温度差

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大荒れです!!




何の世界でも同じかと思いますが、
「してあげる側」と「される側」には、必ず「温度差」というものが存在すると思います。

「してあげる側」は、「こんなにしてやっているのに・・・」と思っていても、
「される側」にしてみれば、
余計なお世話であったりすることはよくあることですよね。

もちろん、親と子供の間にも、この「温度差」はあると思います。

「親の心、子知らず」という言葉があるのも、このためではないでしょうか。
でも、この言葉はあくまで親側の言い分であって、
子供側の言い分は、「子の心、親知らず」といったところではないかと思います。

いじめの問題も同じですね。
いじめた側は「たいしたことはない」と思っていても、
いじめられる側にすれば、
「死にたい」と思うほどの屈辱だったというのは、よくあることです。

先日、小5の男の子が自殺するという、
何とも痛ましいニュースが飛び込んできました。

小5の子供が自殺にまで追い込まれる。
そこにはどのような背景があったのか、詳しい事情はまだよくわかりません。
テレビの報道を鵜呑みにするわけにもいきません。

でも、その学校の校長先生が、
「行き過ぎがあったとは思っていません」といった発言をしたことを考えれば、
これも、教師側と子供側に「温度差」があったのではないかという気がします。

教師側がいくら「行き過ぎではない」といったところで、
子供側が「行き過ぎだ」と感じたからこそ、
こういった結果になったのではないかと思うのですが・・・。

教育の世界においては、
「教師が何をしたか」ではなく、
「子供がどう感じたか」がすべてだと思います。

いくら教師が熱心に指導しているつもりでも、
それが子供に伝わっていなければ、
それは「いい指導」とは言えません。

どんな仕事でも同じだと思いますが、
「一生懸命やっている」から「認められる」わけではありません。
「一生懸命やっている」ことが「相手に受け入れられる」ことで、
はじめてその仕事が「認められる」のではないかと私は思います。

とまあ、口で言うのは簡単ですが、
実際はなかなか難しいことなんですよね、これが。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-21 00:00 | 教育のこと | Comments(0)

覚えることと考えること

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韓国戦、勝ちましたね。
次はいよいよキューバとの決勝。
とても楽しみです。




「学ぶ」の語源は「真似ぶ(真似る)」といわれています。
つまり「マネをする」ということです。

考えてみれば、私たちは周りの大人の発言や行動の「マネをして」
大人になったと言っても過言ではありません。

勉強においても同じことが言えそうです。
教科書や先生のやり方の「マネをして」、力をつけてきました。
いくら、自分なりの特別な方法があるといっても、
それは基礎が成り立っていなければ、あまり意味がないと思います。

基礎を無視して「ファインプレー」はありえないと私は思っています。
そういった意味では、まずは教科書どおりのやり方をしっかり「覚える」というのは、
とても大切なことだと思います。

今はどうかわかりませんが、かつて作家を目指した人は、
自分の好きな作家の作品を丸写しして、文章の勉強をしたと聞きます。

これはスポーツにおいても、職人の世界においても、
まったく同じことが言えると思います。
基礎を身につけるには、
まずは先人の教えの「マネをする」ことから始めることが大切ということです。

以前、「学力と覚力」という記事を書きました。
あれを読む限り、なんだか「覚える」ことを否定しているようにとられそうですが、
決してそういうつもりはありません。

「覚える」ことと「考える」こと、
この両方があって初めて「学ぶ」ことになるのではないかと思います。

私はよく、このことを大工さんの仕事に例えて子供たちに話をすることがあります。
「覚える」というのは、のこぎりやカンナの道具の使い方を身につけること。
「考える」というのは、家や建物を建てる際の設計をすること。
このどちらかが欠けても、いい家を建てることができないということです。
もっとも、今は分業になっている場合が多いようですが・・・。

教師についても同じことが言えそうです。
「覚える」というのは、教科の専門知識を身につけること。
「考える」というのは、その知識を効率よく子供たちに伝えていく方法を日々模索すること。
これも、どちらかが欠けても、いい教師とは言えないと思います。

最近、教育者の間で、この両者の議論がなされているようですが、
どちらが良いとか悪いとかではなく、
この両者のバランスこそが大切ではないかと私は思っています。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-20 00:39 | 教育のこと | Comments(0)

逆の立場で考える

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今日の誕生花のひとつ。
ドイツアザミというそうです。






遅ればせながら、ワールドベースボールクラシック(WBC)の話。

メキシコがアメリカに勝利し、
「タナボタ」のような形で何とか準決勝進出を果たした日本ですが、
なかなか韓国にはあと一歩及ばず、苦戦しているようです。
さて、次の準決勝、雪辱を果たすことは出来るんでしょうか? 
今日の韓国戦、とても楽しみですね。

ところでWBCで思い出すのは、2次リーグでのアメリカとの対戦。
あの例の疑惑の判定です。
どう見ても、アメリカに有利な判定がくだされました。
といっても、今さらそこを蒸し返すつもりはありません。

私が取り上げたいのは、あの判定に対して、
アメリカのメディアや日本側の取材に応じたアメリカ人が総じて、
日本の敗戦に同情的な反応を示したというところ。

判定が覆ることはもちろんありませんでしたが、
このあたり、何となくアメリカ人の「器の大きさ」を感じます。

さて、これが、もし「逆の立場」だったならどうでしょう?

仮に日本に有利な判定がなされ、結果、日本が勝ったとします。
もしその判定が明らかな間違いだったとしたら、
果たしてアメリカに同情的な反応を示すことができたかどうか、はなはだ疑問です。

きっと自分たちに都合のいい判定であれば、あれほど騒ぐこともなかったでしょうし、
あの審判の悪口を言うこともなかったのではないか、何となくそんな気がします。
むしろ、誤審をしてくれた審判に感謝しているのではないでしょうか。
いや、きっと私だってそうだったかもしれません。

オリンピックでのフィギュアスケートのとき、荒川選手のライバル、
スルツカヤ選手やコーエン選手の転倒をみて、喜んで手をたたいた人は多いと思います。
なかには、「転べ!転べ!」と祈っていた人もいたのではないでしょうか。
たしか、そういった発言をして、謝罪させられた議員もいましたよね。

相手のミスを喜ぶ気持ちはわからないでもありませんが、
それをあからさまに表現するというのは、
まさにスポーツの精神に反していることになりはしないでしょうか。
まあ、これは判定の問題ではないので、ちょっと事情は違うかも知れませんが・・・。

自分のひいきのチームが勝つのは嬉しいことです。
自分の子供や教え子が、受験で合格するのは、とても嬉しいことです。
そのときは素直に喜んでいいと思います。

でも、「喜ぶ」と同時に、負けた側のこと、不合格した人の気持ちも考えてみる。
つまり「逆の立場で考える」という心の余裕も持ちたいものです。
それが、「思いやり」というものだと思います。

少なくとも、負けた側を簡単に非難したり、
バカにしたりするような「器の小さい人間」には、なりたくないものですね。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-19 00:00 | 世間のこと | Comments(2)

人間のモノサシと神様のモノサシ

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本日の写真は満開のサクラ!
理由は・・・・・わかりますよね!!




「人間のモノサシ」で考えれば、不合格よりも合格のほうがいいに決まっています。
「人間のモノサシ」で考えれば、失敗するより成功のほうがいいに決まっています。
「人間のモノサシ」で考えれば、貧乏よりもお金持ちのほうがいいに決まっています。

でも、「神様のモノサシ」で考えれば、どうなのでしょうか?

人間は、今現在のことしか見ることができません。
未来を予測することはできますが、実際に見ることはできません。
ですから、どうしても現在の状態だけで物事を判断してしまいがちです。

私にも経験があるのでよくわかりますが、
「不合格」という現実は本人にとっては、ものすごいショックです。
「今まで頑張ってきた」という意識が強ければ強い子ほど、
その現実を受け入れるには長い時間がかかるのではないかと思います。

「やるだけやったら、後悔はしない」とはよくいう言葉ですが、
実際はそのような心境になるのは、なかなか難しいことではないかと思います。
「やるだけやったからこそ、悔しい」というのがホンネではないでしょうか。

でも、これはあくまで「人間のモノサシ」で見た場合の話です。
「神様のモノサシ」で見れば、そんなことは、
ほんのちっぽけなものでしかないのかも知れません。

「神様は、それに耐え得る人間に試練を与える」といいます。
「神様のモノサシ」で見れば、もしかしたら、
その「不合格」はその子の成長にとって、必要なことだったのかもしれません。

まあ、これは後になってみなければわからないこと、
いや、私たち人間には一生わからないことなのかもしれません。
でも、何でも一生懸命にやってさえいれば、必ずその人にとって、
プラスの方向に進むことだけは確かなことだと、私は信じています。

昨日は北海道の公立高校の合格発表でした。
幸い(?)、私の教え子たちは全員合格することができましたが、
「不合格」という厳しい現実をつきつけられ、
辛い思いをしている生徒もどこかにいるはずです。

私たち人間が神様になることはできませんが、
できるだけ「神様のモノサシ」に近い目で、
子供たちをみてあげる努力は必要なのかも知れませんね。

挫折や失敗を味わうことなく、一生を終える人はまずいないと思います。
他の人よりちょっとだけ早く挫折を味わわせてもらったと考えれば、
少しは気がラクになるのではないかと思います。
大切なのは、挫折や失敗のあとに、自分がどんな生き方をするか、
そこではないかと思います。

まあ、これはもちろん子供だけでなく、私たち大人にも同じことがいえますけどね。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-18 00:00 | 人生のこと | Comments(2)

教えてやっている?

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今日はいよいよ公立高校の合格発表。
今からドキドキしているサワダでございます。
というわけで、祈・サクラサケ!




生徒の合格実績を、自分の合格実績としてひけらかす先生。
成績が上がれば、自分の指導法のおかげだと言わんばかりの先生。
自分たちが子供に「教えてやっている」と、勘違い(?)している先生。
いやはや、世の中にはいろんな先生がいるものです。

昨日の記事で書いた竹岡先生は、次のように述べております。

「生徒が力をつけたとき、『俺が教えてやったから』と思うのは教師のごう慢であり、
生徒自信が努力した結果だと考えるべき」と。

まさにその通りだと私も思うのですが、さて、現実はいかがなものでしょう?

竹岡先生は、耳の不自由な生徒が入塾してきたとき、
1年間、板書のみで授業をしたそうです。
説明もすべて板書で行ったとか。
一見、とても効率の悪い授業に思えますよね。

ところが、そういった授業に文句を言うような生徒がひとりもいなかったそうです。
最後の授業では、子供たちに「感謝!感謝!!感謝!!!」
と板書していたのが印象的でした。

そのことについて、竹岡先生はたしか次のように述べられておりました。
「多分、神様に試されているんじゃないですかね。これなら、お前はどうするねんって」と。
「自分が教えてやっている」という意識で仕事をしている先生には、
とても出来ないことではないかと思います。

文句を言う生徒がひとりもいなかったということも、
竹岡先生の人柄というか、熱意が生徒たちに伝わっているからこそではないでしょうか。

学校も含めて、私たち教育産業は子供たちがいて初めて成り立つ商売です。
私たちは子供に「授業をしてやっている」のではなく、
「授業をさせて頂いている」のだと思います。

だって、子供たちがいなければ、私たちは食べていけないんですから・・・。
でも、このことを意識して仕事をしている先生、どれだけいるでしょう?

いや、今エラそうに書いているこの私自身も、
たまにこのことを忘れて、ごう慢になっている自分に気付くことがあります。
特にこの時期は、勘違いしやすいとき。
気をつけなければいけませんね。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-17 00:01 | 教育のこと | Comments(2)

遠回りこそ近道

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穏やかな1日でした。
今度こそ春の訪れかな?




今週のNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」は、
ドラゴン桜のモデルになったカリスマ英語講師、竹岡広信先生でした。
まあ、ひと言で言えば、とにかく「すごい先生」という印象を受けましたが、
私が最も共感を覚えたのが、「遠回りこそ近道」という言葉。

この言葉、私も頭ではわかっていますし、子供たちにもよく言っている言葉です。
でも、本当にこれを実践しているかといわれると・・・、
う~ん、正直自信がありませんね。

テストや受験という目先のことにとらわれて、
多くのことを子供たちに覚えさせようとしている自分がいることも否定できません。

私たちは、どうしても「近道」を好みます。
誰も最初から好き好んで「遠回り」を好む人はあまりいないと思います。
もちろん、私もそうです。
ただ、結果的に「遠回り」になることはよくあることですが・・・。

いちいち辞書を引いて調べるより、電子辞書を使ったほうが「近道」。
自分で考えるより、先生に勉強のやり方を教えてもらったほうが「近道」。
自分で勉強するより、塾に行って教えてもらったほうが「近道」。

何も勉強に限ったことではありませんね。

手紙を書くより、電話やメールのほうが「近道」。
自分の足で歩くよりも、車で移動したほうが「近道」。
汗水流して働くよりも、株で一儲けでもしたほうが「近道」・・・・・などなど。

こう考えてくると、世の中の動き全体が「近道」を好んでいるといえそうです。
でも、これらは本当に「近道」なんでしょうか? 
「近道」をしようとするあまり、何か大切なものを見逃しているような気がしてなりません。

特に勉強においては、一見「近道」に見えることが、
実はものすごく「遠回り」になっていること、よくあることです。
私も子供たちを見ていて、よくわかります。

竹岡先生は、ひとつの単語について、30分以上かけることもあるそうです。
「これは覚えろ!」ですませようとする先生とは大違いですね。

ひとつの問題に、じっくり時間をかけて深く考えさせることと、
できるだけ多くの問題を解かせて、やり方を覚えさせること、
一見、後者のほうが「近道」に見えますが、本当の意味での「近道」はどちらなのか、
よく考えなければいけないことだと思いました。

それにしても、「ドラゴン桜」という漫画、今まで存在は知っていましたが、
読んだことはありませんでした。
竹岡先生を見て、ちょっと興味がわいてきました。
今度読んでみようかな。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-16 00:03 | 教育のこと | Comments(6)

隠し事

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昨日もひどい寒さでした。
でも、今日からはだいぶ寒さは和らぐそうです。
札幌にもようやく春が訪れる予感・・・。




私は、小学生から高校生までの生徒を相手にしておりますが、
やはりメインは中学生になります。

中学生といえば、一般的には「大人と子供の境目」とされ、
一番難しい時期とも言われています。

多くの子供たちは反抗期を迎え、
特に、親に対する反抗心が強くなる時期でもありますね。

子供たちと接していても、親への不満を、
他人であるこの私に語ってくる子もけっこう多いです。

そんなときは、子供たちにその不満を吐かせるだけ吐かせておいて、
最後に「でも、学校を出て一人暮らしでもしたら、親のありがたさ、よくわかるよ」
とひと言だけ言って、終わらせます。

まあ、これで納得しているかどうかはわかりませんが、
私の経験からは、それが「真実」だと思っているので、
それしか言いようがありません。

でもこれは、自然のことだと思いますし、
ほとんどの場合は時間が解決してくれるので、私はまったく気にしておりません。

そして、こういった子たちはたいてい親への「隠し事」を持っています。
男の子であれば、「あやしい(?)本」の一冊や二冊、
部屋のどこかに隠していても不思議ではありません。

あ!今ショックを受けたお母さん、何も心配することはありません。
それが本能というもので、男というのは、そういう生き物ですから。
ある意味、これも自然のことであり、心配には及びません。

むしろ私が心配なのは、
「親への不満」や「隠し事」のまったくない子供たちです。

私の見る限り、そういった子は、
何かに縛られているというか、抑えつけられているというか、
何となくそんな印象を受けます。

その「何か」とは何か。
親の権威、学校での位置関係、世間の常識の押し付け・・・、などなど。

まあ、いろいろ考えられますが、
「不満がない」というよりは、「不満も言えない」という感じがして、
見ていて何だかかわいそうになってくることがあります。

といっても、もしかしたら私のただの思い違いなのかも知れません。
それだったら、特に問題はないんですけどね。

「うちは家族の間に隠し事はいっさいありません!」という人がいます。
でもこれって、いいことなのかどうか、正直私にはよくわかりません。 
「隠し事=悪いこと」という考えにも、ちょっと頭をかしげたくなります。

子供だって、ある程度の年齢に達したなら、
「隠し事」のひとつやふたつ、あってもいいのではないかと私は思っています。
私もそうでしたし、それが自然のことではないでしょうか。

親御さんにしてみれば、ショックなのかもしれませんが、
その親御さん自身、昔はそういった時期、あったのではないですか?

表面上の「いい家族」や「いい子」というものにとらわれて、
もっと大事なこと、忘れていないかどうか、
よく考えてみる必要もあるのではないかと思います。

もっとも、「隠し事」のひとつも出来ない、
「知恵のない人間」に育てたいというなら、話は別ですけど・・・。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-15 00:12 | 教育のこと | Comments(3)

「概念」というフィルター

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寒すぎです!
予報によると、今日の最高気温はマイナス1℃。
「真冬日」でございます。
いったい春は、いつやってくるんでしょうか?



だいぶ前に見た番組なので、詳しい内容は忘れましたが、
南の小さな島に、「幸せ」を意味する言葉を持たない民族がいるそうです。
ということは、当然「不幸」という言葉もないということになりますよね。

言葉がないということは、「幸せ」という「概念」がないということ。
つまり、「幸せだ」とも「不幸だ」とも考えることなく、
現実を受け入れる生活をしているということになります。
考えてみれば、これほど「幸せ」なことはないですよね。

私たちは、「幸せとは、こういうものだ」という勝手な「概念」を抱いています。
そして、その「基準」に満たなければ、
「自分は不幸だ」と思ってしまう傾向が強いのではないかと思います。

また、「幸せ」と「不幸せ」の基準の多くが、
他人との比較において成り立っているような気がします。
以前、「タテの比較とヨコの比較」という記事を書きましたが、
それで言えば「ヨコの比較」にあたりますね。

「隣の芝生は青く見える」という諺もあるように、
「隣の○○さんに比べて、自分は不幸だ」と思って、不満を感じている人、
多いのではないかと思います。
そういうときは、だいたいお互いがそう思っていることが多いそうです。
まさに「概念」というフィルターに心が支配されていると言えるのではないでしょうか。

手前みそになりますが、私はよく人に「頑張っているね」と言われることがあります。
でも、こう言われると、正直、返答に困ります。
というのは、私自身、
「頑張っている」という意識を持ってやっていることが、ほとんどないからです。

私はただ「好きなこと」をやっているに過ぎないのに、
それが人からは「頑張っている」ように見えてしまうということです。
それに、「頑張るとは、こういうことだ」という「基準」もよくわかりません。
まあ、言ってくれる方にすれば、ただの「社交辞令」なのかも知れませんけど・・・。

芸人さんの方々の、過去の下積み時代のエピソードが紹介されると、
よく「苦労したんだね~」という人がいます。
でも、芸人さんの方々の中には、
「苦労した」という意識を持っていない方が多いと聞きます。

彼らは、好きなことをやっているだけで、
それを「苦労」とは思っていないということですね。
これも、私たちが「苦労とはこういうものだ」という「概念」を、
勝手に相手に押し付けているに過ぎません。

「幸せとはこういうものだ」
「世の中とはこういうものだ」
「勉強とはこういうものだ」
「教育とはこういうものだ」
「子供とはこういうものだ」

このような「概念」の多くは、実は私たちの単なる「思い込み」であること、
多いのではないでしょうか?

「概念」を否定しているわけではありません。
勉強において、特に算数や数学において「概念」をしっかり教えることは、
とても大事なことだと思っています。
(これも「思い込み」なのかな?)

でも、その「概念」が、
時に私たちの判断の邪魔になることも、心得なければならないと思います。
養老孟司風に言えば、「バカの壁を取り払え!」ということでしょうかね。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-14 00:45 | 人生のこと | Comments(4)

オリンピックとパラリンピック

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天気は良かったですが、とても寒い1日でした。
春が待ち遠しいな~




オリンピックが終わり、トリノでは今、パラリンピックが開催されております。
小林深雪選手の金メダル、太田渉子選手の銅メダル、大日方邦子選手の銀メダルなど、
さっそく嬉しいニュースが飛び込んできております。

ただ・・・・、

荒川静香選手の金メダルのときは、号外が出るほど大騒ぎだった日本も、
今回はあまり騒いでいるようすは感じられません。
スポーツニュースで結果が報告される程度で、
試合のようすはどこの局でも、ほとんど放送されていないようです。

「視聴率重視」の民放が放送しないのは、まだわからなくもありませんが、
NHKですら放送しないというのは、なんだか腑に落ちない部分があります。

しかも、昨日のNHKの「サンデースポーツ」では、
パラリンピックの話題は、最後のほうで少し取り上げられただけでした。
これでは、パラリンピックが行われていることすら知らない人も多いのではないかと思います。

まあ、今に始まったことではありませんが、
競技人口が違うとはいえ、この「差別」はいったいどういうことでしょう?
オリンピックの金メダルと、パラリンピックの金メダルでは価値が違うということでしょうか? 
これが資本主義の世の中というものなのでしょうか?
「人間みな平等」という言葉が、なんだかむなしく感じます。

今回の大会には参加していませんが、実は、私の中学の同級生にも、
前回(アトランタ)と前々回(長野)のパラリンピックに出場した友人がいます。

彼には片足がありません。
大学の頃、バイクの事故で失いました。
一時は自暴自棄になったこともあったようですが、
その後、猛烈なトレーニングの末、片足のアルペンスキーヤーになりました。

残念ながらメダルはまだ取っておりませんが、彼の努力は本当に尊敬に値しますし、
彼の生き様から学ぶことも非常に多いです。
きっと4年後には、また復活してくれるものと信じています。

別に彼を贔屓したいわけではありませんが、
障害を克服して頑張っている人たち、もちろん彼の他にもたくさんいます。

「イナバウアー」を取り上げる時間がこれほどあるのなら、
パラリンピックの選手の方々を、もう少し取り上げてくれてもいいのではないか。
ついそんなことを思ってしまうサワダでございます。

あっ、荒川選手のファンの方、気を悪くされたら申し訳ありません。
あくまでマスコミに対して感じていることであり、
荒川選手をどうこう思っているわけではありませんので、ご了承くださいませ。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-13 00:00 | 世間のこと | Comments(0)

学力と覚力(かくりょく)

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トリノパラリンピックが開幕しました。
というわけで、イタリアの国花。
ヒナギクです。




手っ取り早く成績を上げる方法。
テストに出そうな問題を予測し、重要語句や公式を丸暗記させ、
問題の解き方のパターンを覚えさせる。
同じ問題を、完璧に覚えるまで、何度も繰り返しやらせる。
そうすることで、少なくともテストの点数は多少上がり、子供も出来た(つもり)になる。
そして先生は子供にひと言、「ねっ、やればできるでしょ!」。

確かに「できる」ことだけに重点をおくのであれば、これでいいのかも知れません。
でも、これって本当に「学力」と呼べるものでしょうか? 

こういったやり方で身に付けられる力、私は「覚力(かくりょく)」と呼んでいます。
目先の点数を上げるためには有効な手段ですが、
その子の将来にとって、有効かどうかと考えると、疑問が残ります。

「学力」とは「学んだ力」ではなく、「学ぶ力」「学ぼうとする力」と私はとらえています。
「学んだ力」は過去形ですが、「学ぶ力」は現在形、「学ぼうとする力」は未来形ですね。
つまり、過去の知識ばかりに頼らず、自らの力で、常に「学んでいこうとすること」。
これが本当の「学力」ではないかと思います。

一般に「勉強ができる=学力が高い」と言われます。
「学力が高い→勉強も得意」なら、まだわかりますが、
「勉強ができる→学力も高い」という考え方には、私は賛成できません。
それは、日ごろニュースを見ていれば、よくわかることですよね。

「学校の成績というのは、学力のほんの一部でしかない」
と私は子供たちに言っています。

「学力を高める」ための方法。
それは、
本を読んで学ぶ。
映画を観て学ぶ。
音楽を聞いて学ぶ。
スポーツを観て学ぶ。
ニュースを見て学ぶ、
いろんな人と接して学ぶ・・・・・、などなど。

まあ、早い話が、日常の生活すべてが「学力を高める場」であるということです。
ただ、「学ぼう」という「アンテナ」を張っているかどうかで、
同じものを観ても、同じものを聞いても、
人によって、感じるものはまったく変わってきます。
また、視野が狭ければ、「学べる量」も変わってくると思います。

結局、何が言いたいか。
常にいろんなものから「学ぼう」という意識を持っている人間が、
真に「学力の高い人間」ではないかということです。

もちろん「覚力」を否定しているわけではありません。
それはそれで、必要なことだと思います。
でも、「覚力」ばかりでなく、「学力」の高い子供を育てること、
それが私たち大人の責任ではないかと私は思いますが、いかがでしょうか?

あっ、その前に私たち自身が「学力」の高い人間であり続ける努力を怠らないこと、
まずは、そこからですよね。
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# by sawayoshi45 | 2006-03-12 00:02 | 教育のこと | Comments(6)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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