<   2007年 04月 ( 13 )   > この月の画像一覧

実は読んでない

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世間はGWに突入ですが、
ありがたいことに(←もちろん本心)、
私にはまったく関係ございません。
といってもサラリーマンの方からすれば、
私の生活、年中GWみたいなものですけど・・・(笑)




子供の頃、マンガを読むのが異常に速い友人がいました。

国語の教科書を読むのは、いつもつっかえてばかり。
勉強も苦手なはずなのに、マンガを読むのだけは異常に速い。
みなさんの周りにもこんな人、いませんでしたか?

私はマンガを読むにも小説を読むにも、
一字一句読まないと気が済まないタイプなので、
読み終えるのに、どうしても時間がかかります。

そんな「貧乏性?」の私からすれば、
その友人の、マンガを読む速さが不思議でなりませんでした。

でもあるとき、彼の読んでいる姿を見て、気づきました。
読んでいるようで、「実は読んでない」ということに。

ほとんど画だけで、だいたいのストーリーを予想して、
読めない漢字や、意味が解らない言葉があっても、
立ち止まって考えることもなく、そのまま読み飛ばす。

なるほど、これじゃあ、速いのは当たり前のことですね。
彼の成績があまり良くない理由も、何となくわかった気がしました。

国語の読解問題が苦手な生徒、
ミスの多い生徒の中には、
こういったタイプの子が多いような気がします。

作戦のひとつなのかどうかはわかりませんが、
テスト開始と同時に、カタカタと書き始めて、
周りの人を焦らせてくれる生徒っていますよね。(笑)

これは、「問題を読むのが速い」のではなく、
「実は読んでない」ケースが多いのではないかと思います。

ろくに問題を読まず、勝手に自分なりの解釈をして答えを書き込む。
これでは、ミスが多くなるのは当たり前のことですね。

「間違っているのを選びなさい」という問題で、正しいのを選ぶ。
「因数分解しなさい」という問題で、勝手に2次方程式にして解を出す。

本人は、それを「ケアレスミス」として済ませようとしますが、
私からすれば、決して「ケアレスミス」なんかではなく、ただの「間違い」。
ただ単に「問題を読んでない」だけのことです。

問題を読まずに間違ったものまで「ケアレスミス」にされては、
世の中の間違いのほとんどが、「ケアレスミス」になってしまいます。(笑)

「成績を上げるコツ」「勉強のコツ」というのは、
実は案外とてもシンプルなものであると私は思っています。

「問題を読み、出題者の意図を把握し、それに忠実に答える」

簡単に言えば、ただそれだけのことなんですが、
この基本が出来ていない生徒が、あまりにも多すぎるような気がします。

プロ野球選手ですら、キャッチボールから練習を始めます。
プロ野球選手ですら、毎日素振りを何百回と繰り返します。
基本を疎かにして、試合で活躍できるわけがありません。

勉強の基本は「問題を読む」ことです。
これを疎かにしている限り、
勉強時間をいくら長くしても、効果は少ないと思います。

「勉強している(ように見える)わりには成績が上がらない」
「塾に通っているのに成績が上がらない」

そんな悩みを持つお父さん、お母さん。

お子さんの勉強の様子、
「実は読んでない」といった状態になっていませんか?

そして、本来「ケアレスミス」ではないものまで、
「ケアレスミス」として済ませようとしていませんか?


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by sawayoshi45 | 2007-04-29 23:51 | 勉強のこと | Comments(2)

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寒い一日でした。
しかも雪も降りました。
こんな時期に・・・・・
シンジラレナーイ!(もう死語?)



プロ野球に興味のある方ならご存知かと思いますが、
今年、我が(?)中日ドラゴンズに、
「ノリ」こと中村紀洋選手が入団しました。

彼はかつて全日本の4番を務めたほどの大打者。
その実力は誰もが認めるところでしたが、
正直言って、私は彼のことがあまり好きではありませんでした。

彼のファンの方には大変申し訳ありませんが、
近鉄時代、そしてメジャーに行くだの行かないだのと、
球団ともめていた頃の彼の「顔」には、
何となく、「調子に乗っている」といったイメージを持っていました。

まあ、そのイメージの中には、成功者に対する嫉妬も、
多分に含まれていたとことは否定できませんが・・・(苦笑)

そんなわけで、彼がドラゴンズに入団したというニュースを知ったとき、
私は正直複雑な気持ちでした。

でも、私のその複雑な思いは開幕戦で完全に払拭されました。

彼は実力どおり、6番サードでスタメン出場。
勝負を決める大事な場面でヒットを打ち、早速お立ち台へ。
そのときの彼の「顔」は、今までの「顔」とはまったく違って見えました。

私がそれまで抱いていた調子に乗ったところは微塵も感じられず、
むしろ高校球児のような初々しさをにじませていました。

「人間って、ここまで変われるものなんだなあ」と驚くと同時に、
これからは素直に彼を応援したいという気持ちになった単純な私です。(笑)

「見た目だけで人を判断してはいけない」とも申しますが、
「内面は『顔』に表れる」というのも一理あるかも知れませんね。

普段ピリピリした生活をしていれば、「ピリピリした顔」になるでしょうし、
普段穏やかな生活をしていれば、「穏やかな顔」になる。
そんな気がしないでもありません。

まあ、そんなことを考えていたら、
肝心の自分の「顔」が生徒や親御さんにどう映っているのか、
ちょっと気になってきました。

自分では気づかないだけで、もしかしたら、
「調子に乗っている顔」とか、「人を見下したような顔」とか、
思われているかもしれません。

気になることは気になりますが、
だからといって、「私の『顔』はどうですか?」なんて、
恐ろしくて聞く勇気もございません。

まあ、仮に聞いたとしても、
相手に気を遣わせるだけですからね。

せめて「ムカつく顔」と思われないよう、
普段の言動には気をつけたいところでございます。

やっぱ「貧乏臭い顔」にでもなってんのかな?(笑)


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by sawayoshi45 | 2007-04-26 23:48 | 自分のこと | Comments(2)

カリスマさん

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全国学力テスト実施。
43年ぶりということは、
私は受けてないことになりますね。
なんかそれらしいのやった気がするんですが、
あれは違うものだったのかなあ・・・?




カリスマ美容師、カリスマ店員、カリスマ講師・・・・・、

世の中、「カリスマさん」がずいぶんと多くなりました。
そこで、「カリスマ」について辞書で調べてみました。

「カリスマ」
=《ギリシア語で、神の賜物の意》超自然的、超人間的な力をもつ資質。預言者・呪術(じゅじゅつ)者・軍事的英雄などにみられる、天与の非日常的な力。この資質をもつ者による支配をマックス=ウェーバーはカリスマ的支配と名づけ、三つの支配類型の一つとした。

だそうです。

う~ん、今使われている「カリスマ」とは、ちょっと違う感じが・・・。
今は「カリスマ」のハードルがだいぶ下がったということになるんでしょうか?(笑)

昔の教え子が、浪人して大手予備校に通い始めました。
(といっても今年のことではなく、過去のお話です)

予備校入学当初、彼は少し興奮気味でした。

それはなぜかというと、これから教えてもらえる先生は、
全国でも有名な「カリスマ講師」だったからです。

その先生の本も、何冊か世に出回っており、
私も読んだことがあります。

私のような、無名で貧乏臭い(というか貧乏な)先生より、
ロレックスの時計をして高級車を乗り回している「カリスマ先生」に、
子供が憧れるのは当然のこと。

私もその子の立場だったら、きっと同じ気持ちになったと思います。

さらに浪人して、最初の模試の判定も上々。
その頃の彼は、相当に夢を見たんだと思います。

ただ、浪人して模試の判定が一時的に良くなるのは当然のこと。
現役生がまだ追いついていないだけのことです。

「どうせ、そのうち落ちていくから心配しなくていいぞ!」
と、冗談混じりに警告しておきましたが、
残念ながら、結果はその警告どおりになってしまいました。

「カリスマ先生」の授業を受けているというだけで、
きっと彼は安心してしまったんだと思います。

「この先生の授業さえ受けていれば、合格できる!」
そう思ってしまったのかも知れません。

彼は2年の浪人生活を送りましたが、結局第一志望校には合格できず、
彼としては、不本意な大学に行く結果になってしまいました。

あっ、といっても彼を非難したくて、この記事を書いたわけではありません。

勉強に関しては、正直いろいろ手を煩わせてもらいましたが、(笑)
人間としては、とても純粋で素直な子(今は青年)。

また、その「カリスマ先生」のことをどうこう言いたいわけでもありません。
大手予備校で、そこまでの地位を得たということは、
私なんかより、ずっと実力のある先生であることに間違いはありません。

ただ、
「いい先生に習っているから・・・」
「いい塾に通っているから・・・」
というだけで、成績が上がると考えるのは、
ちょっと違う感じがしますし、危険だなと思います。

何だかんだ言っても、結局最後は「自分次第」であるということ。
世間の評判やウワサだけに振り回されるのではなく、
自分でやることが何よりも大切であること。

彼は身をもって体験したんじゃないかと思います。

人よりちょっとだけ早く挫折を味わった彼。
その経験が、
彼の将来に活かされることを祈るばかりでございます。


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by sawayoshi45 | 2007-04-25 00:57 | 家庭教師のこと | Comments(7)

エラー

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4月最後の一週間。
サクラ前線もすぐそこ。
今週も(こそ?)、がんばろう!




プロ野球で「エラーの多い選手」と聞くと、
私たちは「守備が下手な選手」をイメージしがちですよね。

でも、実際は違います。

守備に自信のない選手は、もともと無理な行動はしません。
取れるか取れないか、
そういった、きわどい球にとびつくようなことはしません。
結果、エラーの数は少なくなります。

逆に、守備に自信を持っている選手は、
取れるか取れないかのきわどい球にも果敢にとびつきます。
結果、エラーの数は多くなりますが、
それがファインプレーに結びつくことも少なくありません。

つまり、「下手だからエラーをする」のではなく、
「上手いからこそエラーが多くなる」ということです。

子供の勉強を見ていても、同じことを感じます。

勉強の得意な生徒は、
出来るか出来ないか、
一見難しそうに見える問題にも果敢に挑戦します。

ですから、練習で一時的にエラーは多くなりますが、
そういった姿勢がいつの間にか、その子の大きな力となり、
本番にはそれなりの結果を出せるようになります。

一方、成績がなかなか上がらない生徒は、
確実に出来ることをやっているうちはいいですが、
ちょっと「?」といった問題にぶつかると、すぐに諦める傾向にあります。

そこには「何とかして解いてやる!」といった意志はあまり感じません。
そのため、エラーをする前に、「先生、教えて!」となります。
これが本番で、大きなエラーをしてしまう原因のひとつだと思います。

私はよく生徒に、
「練習では、いくら間違ってもいいんだよ!」と言っています。

練習での間違いに対して、私が生徒を叱ることはありません。

ただ、その間違いから目を逸らそうとする姿勢が見えたときは、
厳しく言うこともあります。

練習では、いくらエラーをしたって構いません。

大事なのは、エラーをしてしまった後に、
どれだけ、そのエラーを見つめられるか、だと思います。

それが出来るようになれば、成績は自然に上がるだろうし、
本番で致命的なエラーをする確率は低くなるはずです。

一番悪いのは、エラーを恐れて空白のままにしておくこと。
これでは、「まぐれ当たり」すら期待できませんよね。(笑)

教え子たちには、「エラーをしない人間」よりも、
「エラーをするたびに成長していく人間」になって欲しいなって思います。

エラーのない人生には、ファインプレーもありませんからね。

と、偉そうなことを書いてきましたが、
そういう私自身も歳のせいか、最近は人生のエラーに臆病になりがち。
ダメダメですね。(苦笑)


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by sawayoshi45 | 2007-04-23 01:13 | 勉強のこと | Comments(8)

子供は急に変われない

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昨日はマー君初勝利。
今年は楽天が強そうです。
う~ん、それにしても日本ハム、
どうしたんでしょう?
まあ、まだ始まったばかりですが・・・


たまに生徒と人生論(っぽいこと)を語り合うことがあります。
語り合っているときの生徒の表情はいつになく真剣です。

「何だかちょっとやる気になった気がする!」
「よし、ぼくも今日からちゃんと頑張ろう!」

そう言ってくれる生徒もいます。

「少しはモチベーションを上げられたかな?」と期待して一週間。
次の授業に出向くと、たいていは「元の木阿弥」状態でございます。(苦笑)

「何だよ、この前言った言葉はウソだったのかよ!」
ついそんなツッコミを入れたくなります。

でも、よく考えてみれば、
自分も似たり寄ったりであることに気づきます。

本を読んだり、映画を観たり、誰かの講演を聴いたりして、
私も感銘を受けることがよくあります。

テレビのドキュメント番組などで、
世のため人のために頑張っている人などを見ると、
ぐうたら生活を送っている自分が情けなくなって、
「少しは見習わなきゃ!」と思うこともよくあります。

でも次の日になると、そのことをすっかり忘れて、
今までとさほど変わらない生活をしている自分がいます。

大人の私でさえ、この有り様。
これじゃあ、子供ばかりを責めることも出来ませんよね。(苦笑)

私にも言えることですが、
人間、その時はいくらやる気になったとしても、
そのやる気を持続させることは、とても難しいものですね。

ただ、だからといって、
こういった時間が無意味だとは私は思っていません。

そうやって子供と語り合った時間は、
子供の心の奥のどこかにしっかり刻まれているはず。
そして、いつかそれが行動に表れるときがやってくる。
希望的観測に過ぎませんが、私はそう信じたいです。

いや、もしかしたら、子供はすでに変わっているのかも知れません。
本当は変わっているはずなのに、子供に対する要求が大きいあまり、
私たち大人が、その変化に気づけていないのかも知れません。

だとしたら、それは子供の努力不足ではなく、
その変化を見抜けない私たち大人の努力不足。
恐ろしいことですよね。

教育にも子育てにも「特効薬」はありません。
というか、あってはならないと私は思っています。

仮にそのようなものがあったとして、
その場は何とか乗り切れたとしても、
必ず「副作用」が起こると思います。

もっとも恐い「副作用」と言えば、
「さほど努力しなくても、『特効薬』さえあればどうにでもなる!」
と親も子供も思ってしまうことではないでしょうか。

この「特効薬」を「お金」に置き換えてみれば、
少しは現実味が増すかも知れません。
そんな親子がいたとしたら・・・、これまた恐ろしいことですよね。

今までろくに走ったこともない子供に、
「明日から毎日5キロ走りなさい!」と言っても無理な話です。

走ったことのない子供には、まずは1キロ、
いや、「準備運動」からしっかり教えなければなりません。

「準備運動」で速く走れるようにはなれませんが、
その重要性は、みなさんもご存知のはずですよね。

その「準備運動」を飛ばして、いきなり5キロを走らせようとする。
子供が「心臓発作」を起こしてから悔やんだところで遅すぎます。

「子供は急に変われない」

人間が変わるのは、「少しずつ、少しずつ」です。
その「少しずつ」の変化に、
気づいてあげられる大人でありたいと思います。

う~ん、それにしても、
自分は変われないのに、相手(子供)にだけは「変わりなさい!」
人間って、ホント、自分勝手な生き物ですよね!
(↑もちろん、これには私も含まれてます・・・苦笑)


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by sawayoshi45 | 2007-04-20 00:17 | 教育のこと | Comments(6)

おともだち

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アメリカで銃乱射。
長崎でも銃撃事件。
何だか恐い事件が続きます。
銃なんて、なくなればいいのに・・・。



「子供が好きか嫌いか?」と問われれば、
「まあ、好きなほうかな?」とは答えますが、
全面的に「子供大好き!」といった雰囲気は出さないようにしています。

勉強以外のことで、生徒から何か質問されたときは、
下手な演技で、ちょっと面倒臭そうに答えるようにしていますし、(笑)
授業以外のことで、こちらから生徒に連絡を取ることもありません。

まあ、生徒の側からすれば、授業以外の日まで、
こんな「おっさん」と話はしたくないでしょうけど・・・(笑)

大学生の頃に、塾講師のアルバイトをしていましたが、
私はそのときに、大きな失敗をしました。

それは、生徒と「おともだち」になってしまったことです。

教えていたのは、中学生。
当時の私は20歳になるかならないか。
年齢的には、さほど差はありません。

そのため、私はどこか「ノリ」で授業をやってしまうところがありました。
生徒からすれば、「ノリのいい先生」、そして「ラクな先生」です。

生徒は「ラクな先生」の言うことなんか、真剣に聞きません。
聞かなくても、恐くないからです。

ただ、言うことは聞きませんが、何かと近寄っては来てくれます。
ちょっと解らないところがあれば、「先生教えて!」
そして休憩時間になると、「先生ちょっと来て!」と。

そんな「おともだち」の関係を、
「自分は生徒に慕われている良い先生」だと勘違いしていました。
学生先生がやってしまいがちな、典型的な失敗例ですね。

「まあ、そのときは所詮学生だったから・・・」、
といった言い訳をしたい気持ちもないわけではありません。

でも、親御さんからすれば、
「プロの先生の授業」だろうが「学生先生の授業」だろうが、
おなじ月謝を払っているわけですからね。

そう考えると、当時の子供たちとその親御さんには、
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでございます。

あっ、といっても、
「学生先生がダメ」と言っているわけではありませんので誤解しないでくださいね。
学生先生の中にも、
今の私なんかよりずっと優秀な先生はたくさんいると思いますから・・・。

そんな過去の失敗もあって、
私は生徒とは、なるべく「おともだち」にならないよう、
心がけるようになりました。

授業の日以外で生徒と会うこともありませんし、
メールのやり取りすら、ほとんどすることはありません。
それでも、生徒との関係は良好だと自分では思っています。
(↑これも勘違いかも知れませんが・・・笑)

「人間関係は腹6分でちょうどいい」と申します。
先生と生徒の関係も同じだと思います。

離れすぎず、近寄りすぎず、
適度な距離を保ちながら付き合うのが大切。
近寄りすぎるのは、あまり良いことではないような気がいたします。

まあ、あのときの教え子たちも、
今となってはもう30過ぎた「おっさん」「おばさん(おねえさん?)」。

今は何をしているかも全くわかりませんが、
きっと、「お父さん」「お母さん」になっている人もいるんでしょうね。

「彼ら(彼女ら)の子供に教える日がいつかくるかも・・・」
そんな夢見る36のオヤジでございやす。(笑)


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by sawayoshi45 | 2007-04-18 00:44 | 教育のこと | Comments(6)

お山の大将

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今日はちょっと思うことがあって、
いつもより長めでございますが、
どうかご勘弁くださいませ。



1年半ほど前から、このブログを書き始めましたが、
それまでは、私自身ネットにほとんど興味がありませんでした。

ですから、他の先生方がどのような指導法で、
どれだけの実績を出しているか、ほとんど知りませんでした。
ある意味、「世間知らず」だったかも知れません。

でも、自分でブログを書くようになってから、
同業者(教育関係者)の方のブログも読むようになりました。

とても参考になることも多いし、
共感を覚える記事もたくさんあります。

ただ、正直な感想を言わせてもらえば、
「お山の大将」が多い業界だなって感じます。
(そんな私も、傍から見ればそう思われているんでしょうけど・・・苦笑)

「指導法には自信があります!」
「偏差値20上げたことがあります!」

この商売、ある程度の自信がなければ出来ないでしょうから、
ここまでは、まあわかります。

ただ、いくら自分の教え方に自信があるからといっても、
他塾や他の先生を見下すような発言は、いかがなものでしょうか?

「自分らのやり方が絶対で、それ以外の方法はダメ!」
(え? その方法は100%の生徒に効果があるの?)

「結果も出せないような塾(先生)は、辞めてしまえ!」
(それを決めるのは生徒や親御さんであって、あなたではないのでは?)

「あんな塾(先生)に教わっている生徒がかわいそう!」
(余計なお世話、その塾(先生)が良くて通っている生徒もいるんじゃないの?)

「学校の先生はいったい何を教えているんだ!」
(学校で不特定多数の生徒を相手に教えたことはあるのかな?)

あっ、ちなみに( )の中は、私の心の叫びでございます。(笑)

今まで、何百人の生徒に教えてきたかは知りませんが、
そんなのは全国にいる子供の数の1%にも満たないはず。

そんな「点」にも満たないようなところで、
少しばかり結果を出してきたくらいでなぜそこまで言いきれるのか、
塾講師というより、人間として、理解に苦しむところでございます。

いくら成績を上げてくれる先生だと言われても、
私だったら、そんな先生に自分の子供を預けたいとは思いません。

いまだに「確固たる指導法」というのは確立できていませんし、
もともと、そんな方法があるとも思っていません。

もちろん、基本となる軸はありますが、
細かい点においては、接する子供によってまちまちです。
それは実際子供に接してから、考えるようにしています。

私のことを、「のん気で怒らない先生」だと思っている生徒もいれば、
「クチうるさいオヤジ」と思っている生徒もいるはずです。(笑)

同じように教えても、同じ結果が得られるわけではありません。

ですから、教育に限って言えば、
「これが絶対のやり方」というのはあり得ないと思っています。

確かに自分にとって「好きなやり方」「嫌いなやり方」というのはあります。
でも、自分が嫌いだからといって、それを否定することは出来ません。

現にそのやり方で、結果が出たという例があるのであれば、
いくら自分にとって「嫌いなやり方」であったとしても、
そのやり方も有りだと認めざるを得ません。

ただ「自分はやらない」「やりたくない」というだけのことです。

私には私のやり方があって、他の先生には他の先生のやり方がある。
どちらのやり方を選ぶかは、生徒と親御さんが決める。
それでいいんじゃないかと思います。

生徒が百人いれば、百通りの指導法、百通りの接し方があります。
何が正解か、何が不正解かは誰にもわかりません。

ただ、それを日々模索し続けるのが、私たちの仕事だと思います。
良いと思ったことは取り入れ、悪いと思ったことは改善していく。
その繰り返しでしかありません。

すべての生徒に効果的な学習法を提供することは、私には出来ません。
すべての生徒をバラ色の人生に導くことも、私には出来ません。

でも、目の前にいる生徒にとって、
今何が大切か、今何が必要かを考え、伝えていくことなら出来ます。

といっても、それが本当に正しいかどうかもわかりません。
あくまで「自分が正しいと思うこと」を伝えるに過ぎません。
それが正しいかどうかを判断するのは、
実際、接している生徒とその親御さんでしかありません。

教える立場にいる人間に出来ることって、
せいぜいそんな程度のことだと思うんですが・・・

まあ、私がこんなことを書いても、
「確固たる指導法」をお持ちの方からすれば、
「単なる理想論」「結果も出せないヤツの言い訳」としか、
受け止められないんでしょうけど・・・

周りから「先生、先生」と呼ばれ、
ただでさえ「お山の大将」になりがちなこの仕事。
私自身、気をつけたいなと思います。(自戒を込めて・・・)


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by sawayoshi45 | 2007-04-15 23:32 | 家庭教師のこと | Comments(8)

親心

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このブログの検索ワード。
1位が「サクラサケ」はいいとして、
2位が「オールバック」って・・・。
「オールバック」に興味を持っている方、
世の中、意外と多いんでしょうか?(笑)




実家の近所の親戚が農家ということもあり、数ヶ月に一度、
実家の母から、食べきれないほどの米や野菜が届きます。

私としては、「いい歳をして親の世話になって・・・」
というちょっと複雑な気持ちがないわけではありません。

でも、そうやって送ってくるのも母の楽しみのひとつ。
きっと母も、私と妻の喜ぶ姿を想像して、
送ってきてくれているはずだと良いほうに捉えて、
素直に甘えることにしています。

幸か不幸か、私も妻も共に末っ子。
どちらかというと親に甘やかされて育ったくちでございます。
そのためか、人に甘えることにあまり抵抗はありません。

感謝の気持ちさえ忘れなければ、
甘えることは特に悪いことではないと思っています。

一方、私の姉はそんな甘ったれの私とは正反対。
良く言えば「しっかり者」、悪く言えば「甘え下手」です。
「どうせ残すからいらない」といつも母の「仕送り」を断ってくるそうです。

そんな「しっかり者」で「甘え嫌い」の姉について、
「捨ててもいいから受け取って欲しい」と、
母が愚痴をこぼしているのを何度か聞いたことがあります。

世話好きの母からすれば、
せっかく子供のためにしてあげようと思ったのに、
それを断られるのは面白くないということなんでしょうね。

「子供がいくつになっても、親として子供の役に立っていたい」。
それが「親心」というものなのかも知れませんね。

私は3年ほど前から、妻の母と一緒に住んでいますが、
その義母もよく言っています。

「自分は食べなくても、子供には美味しいものを食べさせてあげたい。
それが親というものなんだよ」と。

まさに「無償の愛」というやつですね。

私のような第三者の立場にいる人間が、いくら教師面をこいて、
「私は生徒のために日々頑張っています!」と吠えたところで、
親の愛情に比べれば、ちっぽけなものでしかないんだなって思います。

思えば、子供の頃から、親に不満ばかり言っていました。
わざわざ親が望むのと反対の道を歩んできたような気がします。
そして、さんざん親の期待も裏切ってきました。

それについて、今でもたまに愚痴をこぼされることがあります。
以前はその度に、屁理屈をこねて口答えをしてきましたが、
最近ようやく「右から左?」に受け流せるようになった気がします。(笑)

こんな私でも、
「親心」が少しは分かる歳になったのかも知れません。

いまだに自分たちの生活だけで、いっぱいいっぱい。

ろくに「親孝行」らしいことも出来ないでいる私ですが、
せいぜい母にはあまり心配をかけないよう、
体に気をつけて頑張ることにいたしましょ!


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by sawayoshi45 | 2007-04-14 00:52 | 自分のこと | Comments(4)

やっぱ悪いことは出来ないね!

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さすが阪神。
簡単には勝たせてくれまへんな。




交番の前に、指名手配犯の写真が貼られています。
それを見て、ふと考えました。

「この犯人と瓜二つの顔の人がいたら、どうしているんだろう?」と。

世の中には、同じ顔の人が何人かいるそうなので、
そういう人が、同じ日本国内にいないとも限りませんよね。

その人は何も悪いことはしていないのに、世間から白い眼で見られ、
肩身の狭い思いをしているかも知れません。

周囲の目が気になって、外に出ることも出来なくなり、
引きこもりになっているかも知れません。

有名人に顔が似ている人は、それだけで商売道具に出来ますが、
犯罪者に顔が似ている人は、それだけでコンプレックスになります。

その人は、自分と似た顔を持つ犯人が憎くて仕方なくなるはずです。
「あいつさえいなかったら・・・」と殺意を抱くかも知れません。

人の恨みを買うときって、
案外こういったことからかも知れませんね。

とまあ、そんなことを考えていたら、
昔、営業の仕事をしていた頃を思い出しました。

私自身は会社に誇りを持っていたし、商品にも自信を持っていました。
不正をしたり、強引に商品を売りつけたりしていたわけでもありません。

ただ、営業マンに対する世間の目はけっこう冷たいものでございます。

「セールス」と聞いただけで、
「どこかの悪徳業者じゃないの?」
と疑われることも少なくありませんでした。

自分では悪いことをしているわけではないのに、
一部の悪徳業者のせいで、肩身の狭い思いをさせられる。

さすがに殺意とまではいきませんが、
すごく腹立たしく感じたことがあります。

教育産業にも、悪徳業者がはびこっているようです。

高額な教材を売りつけられた。
不当な授業料を請求された。
強引に契約を迫られた。

そんな話をたまに聞くことがあります。

一度でもこういった経験をされた方は、
教育産業に対して、悪いイメージを抱くことになります。

塾や家庭教師という言葉を聞いただけで、
嫌悪感を持つ方もいらっしゃるかと思います。

悪いことをして、自分がその報いを受けるのは自業自得ですが、
良心的にやっている同業者にとっても、いい迷惑というものです。

悪いことをすれば、
自分とは直接関係のない人にまで迷惑を及ぼすことになります。

悪いことをすれば、
自分とは直接関係のない人からまで恨みを買うことになります。

まあ、そう考えてみると、
私自身、同業者の方から恨みを買わないためにも、
「いいかげんな指導」は出来ないなと思った次第でございます。

やっぱ悪いことは出来ないもんですな!


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by sawayoshi45 | 2007-04-12 00:33 | 自分のこと | Comments(2)

立場の違い

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9試合を終えて、7勝2敗で首位。
さすが我がドラゴンズ!
上々の出だしでございます。
今年こそ日本一ですな!!



必死で勉強し、ある程度の学歴と地位を得た人は、
勉強が出来ないのは、単に努力不足が原因だと言います。

そして、子供たちの言葉に耳を傾けることもなく、
「やれば出来る、出来ないのはやってないだけ」と決め付けます。

それは暗に、
「自分はそれだけ努力してきた人間だ!」
と世間に主張しているかのように私には感じます。

また、過去にそれなりの苦労を経験してきた人は、
「今の子供たちは根性がない」と言います。

自分が経験してきたほどの苦労を知らない。
だから今の子供たちは「根性なし」だと決め付けます。

今の子供たちには、
今の子供たちなりの苦労があることを考えようともしません。

これも暗に、
「自分には根性がある!」
と主張しているだけのことのように聞こえます。

私も含めて人間は、
自分の経験を基準にして物事を判断しがちです。

自分より努力していそうな人は「頑張っている人」。
自分より努力していなさそうな人は「頑張っていない人」と。

でも、頑張りの基準は人それぞれです。

「○点取れたから頑張った、取れなかったから頑張っていない」
「○時間勉強したから頑張った、してないから頑張っていない」
「○○大学に合格したから頑張った、不合格だったから頑張っていない」

そんな基準があるわけではありませんよね。

プロ野球、草野球、高校野球、少年野球では、
それぞれ頑張りの基準はまったく違うはずです。

少年野球を楽しもうとしている子供に、
プロ野球の厳しさを教えようとしても無理というものです。
もともと目的が違うんですから・・・。

舞台は「主役」「脇役」「観客」がいて初めて成り立つものです。

脇役がいなければ、主役は引き立ちませんし、
観客がいなければ、舞台自体が成り立ちません。

みんなが主役になろうとしても無理ですし、
みんなを主役にしようとしても無理でしょう。
(最近の学芸会には主役が何人もいるそうですが・・・苦笑)

主役には主役なりの人生。
脇役には脇役なりの人生。
観客には観客なりの人生があります。

主役も脇役も観客も、
お互いがお互いの「立場の違い」を理解し、
お互いを尊重しあうことが大切なんじゃないかと思います。

そして、それを子供に伝えていくことも、
私たち大人の役目なんじゃないかと思います。

「我が子(教え子)を世間の主役に育てたい」

「親の立場」「教える立場」としてのその気持ちは私にもよくわかります。
でも、当の子供が本当にそれを望んでいるかどうかは別問題。

「親の立場」「教える立場」を主張するのもいいですが、
「子供の立場」を理解する努力も怠らないよう、
気をつけたいところですね。

う~ん、それにしても最近はネットが普及したせいか、
子供も大人も、ブログで自己顕示と我が子自慢の雨あられ。

やたらと「主役」になりたがる方が、
見受けられるような気がするんですが・・・
これも気のせいでしょうか?

まあ、そう言う私も、
傍から見れば、そのひとりなんでしょうけど・・・(苦笑)


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by sawayoshi45 | 2007-04-10 00:21 | 教育のこと | Comments(2)


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