あります。
これが「不思議な勝ち」といったところでしょうか。

でも、この「不思議な勝ち」は、必ずしも実力とは限りませんね。
それを自分の実力と勘違いして、思い上がっていると、必ずツケが回ってきます。
私も、その「ツケ」を経験した人間のひとりなので、よくわかります。
今思えば、お恥ずかしい限りですが・・・。

一方、何をやってもなかなかうまくいかない時期というのもありますよね。
そんなとき、私たちは「運」のせいにしたがります。

「うまくいかないのは、自分の力不足のせいではなく、たまたま運が悪かっただけ」。
そう思って、自分に言い訳をしたくなるものですよね。
私にもそういったところがありますので、これもよくわかります。

でも、「負けに不思議な負けなし」。
うまくいかないということは、必ずそこに、うまくいかない原因があります。
それは、自分が一番わかっているはずですよね。

勉強も仕事も、なかなか結果が出ないということは、
「運が悪い」のではなく、
「やるべきことをやっていない」ことのほうが多いのではないかと思います。

何とかしたければ、それまでの自分を変えていく努力をするしかありません。
自分は何もしないで、「不思議な勝ち」を、ただ待っていたところで、事態は好転しません。
「負けに不思議な負けなし」です。

「運」というものが、本当に存在するかどうかは、私にはよくわかりませんが、
何事も、うまくいっているときは、「運や周りの人のおかげ」。
うまくいかないときは、「自分の力不足」。
そう思っているくらいで丁度いいのかもしれませんね。

といっても、人間うまくいっているときは、つい調子に乗ってしまうもの。
痛い目に遭わないと、なかなか自分の無力さには気づかないものですよね。

まあ、そういった意味では、人生は成功と失敗の繰り返しであり、
だからこそ、人生は面白いと言えるのかもしれません。

さてさて、潜伏期間10年の私。
いまだに「不思議な勝ち」の気配すら感じられない今日この頃でございますが、
好きなことをして、食べられるだけでも有りがたいこと。

それに感謝しながらも、
焦らずのんびり、長い目で自分の出来ることを頑張っていくことに致しましょ!
甘い?
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by sawayoshi45 | 2006-09-26 01:02 | 人生のこと | Comments(2)

Boys Be Ambitious!

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すっかり秋ですねえ・・・。
布団に入るのが気持ちよく感じられます。
ただ、このまま冬に向かっていくのかと思うと、
ちょっと憂鬱なサワダでございます。



「青年よ、大志を抱け!」

クラーク博士の有名な言葉ですね。
でも、この言葉には続きがあるってご存知でしたか?

私もお恥ずかしながら、
今朝の新聞「ひろさちやのほどほど人生論」を読んで初めて知りました。
以下、その記事を引用させて頂きます。

「青年よ、大志を抱け!」
その大志は金銭や利己的な出世のためであってはならず、
また世人が名声と呼ぶがごとき空しきもののためであってはならない。
・・・人間として当然備えていなければならぬものを達成するために、大志を抱け!

う~ん、私は今まで「大志」の意味を間違って捉えていたのかも知れません。

「夢」とか「野望」と同じ意味にしか思っていなかった気がしますが、
クラーク博士の言うところの「大志」とは、実はまったく違った意味だったんですね。
これを知って、何だかとっても励まされた気がしているサワダでございます。

そう言えば、中学校を卒業するとき、校長先生から、
「小なる完成よりも大なる未完成」という言葉を頂きました。

これを私は、
「小さな成功で満足することなく、常に大きな成功を目指して努力しなさい!」
といった意味に捉えていましたが、
もしかしたら、それも勘違いだったのかなという思いがします。

「大なる未完成」という言葉は、クラーク博士の「大志」と同じで、
「大きな成功を得るために努力しなさい!」と言うことではなく、
「人格を高めるための努力を常に続けなさい!」ということだったんでしょうね、きっと。
お金や地位や名声といったものは、「小なる完成」に過ぎないということだと思います。

子供にとっては勉強の苦しみ。
大人にとっては仕事の悩みや葛藤。

そういった現実に直面している本人にとっては、
何とかその苦しみから逃げ出したいと思うのが正直なところかも知れませんが、
その悩みや苦しみも、すべては「大志」を実現するための過程に過ぎないと考えると、
少しは気がラクになりそうですね。

お金持ちになりたい。
有名にもなりたい。
世間で言う「成功者」のひとりになりたい。

そういった思いが私にもないわけではありません。
でも、それはあくまで結果。

それ以前に、人間として自分がやるべきことをやっているかどうか、
それをしっかり意識しながら生きていくことのほうが大切なんじゃないか、
そんな気がする今日この頃でございます。
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by sawayoshi45 | 2006-09-22 01:55 | 人生のこと | Comments(6)

勉強を教えるということ

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好奇心で買ってみました!
ジンギスカンキャラメル!!
ウワサどおり、マズかったです!!!
宿題やらない生徒の罰にでも使おうかな・・・。



私たちは少なからず学校教育の恩恵を受けてきました。

新聞や本を読むことが出来るのも、
こうやって文章を書くことが出来るのも、
当たり前のように計算が出来るのも、
すべては学校教育のお蔭だと思います。

そうやって自分が受けてきた恩恵を、将来を担う子供たちに伝えていく。
私たちの祖先が長い年月を経て発見してきた知識、知恵を後世に伝えていく。
「勉強を教えるとういうこと」は、そういうことだと私は思っています。

勉強を教える人間は、それだけ重要な任務を背負っているとも言えますが、
言い方を変えれば、先輩から教わってきた知識の伝え役でしかないとも言えそうです。
少なくとも私には、これから自分で新しい定理を発見できるほどのチカラはありません。

ですから、勉強を教える人間が偉いわけでもなければ、
勉強を教える人間が威張る必要もまったくないと思います。
これを勘違いなさっているお方が、学校にも塾にも多いような気がしないでもありません。
(う~ん、自分も昔は勘違いしていたところがあったようなないような・・・)

多くの子供たちにとって、勉強は「イヤなもの」です。
私自身、決して「勉強大好き人間」というわけではなかったので、
子供たちの気持ちもよくわかります。

勉強とゲームだったら、ゲームのほうが楽しい。
勉強とテレビだったら、テレビを見ているほうがラク。
それは、私も同じです。

私にも言えることなのですが、人間はどうしてもラクなほうを選びたがります。
でも、ラクなほうばかり選んだ生活をしていると、
そんな自分に嫌気がさすことはあっても、
決して充実感や達成感を味わうことは出来ないのではないかと思います。

他の人がイヤがるようなことに、一時期でも自分は真剣に取り組むことが出来た。
そういった思いがあるからこそ、人間は自分に自信を持つことも出来るし、
自分を好きにもなれるのではないかと思います。

「勉強を教えるということ」は、子供たちにそういった体験させてあげることだと思います。
多くの子供たちが抱いている「勉強はイヤなもの」という感覚を、少しでも払拭してあげること。
これが勉強を教える人間の役割だと思います。

勉強が出来ないというのは、頭の問題というよりも心の問題による所が大きいと思います。
その心の問題から目を背けて、子供を机に縛り付けて無理やり勉強させたところで、
効果はほとんど期待できないと思います。

たとえ、それで表面上の成績が一時的に上がったとしても、長続きはしないでしょうし、
後で、それ以上の歪みが生じてくることのほうが多いと思います。

「勉強はイヤだ」という子供たちの気持ちをしっかり受け止めたうえで、
なるべく勉強しやすい環境(心の問題も含めて)を創っていく努力をし続ける。
それが勉強を教える人間の務めではないかと思います。

とまあ、クチで言うのは簡単なんですが、これがなかなか・・・・・。
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by sawayoshi45 | 2006-09-21 00:20 | 教育のこと | Comments(10)

「怖いものなし」ほど怖いものはなし

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遅ればせながら、
山本昌投手、ノーヒットノーラン達成!
しかも41歳1か月の最年長記録!
好きな選手だけに、いまだ興奮状態のサワダです。



生徒の前では、いつもエラそうな態度をとっている私ですが、
実は年上の人に対しては、とたんに尻込みしまうところがあります。

自分より年上ということは、少なくとも自分よりも人生経験が豊富ということ。
そういった人を相手に、自分がいくら粋がったところで、絶対に勝てない。
何となく、そんな気がして弱気になってしまうところが私にはあります。
(これが良いのか悪いのかはよくわかりませんが・・・)

私は3人兄弟の末っ子。
上には兄と姉がいますが、いずれも年が離れていて、
一緒に遊んだ記憶はほとんどありません。

私が小学校に入学する頃、兄は中3。
私が中学校に入学する頃には、兄はすでに社会人。
これでは、兄にとっては、私なんて遊び相手どころか、
ケンカ相手にもならない存在だったのではないかと思います。

ですから、私は兄弟がいるにも関わらず、一人っ子のような感覚で育ちました。
兄弟ゲンカもしたことがありませんし、今まで兄に逆らったことは一度もありません。

別に何かされるわけではありませんが、私にとって、兄は父親よりも「怖い存在」。
「兄には絶対勝てない」という思いが心のどこかにありました。

今でもその感覚は抜けておらず、たまに実家に帰ることがあっても、
兄とは対等の立場で話をしたことはありません。
たいてい兄の言いなり状態になっている私です。
もちろん、こちらが勝手に意識しているだけで、兄は何とも思っていないんでしょうけど・・・

まあ、そういったことがトラウマ(?)になっているかどうかはよくわかりませんが、
私にとって自分より年上の人は、どこか「怖い存在」という意識が強く働いてしまいます。

今は先輩・後輩の上下関係があまりないと聞きますが、
昔の先輩ってやっぱり怖かったですよね。
それと似たような感覚です。

ただ、こういった感覚って、実はとても大切なような気がしないでもありません。

その「怖い存在」のおかげで、暴走(?)することなく、
自分の行動を抑制してこられたのも事実だと思います。
もし、「怖い存在」がなかったら、
私はきっと今以上にワガママで傲慢な人間になっていたかもしれません。

「友達親子」という言葉をよく聞くようになりました。
親と子供が、まるで友達のように遊んだり買い物したり。
最近では、「友達」どころか、子供のほうが親よりも「上」になっているんじゃないか、
そう思われる親子関係も見受けられるようになりました。

長いこと親と兄の存在に脅え(?)続けてきた私にとっては、
ハッキリ言って、とても信じ難い光景です。

このように王子様・お姫様として育てられた「怖いものなし」の子供たちが、
将来、どんな大人になっていくのか、
余計なお世話と言われるかもしれませんが、考えるとちょっと恐ろしい気がします。

「上の立場」の人間が、その立場を濫用するというのは問題ありですが、
ある程度の上下関係は、人間関係においては必要なことだと私は思っています。
特に、親と子の上下関係、教師と子供の上下関係が逆転してしまった状態で、
良い教育が出来るとは私には思えません。

今日(ホントは昨日)は「敬老の日」。
もちろん、年上だからといって、みんなが正しいということではありませんが、
自分よりも多くの経験を積んできている人であることは確か。

年上の人を敬う気持ち、年上の人を怖れる気持ちは忘れてはいけないと思うし、
私自身、子供たちとの関係においては、決して友達になるのではなく、
きちんとケジメをつけて接していかなければと思います。

「怖いものなし」の子供ほど怖いものはなし、ですからね。

う~ん、そのためには、私にはまだまだ威厳が足りないかも・・・・・
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by sawayoshi45 | 2006-09-19 01:20 | 教育のこと | Comments(2)

成績を上げるということ

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妻が風邪で寝込んでおります。
季節の変わり目。
みなさんも、体調にはご注意を!




「勉強は、イヤだ!」
「宿題もやりたくない!」
「テレビも見たいし、ゲームもやりたい!」
「でも、成績は上げて欲しい!」

私は超能力者でもなければ、魔法使いでもありません。
週に1度か2度、私の授業を聞いただけで、
明日からみるみる成績が上がっていくほどの指導力は、私は持ち合わせておりません。

私は、勉強に関してはかなりの「頑固オヤジ(?)」です。
小手先のテクニックで、点数を取るコツを教えるようなことはありません。
「テストに出やすいから」「テストに出ないから」、そんなことも私には関係ありません。

覚えるべきことを覚え、考えるべきときに考える。
それが勉強だと思っています。

教科書の中身を理解し、理解したら練習し、忘れたらまたやり直す。
なかなか覚えられなければ、覚えるまで繰り返す。
勉強とは、ただそれだけのことです。

そういった基本的な作業を省いて、成績だけは上げて欲しい。
そんな都合のいい方法を私は知りませんし、知りたいとも思いません。
(あっ、でも本当にあるなら、ちょっと知りたいかも・・・)

「勉強のやり方がわからない」

これもよく、子供の口から出てくる言葉ですね。
でも、こう言ってくる生徒に限って、
教科書の基本的な漢字練習や単語練習すらやっていない生徒が多いです。

これは「やり方」以前の問題。
勉強に対する姿勢、心構えの問題だと思います。

彼ら(彼女ら)の多くは、本当に「勉強のやり方を知りたい」と思っているのではなく、
「勉強したくない」ことの言い訳として、
あるいは、「努力しなくてもラクに成績を上げる方法を教えて欲しい」といった意味で、
こういった言葉を使っているような気がしてなりません。

何度でも繰り返しますが、私は超能力者でも魔法使いでもありません。

私の教え子で、成績を上げた生徒は、例外なく、自分で勉強し始めた生徒。
つまり、きっかけは何であれ、自分を変えようと努力した生徒です。

塾や家庭教師という存在は、そのきっかけのひとつに過ぎません。
塾や家庭教師に頼みさえすれば、自分は何もしなくても成績を上げてもらえる。
それは、ただの幻想です。

「成績を上げる」というのは、他人との競争ではありません。
自分との闘いです。
自分の怠け心にどれだけ打ち克てるかということだと思います。

テストがあるたびに、結果だけを見て一喜一憂する前に、
テスト前に自分がやるべきことを本当にやったかどうか、
そして、これから自分は具体的に何をしていくべきか、
それを考えることのほうが大切ではないかと思います。

成績は「上がる」ものではなく、「上げる」もの。

自分を変える努力をしなくても、成績だけがぐんぐん上がっていく。
少なくとも私は、そういった生徒には今まで会ったことはありません。

・・・・・う~ん、今日はちょっと愚痴っぽい記事になってしまいましたが、
特定の生徒に向けて書いたわけではありませんので、どうかお許し下さいませ。
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by sawayoshi45 | 2006-09-16 00:43 | 勉強のこと | Comments(7)

ハイリスク・ゼロリターン

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松井選手復活!
しかも復帰戦で4安打!
さすが大物は違いますね。



「あのとき、○○してあげたじゃないか」
会うたびに、恩着せがましくこのような言葉を言ってくる人には、
正直ウンザリしてくるものですよね。

「こんなことになるなら、最初から頼まなきゃ良かった」
「そっちが勝手にやったことで、こっちは別に頼んだわけじゃない!」
表面上は感謝しているフリをしながらも、
ホンネの部分では、ついこんなことを思ってしまうのではないでしょうか。

教育や子育てに関しても、一生懸命になればなるほど、
「こんなにしてあげたのに・・・」といった感情が強くなります。

親の立場からすれば、「こんなにお金をかけたのに・・・」
教える立場からすれば、「こんなに教えてあげたのに・・・」

頭ではいけないとわかっていながらも、私もついクチに出してしまったこと。
過去に何度かあったような気がします。
いや、今でもそういった気持ちがまったくないとは言えません。

でも、「してもらった」側の感覚としては、そんなことを言われたところで、
「別に頼んだわけじゃないのに・・・」というのがホンネなのではないでしょうか。

「してあげた」側と「してもらった」側の感覚の違い。
これをよく理解しないと、親子関係も含めて、
あまりいい人間関係は築けないのではないか、そんな気がします。

勉強も仕事も教育も、
自分が期待した以上の結果が得られるということは、まずありません。
大切なのは「ハイリスク・ローリターン」の感覚を持つことではないかと思います。

まあ、「リスク」というと、ちょっと語弊があるかもしれませんが、
過度にリターン(見返り)を期待し過ぎるのは、
結局不満ばかりが残って、あまり良い結果にならないような気がします。

ごく一部の人を除けば、
人生に「ハイリターン」はないと思っていたほうが賢明かも知れませんね。

特に人間関係においては、
「ハイリスク・ゼロリターン」だと思っているくらいで、ちょうどいいのかもしれません。

人間は、「してあげた」ことはいつまでも覚えているくせに、
「してもらった」ことは、案外忘れやすいと言いますからね。
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by sawayoshi45 | 2006-09-14 00:16 | 人生のこと | Comments(2)

特別扱い

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2009年度から札幌の公立高校は、
一学区制になるらしい。
学校選択の自由か、競争激化か・・・、
いずれにしても、一長一短ですね。
まあ、制度がどう変わっても、
私がやることは、いつも一緒ですけど・・・




昨日の記事にも書きましたが、私は小学校高学年の頃から、
家業の働き手のひとりとして、借り出されるようになりました。

そしてそれは、受験直前でも変わることはありませんでした。
「受験生だから」といった理由で、「特別扱い」されるようなことは1度もありませんでした。

勉強さえしていれば、見逃してももらえるんじゃないかと知恵(?)を働かせ、
わざと熱心に勉強しているフリをしたことも何度かありましたが、
いつも虚しい結果に終わっておりました。

それが、ウチの両親の教育方針だったのか、
ただ単に人手が足りなくて、そんな余裕がなかったのかはよくわかりません。
(多分、後者です!)

「子供がせっかく勉強しようという気になっているのに、勉強もさせてくれない。
そんな親がどこにいる? それでも親か!?」。

当時はちょっと怒りさえ覚えたこともありましたが、
今思えば、逆にそれが良かったのかなと思います。

「自分は他の受験生よりも時間が制限されている」
「自分が働いている間に、ライバルはどんどん先に進んでいるかもしれない」
そういった思いがあったからこそ、勉強に集中できたような気がします。

もし、物分かりの良い両親で、
「やりたかったら、いくらでも勉強してもいいよ、ジャマは一切しないから」と言われていたら、
「ヘソ曲がり隊」の要素いっぱいの私は、逆にやらなかったのではないかと思います。

そう考えると、
人間は、ある程度行動を制限されたほうがやる気になるということかもしれませんね。

私の両親は共に学歴もなく、勉強や受験に関しては、かなりの放任主義でした。
私は親に、勉強について何か言われた記憶はほとんどありません。
「やるのも勝手、やらないのも勝手」といった感じでした。

多分、私が受験しようとしている学校が、どの程度のレベルかということすら、
よくわかっていなかったと思います。
それが良いか悪いかは私にはわかりません。
今だったら、子供の勉強に無関心の「悪い親」と言われているかもしれませんね。

でも、そのお蔭で、当たり前のことではありますが、
「勉強も大事だけど、すべてにおいて勉強が優先されるわけではない」
ということも学ぶことが出来たような気がします。

ちょっと前に「空腹感」という記事を書きましたが、
人間は、あまりに恵まれた環境を与えられ過ぎると、
逆にやる気を失ってしまうことも多いのではないかと思います。

「受験生だから」といった理由で、「特別扱い」し過ぎるのは、
逆効果になる場合もあるのではないか、そんな気がします。

「勉強さえしてくれるなら」と、何かと子供を「特別扱い」しようとする親。
「勉強さえしていれば」と、自分が「特別扱い」されることを当然のことに思っている子供。
そして、それを助長するような発言を繰り返す教師。

何かが違うような気がするのは私だけでしょうか?

と言いつつも、
「仕事さえしていれば」と家事のほとんどを妻にまかせっきりにしている私。
これって同罪?
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by sawayoshi45 | 2006-09-12 00:27 | 教育のこと | Comments(6)

普通

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日本ハム、プレーオフ進出!
このままパ・リーグを制して、
ぜひ札幌ドームで日本シリーズを!
もちろん、私はドラゴンズの応援ですが・・・



特に裕福でもなければ、貧しいわけでもない。
私はいわゆる「普通」の家庭で育てられました。

小さい頃は、親の苦労も知らず、
そういった「普通」の生活を当たり前のことだと思っていました。
今思えば、親に対して、相当ワガママな要求をしていたことも、かなり多かったと思います。

そんな私も、小学校高学年の頃からは、
学校が休みになると、働き手のひとりとして借り出されるようになりました。

私の両親の仕事は自営業。
その中でも、俗に言う「3K」と呼ばれる肉体労働です。
トラックで木材を運んだり、廃棄物を回収したり・・・、
「汗水流して働く」とは、こういうことなんだなと実感させられました。

そして、「普通」の生活を保つために、
両親がどれだけ大変な思いをしているかということも思い知らされました。

まあ、だからといって、私のワガママが直ったわけではありませんが、
それでも、お金を稼ぐということがどれだけ大変なことか、
「普通」の生活を維持することがどれだけ大変なことか、
自分なりに理解したつもりでした。

中学生ともなると、私にも一丁前に「反抗期」のようなものが訪れたことがありますが、
さほど、おおごとになることもなく過ぎ去って行ったのは、
親の苦労を多少でもわかっていたからかもしれません。

親に何か言われて腹が立ったときは、いつも、
「しょせん自分はまだ食べさせてもらっている身分、文句を言うのは一人前になってから・・・」
と言い聞かせて、自分を抑えるようにしていました。

父親が亡くなり、今は兄が家業を継いでいます。
自営業という部分だけは同じですが、私は父親とはまったく違った道を歩んでいます。
でも、いまだに父親を超えられる気はしません。

あの頃、「普通」だと思っていた生活レベルを維持するどころか、到達さえ出来ないでいます。
まあ、稼ぎだけで仕事の優劣が決まるわけではありませんが(と、ちょっと言い訳)、
今更ながら、両親の偉大さを感じています。

若い頃、「普通のサラリーマン」とか「普通の生活」をカッコ悪いと思った時期がありました。
自分は「普通」の道は歩みたくないと思った時期がありました。
でも、それはただの思い上がりだったのだと今は思います。

「普通に働ける」ことの有り難さ、「普通の生活」が出来ることの有り難さが、
今なら少しはわかるような気がします。
「普通」って、実はすごいことなんですよね!
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by sawayoshi45 | 2006-09-11 01:37 | 人生のこと | Comments(4)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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