首が回らない!

といっても借金じゃないよ。
朝(世間的には昼とも言う)起きたら、大変なことになっていた。
首が回らない! 

どうやら寝違えたらしい。
頭がボーッとする。
何とか仕事は終えて来たけど、正直これを書いてるのもつらい。
というわけで、今日はここまで。また明日・・・。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-19 23:24 | 自分のこと | Comments(0)

「相性」という壁

およそ「先生」と呼ばれる職業の人は、プライドが高く自信家が多いですね。
塾講師や家庭教師も同じです(もちろん私にもそういう所があります)。
みんな自分の教え方が一番だと思っています。

それは同業者の方のホームページやブログを読めば一目瞭然です。
おまけに、たまにご父兄の方からお礼の手紙なんかもらえば気分は有頂天。
「自分はいい先生だ」と改めて確認(勘違い?)することが出来ます。
私にも経験があるので、気持ちはよ~くわかります。

といっても、この商売ある程度の自信がなければ続きません。
教わるほうも、自信のない先生に教わるのはイヤですよね。
ですから、自分に自信を持つことは悪いことではないと私も思います。
ただ、いくら「いい先生」と言われている方でも、いくら教え方のうまい先生でも、
どうしても乗り越えられない壁があります。
それは生徒との「相性」です。

会社も学校も塾も、もともと違った場所で生まれ、
違った環境で育った人たちが集まった場所です。
そこで、全ての人たちに自分を認めさせるのは不可能に近いことです。
どうしても「相性」のいい人と悪い人というのが存在します。
その「相性」の悪さを認める勇気を持つことも、
塾講師や家庭教師には必要な資質だと思います。

いったん嫌われた生徒との関係の修復は、ほとんど不可能と思ったほうがいいでしょう。
私の場合、もしそういったことがあれば、親御さんと相談し、自分から辞退させて頂きます。
そのほうがお互いのためだと思っているからです。

京都で女の子を刺殺した萩野容疑者。
聞くところによると、他の生徒や同僚からの評判は、多少変わったところはあったものの、
授業に関しては教え方もうまく、とても良かったようです。
自他共に認める「いい先生」だったのでしょう。
きっと教え方に関しては、かなりの自信があったのではないかと思います。

でもそこに、自分の思い通りにいかない生徒が現れました。
エリート街道を突っ走ってきた彼には、その子の存在を許すことが出来ません。
「この子さえいなくなれば、自分がラクになる」といった自分勝手な感情で、
犯行に及んだそうです。
「相性」の悪さを認めることが出来ていたら、
こんなことにはならなかったのではないでしょうか。

それにしてもこの講師、過去にもいろいろ問題を起こしていたそうで。
それを塾も他の講師も見抜けなかった。
ある意味、殺された女の子だけがこの講師の「不自然さ」に気づいていたのかも知れません。
人を見る目が鋭かったために殺されたとすれば・・・、
何とも皮肉な事件としか言いようがありません。



・明日、いよいよ新しい生徒との面談だというのに、鼻にニキビが出来てしまった。まさに赤鼻のトナカイ?(体型的にはブタ?) クリスマスも近いことだし・・・、ま、いいか。それにしても、なんてタイミングが悪いんでしょう。日ごろの行いが悪いのかな~。まあ、何とか気に入られるように頑張ってきます。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-18 00:29 | 家庭教師のこと | Comments(0)

「先生」と言えない!

一応「プロ家庭教師」なんて名乗ってはいますが、
私の場合、あくまで「これで生計をたてている」といった意味であり、
それ以上の意味はありません。

私自身、人に自慢できるほどの有名大学を出ているわけでもないし、
毎年、生徒をトップ校にバンバン合格させているわけでもありません。
もちろん、これだけやっていれば、
たまにはトップ校や有名大学に合格した生徒も何人かいますが、
これは私の指導の成果というよりは、
もともと力のあった生徒だったというだけのことだと思っています。

そういう引け目があるからでしょうか。
私はいまだに自分で自分のことを「先生」と呼ぶことが出来ません。
気恥ずかしいというか何というか・・・。

よく、大学出たての人が生徒の前で「先生はねえ、昔・・・」なんて言っているのを聞くと、
よっぽど自分に自信のある人なんだなあと思って感心してしまいます。
ネット上でも「○○先生のホームページ」だとか「○○先生の教育日記」
みたいなのがよくありますが、少なくとも私にはちょっと理解しがたい感覚です。

もしかしたら、私があまりに気にし過ぎなのかと思い、
「先生」の意味を辞書で調べて見ました。
 ①自分が教えを受けている人。
 ②教師・医者・代議士などをうやまってよぶ言い方。
 ③学芸のすぐれた人。
 ④他人をすこしからかっていうことば。
と出ています。

やはりこの言葉は、他人に対して使う敬称であり、自分に対して言う言葉ではないようです。
細かいことにこだわり過ぎと思われるかも知れませんが、
「人に教える」仕事をしている以上、言葉には敏感でありたいと思っています。

塾に勤めていた頃、学歴も文句なし、教えることにかけてもとても熱心な講師がいました。
でもこの講師、授業の合間にタバコは吸うしコーヒーは飲むし、
身なりにもあまり気を遣っている様子はありません。
団体塾ならそれでも良かったんでしょうが、個人指導の塾でしたので、
生徒と近い距離で授業をすることになります。
もちろん、タバコを吸うのもコーヒーを飲むのも自由ですが、
授業の前には歯を磨くとか、少し口をゆすいでくるとか・・・、
生徒に対してそのぐらいの気遣いはするべきではないかと思います。
もったいない話です。

授業の技術を磨くことももちろん大切なことですが、
そういった細かいところの気遣いが出来てこそ、
本当の「プロ」と言えるのではないでしょうか。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-17 01:11 | 自分のこと | Comments(0)

受験勉強のススメ

いよいよ受験シーズン到来ですね。
受験というものに対するイメージは、人によって賛否両論だと思います。
私の場合は、高校受験と大学受験に関しては大賛成。
ただ、中学受験やお受験というものに関しては、
まだちょっと引っかかるものを感じているひとりです。

高校受験と大学受験は、学校の勉強をしっかりやりさえすれば高得点が狙えます。
それに対して中学受験は、学校の勉強とは別に、受験用の勉強をする必要があり、
どうしても塾に通わなければならなくなる。
結果、塾に通える子供たちだけが受験出来ることになり、
これは塾のための受験なのかとさえ思えてくる。
家庭教師をやっている私がこんなことを言うのも変な話かもしれませんが・・・。
古い人間なんでしょうかね。
まあ、幸い北海道の場合はそれほど過熱になっているわけではないので、
さほど気にはなりませんけど。

というわけで、ここからは高校受験と大学受験について思うことを書かせて頂きます。

私は世の中で受験ほど平等な試験はないと思っています。
それはスポーツと比べてみるとよくわかります。
例えば野球の場合、最初から試合に出られるのはたったの9人。
いくら一生懸命頑張っても試合にも出してもらえずに終わってしまうこともあります。

でも受験は違います。
やる気さえあれば、誰でも受けることが出来る。
つまり、誰にでもチャンスがあるということ。
平等です。

高校受験の場合は内申点の関係もありますが、
だいたいは点数の高い順から合格が決まる。
平等です。

そして、勉強というものにマジメに取り組んできた人間は出来るし、
サボった人間は出来ない。
やっぱり平等です。

最近、競争を批判する声をよく聞きます。
今は公立中学の定期テストは順位がつかず、「ゆとり教育」とかで学習範囲も省き、
結果、「学力低下」です。
自分の力を客観的に把握できずにいる子供たちも増えています。
都合が悪くなれば、「個性」を主張しますが、
勉強しないことは、「個性」でも何でもありません。
私の知る限りでは、むしろ、しっかり勉強してきた人のほうが、
「個性的」な人が多いような気がします。

受験勉強は頭を鍛えます。
受験勉強は自分(個性)を磨きます。
受験勉強は自分の力を把握することが出来ます。
何もしないで受かるのは自慢にもならないし、
それを自慢するような人は、「頭のいい人」ではありません。
目標に向かって努力出来る人が、本当の意味での「頭のいい人」だと思います。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-16 02:31 | 勉強のこと | Comments(0)

「やる気」の構造

人間ってホント単純な生き物ですね。
いや、人間というより私が単純なのかも知れませんが・・・。

2週間ほど前の私は、「ブログ」というものに全く興味を持っていませんでした。
もちろん、存在は知っていましたが、
「あんなのタダの日記でしょ!」ぐらいにしか思っていませんでした。
それがまさか自分が今こうやって書いているなんて・・・、
人生わからないものですね。

前にも書いたように、私はついこの前まで、
仕事や将来への不安で少し落ち込み気味でした。
いろいろ悩むこともありましたが、
結局「この業界で食べて行こう!」と決心したのが、1か月ほど前。
そのためには何かをしなければと思い、
まずホームページ作りを始め、公開したのが2週間前。
そして、もうひとつ何かかが足りないなと思い、このブログを開設したのが1週間前です。

書き始めて1週間あまり。
自分の思いを書くことで少しずつ外に出せるようになったからでしょうか。
それまでヘコみ気味だった私の気持ちも少しずつ晴れてきました。
ホントに少しずつですが、訪問者の数も増えてきました。

そしてさらにいいことがもうひとつ。
公開してまだ2週間も経っていない私のホームページを見て、
興味を持ってくれた方から問い合わせが来ました。
口コミ以外では初めての問い合せです。
もちろん、まだ本契約ではありませんが、
何かしらのアクションがあったというだけで、とりあえずは満足です。
自分のやったことが成果を出し始めるというのは、とても気分がいいものですよね。

昨日私は「子供のやる気を引き出すのは口で言うほど簡単じゃない」
というようなことを書きましたが、
人間が「やる気になる」きっかけなんて案外こんなものなんですよね。
それまで、「勉強なんて意味がない」なんて言っていた子が、
ちょっとしたきっかけでとりあえず少しだけやってみる
→成績が少し上がる
→ちょっと嬉しくなって今度はもう少しやる量を多くしてみる
→さらに成績が上がる
→やる気になる
→勉強が好きになる。といった感じで・・・。

ただ、ここで大切なのは「自分でやってみる」ことであり、「やらされること」ではありません。
「やらされること」は、いくらやっても、いくら言われても「やる気」にはならない。
そこが、教育の難しいところなんですが・・・。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-15 00:56 | 自分のこと | Comments(0)

塾講師のお仕事

世の親御さんが子供を学習塾に通わせたり、家庭教師をつけさせる理由はただひとつ。
「成績を上げ、志望校に合格させるため」です。
そりゃそうです。
「決して安くない月謝を支払っている以上、結果を出してもらわないと困る」
というのが親御さんのホンネでしょう。
お気持ちはよくわかります。

多くの塾講師や家庭教師の方々も、お金を頂いている以上、
結果を出すことを第一の目的として、日々努力をしているはずです。
親御さんは一生懸命働き月謝を捻出し、
講師もその期待に応えるため、一生懸命子供に働きかけます。

でも、子供は何でも言うことを聞くロボットではありません。
意思を持った人間です。
こちらの思いとは裏腹の行動をとることもあります。
講師も人間ですから、相手が子供とは言え、裏切られれば当然腹もたちます。
熱心な講師であればあるほど、怒りも大きくなるのではないかと思います。
「子供のやる気を引き出す」のは、口で言うのは簡単ですが、
実際はそうそう簡単に出来ることではありません。
少なくとも、私にとっては今でも大変なことです。

今ではだいぶ丸くなった(体型も・・・)ほうだと自分では思っていますが、
私も若い頃は、やはり子供と衝突したことが何度かあります。
今では、「教師は子供に裏切られてナンボ」ぐらいに思っていますけど・・・。

そう言えば昔、どうしてもやる気を出してくれない生徒に、
「もうちょっとやる気になってくれればねえ」なんてつい言ってしまったところ、
「やる気にさせてくれるのが、教師の仕事じゃないの?」と痛いところをつかれ、
思わず納得してしまったことがあります。
完全に一本とられたって感じでしたね。

その生徒を一度食事に連れて行ったことがあります(といっても、ケンタッキーですが)。
塾長に内緒で授業中、抜け出して連れて行きました。
でも人間、不思議なもので、一緒に食事をする時間を過ごしたというだけで、
意外と心を開いてくれることがわかりました。
授業時間を使ってこっそり抜け出したのも、今思えば良かったのかも知れません。
その子との関係は、それ以来かなり修復され、卒業した後も何度か電話をくれました。
自腹を切った甲斐がありました。

私たちの商売は、商品を扱う仕事ではありません。
相手にするのは、意思を持った人間であり、
結果がでるまでには、どうしてもある程度の時間と費用がかかります。
それだけに、講師は少しでも早く結果を出すため、つい力が入ってしまうんですよ。

自分は一生懸命指導しているという意識があるだけに、
自分について来てくれない生徒がいると許せなくなってしまう。
そのあたりが今回の悲劇を生んだ要因のひとつなのかもしれません。
この講師も、もう少し心に余裕を持っていたら、こんなことは起きなかったと思います。
残念でなりません。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-14 01:39 | 家庭教師のこと | Comments(1)

学習塾のあり方

一昨日の京進の事件によって、
案の定、マスコミ各社では「学習塾のあり方」がやり玉にあげられています。
学習塾は、許可も認可もいらない、いわば、やろうと思えば誰でもできる商売。
塾講師になるにも、特別な資格が要るわけでもありません。
ある程度の学力さえあれば、誰でもなれる職業です。
だから、それを見直そうという動きがでてきました。
それはそれで別に構わないのですが、でもちょっと待ってください。

今回の事件ほどではありませんが、
学校の教師にも結構とんでもない事件を起こす人いますよね。
むしろそっちのほうが数としては多いような気がするんですが。
みんな教員免許という立派な資格をお持ちのはずなのに・・・。

塾講師や家庭教師という職業は、
「労働時間が短い、時給が高い、世間体も悪くない」ということで、
学生がアルバイトとしてやるにはもってこいの仕事です。
現に今ある学習塾や家庭教師派遣業者の多くは、
学生アルバイトで成り立っているといえます。
まあ、経営者の立場とすれば、よっぽどの人気講師でない限り、
時給3,000円のプロより、時給1,500円の学生を雇ったほうが
何かと都合がいいというところでしょう。

でも、本当にこれでいいんでしょうか? 
大切なお子さんの、大切な時期の、大切な勉強を、
社会経験もないアルバイト感覚の学生に全てを任せるのはどんなもんだろう、
と私は前々から感じていました。
まあ、私自身、学生の頃、アルバイト講師の経験があるので、
あまりエラそうなことは言えないのですが。

子供との年齢が近いということは、距離も近くなり、
友達感覚で親しくなりやすいというメリットがありますが、
一方で、ライバルにもなり安いというデメリットもあります。

子供のちょっとした言葉に対して、
ある程度経験のある人ならうまくかわすことも出来るでしょうが、
若い講師にとっては、見逃すことが出来ない、ということがよくあります。
これは、私自身経験していますので、よくわかります。

「子供の立場になる」ことはとても大事なことですが、
「子供と同じ土俵に立つ」必要はありません。
そこは、「教える側」と「教わる側」のケジメはつけなければいけないと思います。
「親しくなる」ことと、「友達になる」ことは別なんです。

私は、学生アルバイトを非難しているわけではありません。
学生の方でも立派な志を持って頑張っている方も多いはずです。
問題は学生かプロかということではなく、
いかに「プロ意識」を持ってやっているかということだと思います。
教育書の一冊も読んだこともない人が、
お小遣い稼ぎのためだけに、塾講師や家庭教師をやるというのは、いかがなもんでしょう。

この業界がこれから少しでも世間の信頼を回復していくためには、
目先の成績を上げることだけでなく、
教育というものをもっと大きな視点で見ることの出来る講師を、
ひとりでも多く増やす努力が必要なのだと思います。
資格の有無とかそういった問題じゃなくて・・・。

でもこれには結局、親御さんの協力が必要なわけなんですよね。
う~ん、教育ってやっぱり難しい。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-13 01:09 | 家庭教師のこと | Comments(0)

大殺界からの脱出

昨日まで、お堅い話ばかり書いていたので、今日は軽めにいきましょ。

最近よくテレビでお見かけする細木数子先生。
彼女の六占星術によると、今の私はいわゆる「大殺界」の時期らしい。
「大殺界」とは、季節で言えば冬の時期にあたり、
まあ、ひと言で言えば、「何をやってもうまくいかない時期」だそうだ。
冬の時期にいくら種を蒔いても実らないという意味らしい。
12年をひと回りとして、この時期は3年間続き、今の私は、その3年目ということになる。

彼女のことや占いを信じる信じないは別として、
自分の過去を振り返ってみると、これが何となく当たっているような気がしないでもない。
この前も書いたように、仕事で悩み始めたのが2年ほど前からだし、
今から12、3年前もかなりひどい生活をしていて、
それを乗り越えた後、何とかここまできたわけだし。

実は昨年、以前勤めていた塾の塾長から「塾を引き継がないかい」という声がかかった。
自分でいちから塾を創るとなると、やはり数百万のお金がかかる。
それをタダで譲ってくれるというんだから、こんないい話はない。
正直、かなり心が動いた。
でも、この「大殺界のど真ん中」というのがちょっと気になり、
妻と相談した結果、今回は見送ることにした。

聞くところによると、「大殺界」の時期は、「うまい話」もよく寄ってきて、
それに引っかかって破滅してしまう人も多いそうだ。
臆病だと言われるかも知れないけど、
ある意味人生を左右する決断だったから、これで良かったと思う。
マジメにやってれば、またチャンスは来ると思うしね。

まあ、ここ数年いろんなことがあったけど、何とかここまでやってこれた。
「大殺界」を抜けるまであと少し。
来年は「種子」といって、その名の通り「種まき」の時期を迎えることになる。
やっと私にも春が来る・・・はずだ。

実際、占いが当たるものなのかどうかは、正直よくわからない。
もしかしたら、ただの偶然の一致なのかもしれない。
だけど、それを参考にして、少しでも気持ちが前向きになれるんだったら、
それでいいんじゃないかと思う。

悪い時は、「今はそういう時期だから」と思えば、少しは気が楽になるし、
良い時は、「今はたまたま運がいいだけ」と思えば、傲慢にならずにすむ。
何事も、いいほうに利用できればそれでいい、と思う。

「今日は軽めに」と言っておきながら、結局また長くなってしまいました。
すいません(反省)。
では、今日はこのへんで。

あれ!? 
そう言えば、このブログもHPも「大殺界」の時期に開設したことになるのか。
ということは、・・・・・・・・・まあ、深く考えるのはやめておこう。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-12 01:15 | 自分のこと | Comments(0)

京都の事件について

「最近やけに小さい子供が犠牲になる事件が多いなあ」と思っていた矢先、
またしてもとんでもない事件が起きてしまいました。
みなさんももうご存知のことでしょう。
京都の学習塾の講師が生徒を刺殺してしまったという事件。
同業者が犯した事件ということもありますが、それ以上に私が衝撃を受けたのは、
その人が国語の講師だったということです。

きのう、私はさんざん国語の勉強の大切さをここで語りました。
それがよりによって、その国語を教える立場にある人間が人を殺すなんて・・・、
皮肉というか何というか・・・。
詳しい経緯はまだわかりませんが、
まあ、どんな事情があったにせよ、許されることではありませんよね。

そして、もうひとつ気になることがあります。
それは、こういった高学歴の人が犯罪を犯すとよく出てくる
「勉強ばかりしてきたから心が育たなかった」という社会の風潮です。
でもこれに関しては、ハッキリ否定させて頂きます。
「勉強ばかりしてきたから、心が育たなかった」のではなく、
「間違った勉強ばかりしてきたから、心が育たなかった」んです!

では、「間違った勉強」とはどういった勉強か。
それは、問題を解くテクニックだけをひたすら覚えたり、
道理も分からずにただ丸暗記する、といった勉強法です。

進学塾の国語の講師で、
「問題を解くときは、文章を読む前にまず設問から読んだほうが早い」と指導する人がいます。こういう講師がいるから、ろくに文章も読まず、
傍線部の前後だけから答えの部分を見つけようとする子供が増えるんです。
その姿はまるで、間違い探しでもしているかのようです。これは、勉強とは言いません。

国語が他の教科と違うところは、
答え、またはそのヒントにあたる部分が必ず文中にあるということ。
ですから、問題を解くテクニックは他の教科に比べて比較的覚えやすいと言えるのですが、
もちろんこれは私がきのう書いた「国語力」ではありません。

読書の習慣のない人にとって、本を1冊読むというのは大変な作業です。
でも、国語の問題集を見てください。
一問がせいぜい5分程度で読める文章です。
しかも、いろんな作家の方たちの文章に触れることができます。
そこから、自分の生き方や考え方、道徳観を学ぶことが出来ます。

つまり、心が育つんです。
これを、ただ問題を解くためだけに消化するのは、
あまりにもったいない話ではありませんか。

これは私の憶測に過ぎません。
間違っていたら申し訳ありませんが、
きっとこの事件を犯した塾講師の人は、
問題を解く力は優れていたかも知れませんが、
本当の意味での「国語力」は欠けていたのではないかと思わざるを得ません。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-11 01:40 | 世間のこと | Comments(0)

国語のチカラ

みなさん国語という教科、軽視していませんか?

「国語の答えって人それぞれでしょ、あいまいだよね」
「国語は勉強してもしなくてもあまり変わらない。同じ問題が出るわけじゃないし・・・」
「日本語ちゃんと話せるんだから、別にいいじゃん」

こんな声が子供たちから聞こえてきそうです。
お恥ずかしながら、私も小中学生の頃は国語が苦手で、
似たようなことを思っていました。
でも、社会人になってつくづく思います。国語力って本当に大事だなって。

ちょっとしたことですぐに怒ったり、暴力をふるったりするのは、
語彙力が足りないことが原因だそうです。
言葉を知らないから、自分の言いたいことを的確に表現できない。
相手に理解してもらえる話し方ができない。
よって、つい手がでてしまう、といったところでしょうか。
子供がちょっとしたことで喧嘩をしたり、赤ちゃんがよく泣くこととよく似ていますよね。

私たちは言葉を使ってものを理解し、言葉を使ってものを考えます。
ということは、その言葉を知らなければ、
相手を理解することも、深く考えることもできなくなるということです。

つまり、国語力というのは、
私たちの生活そのものにストレートに関わってくる教科だといえます。

小学生のお子さんを持つお母さん! 
「これからはグローバルな時代だから、早いうちから英会話を習わせたい」
「やっぱ英語ぐらいは話せないとねえ・・・」
お気持ちはよくわかります。
でも、グローバルな時代だからこそ、
お子さんにはしっかりと国語を勉強させるべきだと私は思います。
自分の意見をしっかり言えるお子さんになってもらうためにも。

「日本語が話せる=国語力がある」わけではないのと同じように、
「英語が話せる=英語力がある」ということにはなりません。
国語力も英語力もしっかりと勉強することによって、初めて身につく力です。
そして不思議なことに、国語をしっかり勉強したお子さんは、
英語も数学も自然に出来るようになります。これ、ホントです。
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# by sawayoshi45 | 2005-12-10 00:45 | 勉強のこと | Comments(0)


【札幌の家庭教師 学びの森】   サワダと申します。


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